文明の誤謬


「ノヴォさん!」


そのうちに水溜まりを弾く靴音と共にベネディとカシミールが緊迫の表情を浮かべて合流する。

私は急ぎ傷口をふさいだ。


「2人とも、すまなかった。しかしベネディ、きっと我が儘を言ったね?……カシミールも、かなり無理をしたようだね」


「そ、そそそんなこと!……ど、どうしてわかるんです!?」


まだ呼吸の落ち着かないカシミールの横で、ベネディは慌て狼狽える。

私は少しだけ笑みを返すと、リヒトの話は一旦置いて真剣な表情と共に話を進めた。


「とにかく今は対応を急ごう。今回の作戦はまだ破綻させない。皆、覚えているね?」


3人とも出陣前の話し合いを思い返すように、神妙な面持ちで強く頷いた。





今回の話し合いはリヒトの参戦の是非から始まった。

その他の細かい事案を織り混ぜて、当主は寸刻の逡巡しゅんじゅんの後に彼の参戦を決定する。ノシロンをペアとし、従うことが条件であった。


今回もほぼ間違いなくアリオス家と相対すること、ベネディへの役割説明を終えた後に、各自配置を定めて当主は会議を締め括ろうとしていた。


「この一月ひとつき、ノヴォの尽力もあって地下道の見直しと封鎖は完了した。そこは安心しておくれ。今月の防衛も闇夜の中になるだろう。各自連携をおこたらないように。今回も配置は……」


「当主……」


「何だ?」


「作戦があります……」


皆、意外そうにしていた。私が進言することなど稀なことであったからだ。

この後振り絞った私の決意に、皆はさらに驚いていた。


「私は、護ってさえいれば神がいつか手蔓を授けて下さると思っていたかもしれない。しかし前回の事で、これ以上アリオスの2人に好き放題させては国とその若い芽に益々の危険が及ぶのみと考えるに至りました。今回、私は2人を排除する必要性があると思っています。……私が、2人を葬ります」


ざわめきたつ部屋で、当主のみが冷静な思考を以て私を見ていた。


「ノヴォ、お前のその決意に恭敬する。しかし簡単な話では無い。奴等のはやさはお前が一番知っているだろう。こちらに向ける憎しみの牙は誰よりも強く、それでいて撤退は誰よりもはやい」


「そこです。撤退の時を狙います」


ルカとシロンの撤退時にいて、そのルートに不可解な部分があった。

私とカシミールをもってしても、彼等のはやさを差し引いたとて不意に見失うことがあったからだ。

私は不明瞭な地下廃道を撤退に利用されている可能性を考慮していたが、先日のマトリエからの帰路にて、南地区についにその痕跡を発見した旨を明かした。


「通過した人の痕跡がありました。まず間違いなくルカとシロンのもの。南におびき寄せ撤退まで追い込み、存ぜぬ振りをして地上での道筋を断てば、奴等は必ずその地下廃道を再び利用するでしょう。そこで仕留めます」


間髪入れずにノシロンが口を挟む。


「ノヴォにぃ、地下で待ち伏せでもすんのか?……その地下廃道も狭くたって人何人分かの幅はあるんだろ?……いくらノヴォにぃでも奴等の疾さならすり抜けられちまう」


指摘は至極全うなものであったが、ノシロンは私の一言で全てを察したかのようにピクリと固まった。


「いや、待ち伏せではない。ダルキアンコンクリートだ……」


この場でそれを知る者はノシロンと当主ぐらいだろう。当主も予期せぬ話に目を細め、小さく呟いた。


いまだに残っていたのか……」


かつて、強大な一大国家を築き上げたトレメンデ王朝ダルキアは、その根源にあった強力な軍事力の影に隠れてはいるが、国の発展に欠かせない建築学に長けた文化的側面も持ち合わせていた。


暴君と名高いトレメンデ15世の印象が強いが、歴代の王達自らも建築学や経済学等に精通した文明先進国であったのだ。

この地の下に幾多もの地下廃道が這っているのもかつてのダルキアの高度な文明の痕跡である。


その進化の過程において、当然淘汰された技術も存在する。その一つとして挙げられるのがダルキアンコンクリートだ。


人工的な焼成しょうせい煉瓦レンガや日干し煉瓦レンガでは無く、いし煉瓦レンガであるダルキアンコンクリートは形成しやすく恐ろしい程に頑丈で、次代の建築を担う基盤材料と期待されていた。


しかし使用されて1年も経たないうちに全てが撤去されることとなる。建築にそれを使用した構造物が軒並のきなみ爆発や火災に見舞われたためだ。


近年に進化の著しいきょう透過とうか顕微けんびの検査などでようやく判明した事実は、経年とともに爆発性の高い硝酸塩を生み出していたというものであった。


目先の利便性に囚われて本質を見誤ったまま実用化してしまった、わばダルキア文明の誤謬ごびゅうの代表例である。


「最初はアリオスの2人が爆破して確保した逃げ道だと思っていました。しかし違う。爆発は中から起こっていた。間違いなくダルキアンコンクリートが原因で偶発的に起こった自然爆発です。そして恐ろしいことに、その地下道に使われているダルキアンコンクリートは頑丈すぎるがために、いまだに壁に残っている」


「つまり……」


私は頬杖をつく当主に結論を申し立てた。


「地下道内はこの一月ひとつきのうちに再び可燃、爆発性の物質で充たされているでしょう。2人が進入したところで意図的に着火し、爆発させるのです……」












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

皇国の罪人 キボウノコトリ @kibounokotori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ