言葉について

水汽 淋

第1話

 言葉、言葉ってなんだろう。


 誰かに何かを伝えるモノのことだろうか。でも、口に出して自分の思いを語ったところで、それが伝わる保証はないし、間違った解釈で捉えられることの方がよっぽど多い。


 むしろ言外にある低コンテクストなやり取りから、私達は多くの情報を読み取ろうと努力している。口からついて出た言葉は、精査のされていない学術論文のようなもので、素人質問で恐縮なのですが、とさも含み有りげにつつかれる未来が容易に見える。


 言葉、言葉ってなんだろう。コミュニケーションとして、私達はこれを最も使用している。

 言葉は嘘を含む事が出来る。満面の笑みで、あなたが大好き!と言われたとしよう。言われた方はもちろんそれを信じるだろう。だが、嫌悪にまみれた表情で、いやいやながらにあなたが好きよ、と言われたとして、それを掛け値なしに信じることはとても難しい。


 日本人は、言葉以外の表情や動作で本心を見抜こうとする。誰も言葉だけで信じることは出来ないのだ。紙面の契約、裁判において口約束はほんの少しの効力しか持たず、まず決定的な証拠とは成りえない。誰もがわかっている。言葉には信用がなく、いくらでも取り繕うことができるのだと。


 では、なぜ言葉が最も多用されることの多いコミュニケーションツールとして使われているのだろう。信頼性がなく、担保すらない。最も迅速なコミュニケーションが取れる、という点では魅力だが、言葉により惑わされ、傷付く人もまた数多く存在する。

 そういった人達はこう言う。


「嘘の慰めじゃなく、本心で喋ってくれた方がよいのに」


 例え傷付くことになろうが、それでも立ち直る事は出来るという意思を持った発言だ。しかしそもそも、言葉というツールを用いず、本音が分かる他のコミュニケーション方法を取れば、このような問題は発生しない。

 では、一体なぜ言葉が使われるのだろうか。人類の一番の発明は言語だ。数字などは言語の派生にあるといっていい。言葉が無ければ、稲を作るための面積を導き出すことはできないし、そうなったら安定した生活を送れなかった私達は、獣としての立場から脱却することはできなかっただろう



 では更に踏み込んでみて、なぜ言葉は使い続けられているのだろう。


 言葉には、感情を乗せることができる。それは直接人の心を打つことができる。そして受け継ぐ事ができる。方言などは良い例だ。親が使っている造語を、自分もよく使ってしまわないだろうか。友達間でしか通用しないような言葉を、私達は当然のように扱い、それが世界に浸透していると錯覚する


 そこにあるのは、何かを伝えたい、という最も原始的な欲求だ。3大欲求を乗り越えた先にあるものは、自らが見た素晴らしい景色や生活の知恵、そういったものを我が子や友に伝えたいという、無垢なる欲求だ。ここに何かが介在する余地はなく、伝えたいという意識のみしか見つけられない 


 それは祈りだといっていい。


 人は祈りでしか、他者に何事かを伝えることは出来ない。赤ちゃんの最初の言葉を思い出してみろ。最初にパパママと言わせたがる親の姿を見てみろ。そこにあるものは、両親の祈りと、赤ちゃんの伝えたいという原始的な欲求しかない。


 言葉とは祈りだ。世の理不尽に対してああだこうだと理由をつけて安心するために神様を作るよりも前から、私達は言葉に祈りを込めてきた。それは表情では出来ないものだ。動作では表せないものだ。私達は言葉でしか、自分の持つ伝えたいという祈りを扱う事が出来ない。


 怒ること、喜ぶこと、悲しむこと、愉しむこと。

 私達が持つ感情を伝えるために最も良いコミュニケーションツールが言葉なのだ。

 故に、私達は言葉を介して相手と対話する。祈りを捧げるのだ。好きな人に今日あった些細な事を喋る。これが祈りでなくてなんなのだろう。


 だから。私は祈りを捧げてこの文章を書いている。

 私の気持ちが伝わりますように。

 どのような解釈であったとしても、それはあなたの心に残り、また違う言葉として抽出される。

 神様は己の中にしか存在しない。私達は毎日神様に祈りながら、言葉を紡いでいる。


 どうか、私に話しかけてください。


 どうか、私の言葉を聞いてください。


 どうか、私の祈りがあなた達に伝わりますように

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言葉について 水汽 淋 @rinnmizuki

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