※おまけ 未来

 継続的なアラーム音が響いて、彼女はゆっくりと目を開く。ちょうどカーテンの隙間から漏れた光が飛び込んできて、手を顔の前で覆った。

 手探りで枕もとのスマートフォンの画面を押して、アラームを止める。


 今自分が寝転んでいるのは、大人二人が寝られそうな大きなベッド。カーテンの隙間から見える景色からすると、ここは二階だろうか。

 あれ、自分の家はこんな間取りだっただろうか。

 夢と現実が混ざって、自分が今どこにいるのか分からず、ぼんやりとしてしまう。


 夢見心地で微睡んでいると、パタパタと可愛らしく慌ただしい足音が聞こえてきた。

 やがて、大きな音と共に寝室の扉が勢いよく開かれる。


「おかあさーん。あ、おきてる!」

 甲高い歓声交じりの声と共に、お腹に鈍い衝撃。三月は思わずうめき声を上げた。

 そうか、そうだった。荒療治だったが、そのおかげで彼女は、今のを思い出す。


「ゆ、幸ちゃん。急に乗ってくるのは止めてね。お母さん、びっくりしちゃうから」

「えー、だっておかあさん、おそいんだもん。おとうさんもぼくも、もうおきてるよ?」

「うん。それは、ごめんね。お母さんお寝坊さんだったね」

 自分の上で可愛らしく首を傾げる息子、三月は彼の頭をそっと撫でる。気持ちよさそうに目を細めるその子の表情は、やはりあの人に似ていた。


「こーら、ゆき。お母さんは昨日遅かったんだから、もう少し寝かせてあげなきゃダメだろう?」

 柔らかな声と共に、上に乗った重みが消えていく。息子をひょいと持ち上げ、その子と宙で視線を合わせながらが言った。


「えー。でも、せっかくので、ようちえんもおやすみなんだよ? どこかあそびにいこうよ」

「それならお父さんと公園でも行ってくるか?」

「いく! さんにんで!」

「いや、だから――」


「ふふふ、いいよ。お母さんも起きるから。朝ごはん食べたら、三人で行こうか」

 思わず吹き出してくすくすと笑い、三月はベッドからはい出して言う。この二人が顔を突き合わせていると、なんだか成長の過程を見ているようで、つい笑ってしまう。


「え、そう、大丈夫? 昨日の同窓会、かなり遅くまでやってただろう?」

「平気よ。久しぶりに明美ともゆっくりお酒が飲めて、リフレッシュできたしね」

「ああ、佐藤さん……いや、今は違うんだっけ。彼女も元気そうで良かった。僕もまた会いたいな」

 はしゃぐ息子を床に下ろしながら、彼が思い出したように告げる。


「そうそう。真志が今度また集まろうって言ってたよ。前みたいに、河原でバーベキュー。車出してくれるって」

「しんじおじちゃん⁉︎ ぼく、またぶんぶんってまわしてもらう!」

 真志の遊び方、過激なんだよなぁ。彼は苦笑しながら、カーテンを開く。


 太陽の光が部屋に射し込んで、彼の淡い栗色の髪に当たり、きらきらと輝いている。ふと、その姿が、出会った頃の彼と重なった。

 なんだかとても、長い夢を見ていた気がする。

 俯いてぼんやりしていると、彼が自分の名前を呼んで心配そうに顔を覗き込んできた。


「どうしたの? やっぱり眠い? それとも何か……悲しい夢でもみた?」

 悲しい夢という単語に、思わず目を見開いた。彼の表情は心配そうに曇っている。

 三月はすぐに目を細めて、安心させるように微笑んだ。


「ううん、違うの。さっきまで見ていた夢は、今までの思い出を振り返るような、とっても懐かしくて素敵な夢だったの」

「――なら良かった。また、その夢の話も聞かせて欲しいな」

「おかあさん、ぼくも! ぼくもききたい!」

「んー、お父さんとお母さんの初めましてのお話だから、お父さんはちょっと恥ずかしいかもね」

 せがむ息子の頭を撫でながら、三月は悪戯っぽく笑う。

「え、そんな夢? あの頃はなんていうか……。やっぱり聞かなくても良いかな」

 優太は驚き、恥ずかしそうに頬をかく。


「あ」

 そして、突然何かを思い出したように声を発した。

「すっかり忘れてた。おはよう、三月」

「おかあさん、おはよう!」

 朝の挨拶。それをこうして、大切な人たちと交わし合うことができる。それが三月にとって、何よりも変え難い幸せだ。


「ええ、おはよう。幸、優太さん」

 三月の声に、優太は幸せそうな笑みを返した。

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愛しくて悲しい僕ら 寺音 @j-s-0730

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