第6話
「あぁー……すいません。たぶんそれ、俺です……」
突然の告白に和奈は驚いたまま「ど、どういうことですか?」とぽろりと聞いた。
「公衆ドアのところで話した時、仕事中だって言ったじゃないですか」
「はい」
「内容はまあ、仕事中のお客さんに家からタバコを持っていくだけだったんですけど、その少し前、十分ちょっと前に一回あの公衆ドアでお客さんの家に入ろうとしたんですよね。でも、なぜか鍵は回ったのに開かなくって、何度かガチャガチャやってたら、お客さんから電話が来て、「間違えて壊れたほうを渡してしまった」って……。で、お客さんの仕事場で鍵を交換してもらって公衆ドアに戻ったら和奈さんがいたって感じです……」
話終わっても顔を上げられない空巳。声の調子こそあまり変化は見られないが、今までとは違い、口から流れ出た経緯は地面にたまっていった。
つまり、空巳が壊れた鍵で公衆ドアを使ったところ和奈の家に繋がってしまい、そこから出てきてしまったということだ。和奈が頭の整理をしていると、空巳が天を仰ぐ。
「あーマジかー。いや、わかんないって。鍵壊れてんのにどっかに繋がってるとか。そんなん聞いたことないし。しかも違う世界の日本とか」
天井に向けて空巳自身に吐き出された言葉は先ほどよりは軽くなったものの、和奈は今までとは違う空巳の口調に戸惑う。
和奈としては、目の前の男が元凶ではあるが、反応を見る限り、そうとう稀なことが起こって今回の事態になったようだ。
「あの、壊れた鍵って普通はどこにも繋がらないものなんですか?」
空巳はふぅと自身を整え、和奈に向き直る。
「そうですね。細かいところまでは俺も流石に分かんないですけど、構造的に鍵が別のところに繋がるようなことはないらしいです。そういう事件や事故があったってことも聞いたことないですし。それに、もし繋がる不具合があったとしても、違う世界の日本の、機能も何もついてないドアに繋がるなんて普通じゃ考えられないです」
それを確認できた和奈は、空巳を責める気にはなれなかった。しかし、鍵が使えないとなると帰る方法がなくなってしまったということだ。その鍵を使ったところで、ドア自体は和奈の家に繋がるだろうが、ドアが開かないので意味がない。
「あ、壊れた鍵で繋げた後で和奈さん家の鍵で鍵を開けるってのはどうですか?」
「すいません。買い物に出ただけで、すぐ帰るつもりだったので鍵は家です……」
確証はないが何かしら試せることに希望を持った空巳だったが、和奈の言葉に落胆する。帰る方法がやはりないことが分かった空巳は気分を切り替えるように、これからのことを提案した。
「……わかりました。俺が元凶っちゃあ元凶なんで、これからの目途が何かしらつくまでうちに泊ってって下さい」
「え」
突然の提案に言葉が出ない和奈。少なからず罪悪感のある空巳としては当然の提案であったが、和奈にとっては簡単に頷ける内容ではなかった。
「いや、流石にそれは……」
「え、でもこれからどうするんです? お金とか。さすがに引っ越し代とか出せるほどは持ってないですし」
「いやそうじゃなく……」
「あ、もしかして遠慮してますか? いいですよ。俺が元凶なんですし」
「全くしてないわけではないですけど、そこでもなく……」
安心させるように笑いながら、一向に和奈の心配と噛み合わない会話を続ける空巳。空巳も空巳で、なぜ和奈がこんなにも首を縦に振るのをためらっているのか考えをめぐらせているようだ。
(この人、こういうのに慣れてるんだろうなぁ……)
今までの空巳の振る舞いから、予想する和奈。彼女自身は未だ男性経験がなく、どうしても忌避感を覚えてしまう。それと同時に、助けてくれた空巳に対してそのように感じてしまう自分にも嫌悪していた。
「なんか気になることがあるなら言ってくださいよ」
空巳が机を回って和奈に近づいてくる。和奈は思わず身じろぎ、後ずさってしまった。それを見た空巳は何かに思い至ったかのようにあっと表情を変え言った。
「あ、もしかして襲われるとか思っちゃいました?」
てへっといった冗談交じりの笑顔で言う。
「すいません……。助けてもらっておいてなんですけど、やっぱり気にはなってしまって」
会って数日の相手を勝手に解釈している自分にも引け目を感じているため下から返事をする。
「大丈夫ですよ」
和奈の悩みとは裏腹にあっけらかんと返してくる空巳。
(そりゃあそういうに決まってる)
和奈のいつもの悪い癖が頭の中で返事をする。それを知る由もない空巳はそのまま続けてこう言った。
「だって俺もう身体、機械にしてますから」
私がスイッチを切るまでに カステラ @castella_write
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