第2話 黒犬を連れた少年




 日にやけた顔に大きな麦わら帽子をのせたおばあちゃんは、すこし縮んでいた。

 なんかチマチマして、お伽話の老婆に近づいた感じ、うっかり泣きそうになる。


 なのに、ママはなにも気づかないのか相変わらずお客さまだし、パパも同じく。

 こんな夫婦のむすめで恥ずかしい……ミコは黙っておばあちゃんにあやまった。


 夕方、手早く海の家を閉めたおばあちゃんは精いっぱいのもてなしをしてくれた。

 そりゃあ、ママのほうのおばあちゃんみたいにコジャレタ料理はつくれないけど。


 電力会社勤めの祖父が事故で亡くなってから、魚の行商から始めた小商いでふたりの男の子を育て、いまも現役でがんばっているおばあちゃんなりに一所懸命な……。


 ママの機嫌にばかり気をつかっているパパは、ここまで老いた母親を労わろうともせず、いい歳をした大人としてわたしの父親として、情けないったらありゃしない。


 おばあちゃんは諦めているのか、子どもなんてそういうものだと思っているのか、冷淡なあつかわれ方を気にもかけない感じで、孫のミコにばかり話しかけてくれる。


 ここ最近、口コミかSNS効果か知らないが、海岸の翡翠を探す客が増えて、海水浴シーズン以外にも土産物が売れるようになってありがたいよと無邪気に笑っている。



      🦞



 あくる朝、ミコがひとりで砂浜に行ったのは、大きな石だと数十万円になるという翡翠拾いに惹かれたから(笑)ではなく、両親の話を聞いていたくなかったからだ。


 

 ――おふくろ、もう歳なんだからさあ、店を畳んで東京へ出て来いよ。

   マンションを買うときから、おふくろの部屋も決めてあるんだぜ。



 心にもない父親の猫なで声を聞かされているのは娘としてたまらない屈辱だった。

 おばあちゃんの部屋って、あの北側の、小さな窓しかない、暗い物置きのこと?


 ありがとうよ、だけんど、あたしゃ、まだまだ元気だし、生涯現役のつもりだよ。

 冗談めかすおばあちゃんの目にたまった光るものを、ミコは見ていられなかった。


 苦労人のおばあちゃんのことだから、なにもかも、見通しているのかも知れない。

 都会には自分の居場所がないこと、友だちもいない土地で死ぬしかないこと……。



      🐶



 やりきれない気持ちで砂浜を歩いて行くと、ゆうべのおばあちゃんの話のとおり、当てのありそうな、なさそうな探し物をしている人たちが遠く近く散らばっている。


 湾へ流れこむ川の周辺に翡翠の産地があり、押し出された砂に欠片が混じっているのだそうだが、もしや海を隔てた佐渡島の金山銀山の鉱脈とも関連がありやなしや?


 社会で習ったことが思い出されるが、このブームを夢探しと名づけるべきか、法然上人仰せの、煩悩の極みの欲得づくと位置づけるべきか、むずかしいところかもね。


 そのとき、向こうのほうから一目散に真っ黒い物体がミコを目がけて走って来た。

 ミコと同じ年ごろに見える少年が「待て~!」けんめいにあとを追いかけて来る。


 黒い弾丸は愛嬌のある表情をした中型犬で、全身でミコに体当たりを食らわせる。

 好きで好きでたまりまへんがな~というように、難波男子っぽい熱さだ。(笑)


 大の犬好きのミコはこんな歓迎を受けることが珍しくないので、全身でキャッチ。

 黒犬はウハウハ言いながら、長くて赤い舌で、ミコの顔をねっとりと舐めまわす。


 やっと追いついた少年が引き離そうとしても、犬もミコも(笑)離れたがらない。

 双方ともに気が済んで、ウェルカムタイムが終わると、少年はあらためて詫びた。


 

 ――なにしろ、こいつときたら、きれいな子に目がないもんだから。( *´艸`)



 そう言った少年が遅ればせに真っ赤になったので、ミコは思わず笑ってしまった。

 きれいなんて言ってもらったのは初めてだし、犬の心=少年の心だろうし。(笑)



      🌞



 それからふたりと1匹はすっかり仲よくなって、ミコが東京へ帰るまでの3日間、まるで竹馬の友のように四六時中ころげまわり、走りまわり、笑い合って過ごした。


  少年の父親は漁師で、毎朝、未明に漁に出かける前に念仏を称えているという。

 板子一枚下は……という環境で殺生を行って生きるしかない業への赦しを求めて。


 話を聞いたミコは、そんなのズルいと思う。生き物に直接手をくだす仕事の人だけが贖罪しょくざいに苦しみ、消費者は一片の懺悔ざんげもなしに平気で魚や肉、植物を食べている。


 そのことに限らず、ミコたちが生きる社会はなんと矛盾に満ちていることだろう。

 おばあちゃんに移住を勧める両親の本音もそのひとつで、大人は本当にきたない。

 


      💎

 


 いよいよお別れという朝、少年は黒犬を連れて、おばあちゃんの家にやって来た。

 恥ずかしそうに差し出す手には、可愛らしい花柄の小さな巾着袋が握られている。



 ――これ、おれが拾ったんだ。

   東京へ連れて行ってくれ。



 お年寄りの技を感じさせる袋を開くと、玉子ほどの大きさの緑色の石が出てきた。

 毎日、一心に磨いたのだろう、翡翠の原石は、みごとにツルツルピカピカだった。


 

 ――わたしなんかでいいの?

   大切なお守りにするね。



 東京のマンションへ帰ったら、ミコは勉強机に翡翠の原石を、そっと飾るだろう。

 そして、毎晩、塾から帰ると、おばあちゃんや少年&黒犬のすがたを探すだろう。

 

 


 

 



 

 

 


 

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翡翠の守り石 💎 上月くるを @kurutan

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