第14話 大岡裁きって堪んないですよね!

 洒落にならない勢いで地面に突っ込む俺。

 だがここ何日か馬鹿共(鈴木和弘と愉快な仲間達)にボコボコにされ馴れていた俺は華麗な受け身を取って怪我だけは避ける。


 だが、それなりには痛い。

 情けない声が漏れる。


「ぐべっ!?」


 俺が痛みに耐えつつ振り返ると、そこには見慣れた顔、いや、最近見た顔があった。


「あ、あのっ! 奇遇ですね、一君!!」


「……」


 俺は何も言わず立ち上がり、ズボンについた埃を払う。

 そして、ジト目で彼女を見据える。


「何でここにいるんだ? 水無月」


 そう。そこに立って居たのは、日頃から自宅に引きこもっているはずの幼馴染みのお隣さん。

 水無月時雨だったのだ。


****


「何でここにいるんだ? 水無月」


 俺の問い掛けに、水無月は一瞬キョトンとした表情を浮かべたが、すぐに慌てたように両手をパタつかせ始めた。


「あっあのね! ちょっと用事があって隣町の服屋さんまで来てて……。

 そしたら偶々、一君を見かけて……」


 どこか挙動不審にそう話す。


 俺は、彼女のその姿を見て溜息をつく。


 何やかんやで付き合いの長い俺は、彼女が何事か隠し事をしてる事くらいは分かる。

 だが、俺は敢えて追求しない事にした。


 今日は色々とあって疲れている。

 あまり余計なことに頭を悩ませたくなかった。


「そうか。水無月は綺麗だからきっと何を着ても似合うよ。

 じゃあ俺はこれで……」


 そう言ってさっさと彼女の前から逃げ出そうとする俺の腕を、彼女はガッチリと両手で掴むと、上目遣いにこちらを覗き込んでくる。


「どっどっどのへんが綺麗? どんな服が似合うと思う?」


 何やら口裂け女のような事を言いながら笑みを浮かべる彼女に、俺は若干気圧されながらも答える。


 正直、面倒臭い。

 俺は、その感情を押し殺しながら、適当に褒めておく事にした。


「あ、ああ。その長い黒髪だとか白い肌だとか。まるでお人形さんみたいだな」


 俺の言葉を聞いた彼女は、途端に顔を真っ赤にして俯く。


 若干、腕の拘束が緩む。

 俺は、今度こそその場から立ち去ろうと、ソロソロと歩き出す。


 しかし、またしても俺はまたもや腕を掴まれる。

 俺は観念したように、再度彼女を見つめ返した。


 その視線を受けた彼女は、少し照れた様子を見せるとポツリと呟いた。


「一君。とうとう私と結婚する気になったんですか?」


「……はぁ?」


 俺は、突然の事に間の抜けた声を出す。相変わらずコイツの思考回路はどうなっているんだろうか。


「……一君。あんな所に男女の休憩所が。ここは一刻も早く既成事実を。既成事実を!」


 余りの水無月のバグりっぷりに茫然としている内に、グイグイと腕を引かれる。


「ちょ、ちょっと待て! やめろ、離せ!! 誰か、誰か助けて! 痴女に犯される~!!!」


 俺は必死に抵抗する。

 こんな所で童貞卒業なんて嫌過ぎる。

 すると、不意に横合いから声を掛けられた。


「あら、お義兄さま。こんなところで何をなさっているんです?」


 そこに居たのは買い物袋を手に提げた京花さんと雪花ちゃん。


 2人は男女が変われば100%事案な光景を訝しげに眺めている。


 2人の顔を見てホッとした俺は、


「京花さん! 雪花ちゃん! この変態を止めてくれ!!」


と、叫ぶ。


……が、だ。


 京花さんはこちらに歩み寄り、俺の腕、水無月が掴むのとは逆のそれを無言で掴む。

 そして、ニッコリと微笑んで言った。


「そうですか。その娘と子供を作るのがそんなに楽しみなんですね」


 一瞬で……鬼の形相を浮かべた京花に、俺は言葉を失う。


 雪花ちゃんを見る。

 雪花ちゃんの顔には、「あちゃー」といった感じの苦笑いが浮かんでいた。


 京花さんは、俺の腕を掴んだまま水無月の方へと向き直る。


「それで、貴女はどちら様でしょう。私の旦那様・・・に何かご用でしょうか?」


「あら……、これは失礼しました。

 私は水無月時雨といいます。一君の幼馴染みで、本物の・・・婚約者です」


――バチバチと、俺を挟み火花を散らす2人。


 だが、2人の闘いはそれに留まらない。

 両者は黙したまま、同時に俺の腕を力一杯引き始めた。


「イテ、イテテテ!! 痛い、痛いって!!!」


 俺は堪らず悲鳴を上げる。

 痛い、痛すぎる。何で? 何これ!? 俺が何をしたっていうんだ。


 誰か、誰か助けて……。

 そして、遂に俺の願いが届いたのか、救いの天使が現れた。


 その人物は、俺の背後から声をかける。


「あら、お義兄さまは私のモノですよ。その証拠に、ホラ――」


 その人物は、無理矢理に背後から掌で俺の顔を覆うと、顔の向きを変えさせ、自らの豊満な胸元に押し当てる。


「ム、ムグーー!!!」


 ああ、これは天使じゃないな、邪神の使いだ。

 だから俺はこんな、全身雑巾絞りみたいな目にあっているんだろう。

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