最終章

エピローグ

 春眠暁を覚えずというが、流石に寝過ぎではないだろうか。

 真志は壁掛け時計を見上げて、思わず頭を抱えた。借りた布団からのっそりと抜け出し、隣のベッドにまだ彼がいることに気づいてため息をつく。


「おーい、優太そろそろ起きねえとまずいんじゃねえのかー?」

 宿代わりにしている自分が起こすのも妙な話だ。

 そう思いつつ、真志はベッドの優太を揺り起こす。彼は唸るばかりで、一向に起きようとしない。


「お前な、今日はアイツと約束があるんじゃなかったっけ? 今何時だと」

「ああっ! そうだった!?」

 突然優太は布団から飛び起きた。寝癖のついた髪を片手で掻きまわして、真志を見る。


「今何時!?」

「落ちつけ、十二時三十分。もちろん、お昼の方のな」

「完全に寝坊だよ! 一時に待ち合わせなのに、どうしてもっと早く起こしてくれなかったの」

「俺も今起きたんだよ」


 悲鳴を上げながら、優太はバタバタと洗面所に向かった。それを横目で眺めつつ、真志は部屋のカーテンを開ける。

 春を感じさせる温かい日差しに、ほっと息をついた。


「まあ、寝過ごすのも仕方ねえよな。昨日も大変だったし」

「まさか昨日見た五つの夢、全部真志にうつっちゃうとは思わなかったよ。でも、夜中に飛び起きることはないと思うけどなあ」

「お前と違って俺はあんまり慣れてねえんだよ! つーか、昨日のことは思い出させるな」


 昨夜、優太の夢がうつってしまい、真志は思わず夜中に飛び起きてしまった。

 おまけに自分が泣いていることに気づき、慌てて顔を洗いに行ったが、優太にはばっちり見られてしまっていたようだ。


「最近、俺にうつる回数増えてねえか? 確かに頼れとは言ったけど、気を抜き過ぎなんじゃ」

 それはそれで嬉しい進歩なのかもしれない。こうしてお互いに夢の話ができるなんて、思わなかった。

 真志は空を見上げて苦笑する。


「じゃあ僕行ってくるから、真志は適当にしてて。出かけるなら、ちゃんと鍵かけといてね!」

「って、おい優太、寝ぐせそのままだぞ!?」

 襟足が全部反り返るというとんでもない寝癖を見つけ、真志は慌てて声を張り上げる。


 全く、こんな風だからアイツに、まるで母と息子のようだと言われるのだ。

 優太にスタイリング剤を渡しながら、真志はどこか嬉しげに苦笑した。




「綺麗……」

 広場の木々から舞い落ちる花びらを見て、思わず三月は呟いた。

 商店街を行く人々も、その可憐な光景に思わず足を止めている。

 桜の花びらは春の風に乗って、ふわりふわりと雪のように落ちてくる。目を閉じて鼻から息を大きく吸うと、どこか甘い香りが鼻孔をくすぐった。


 こうして桜の木を見上げていると、出会った頃の彼を思い出す。

 柔らかい歌声で、早朝の澄んだ空気を震わせて包み込んで。

 まるで春のように、広場が温かく感じたものだ。


「三月さん!」

 優太の声が聞こえた。交差点の向こうから、軽く手を上げている。

 少し申し訳なさそうに微笑んでいるのは、また寝坊したからだろうか。不自然に整っている髪の毛が、柔らかい日差しを反射して輝く。

 三月は大きく息を吸った。


「おはようございます優太先輩! 昨夜は、よく眠れましたか?」


 そうしたら優太はいつものように、見た夢の話をしてくれるのだ。

 辛いことがあったけれど、それでも最後には少しだけ笑顔になれた、そんな人たちの話を。


 三月の大好きな優しい笑顔で。

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