昂ずる謎


哮けるルカと私達をへだてるように、ノシロンがスネイクをたずさえて前に立った。


「ノシロン!?」


「ノヴォにぃ、ここは一旦立て直し……だろ?俺に任せてくれ」


「いや、今のルカは……」


「わかってる。奴の疾さに俺じゃ不足だ。でも受けだけは自信がある。時間稼ぎにはなるだろ?」


傷口を抑えながら思考を加速させる。

私が右足をやられてしまった以上、ルカの疾さを相手に近距離戦闘に適応している人間がいなくなってしまった。

リヒトは今の状態では真面まともに相手が出来るとも思えないし、手慣れているカシミールも見るからに疲労が著しい。ベネディは訳あって飛び出してきたのだろうが、不慣れな上にそもそも参戦は自重すべきだ。


「かなり危険だぞ」


「たまには役に立たせてくれよ。あいつには借りしかねぇ。リヒト、ノヴォにぃを護れよ?説教は後だ。挽回しろ。作戦もまだ諦めるな」


ノシロンは自身を奮い立たせるようにスネイクを強く握り締めて笑い、リヒトは狼狽うろたえながらも首を縦に振る。

私は焦燥しょうそうに駆られながらノシロンの決意に唇を噛み、各自に指示をとばした。


「ノシロン……。死ぬなよ」


「当然!」


「全員、一度退避だ。作戦は継続する」


全員が無言のままうなずいた瞬間、手投げ弾を構えてこちらへ踏み込んだルカに空気が張り裂けた。


「散れ!」


ベネディとカシミールは援護射撃を置き土産に跳躍しながら退いてゆく。

私はリヒトの手助けを得て必死に後方へ駆けた。


「ノヴォさん!……ごめんなさい!ごめんなさい!」


「その話は後だ。……リヒト、一先ひとまず最寄りの地下へ隠れる!」


「は……、はい!」


振り返り一瞥いちべつした先では、ノシロンがスネイクの躍動を盾としながら、ルカと手投げ弾の脅威を振り払っている。


───すまない……ノシロン。持ちこたえてくれ。すぐに戻る。


必死に打開策を思索しさくしながら、近くで口を開ける地下の闇へと駆け込んだ。





ノシロンの直向ひたむきな努力はルカと対峙しる程に実を結び、私達のみならずこの国を護る立派な盾となった。

しかし、それでも無事にしのぎきれるまでの保証は無い。

即座に次の一手を打たねばならない。あわよくば今回の計画を破綻させない速攻の一手を。


「ここなら大丈夫だな……」


地下廃道の暗闇を暫く進んだ後に腰を降ろし、あらかじめ用意していた簡易の小型提燈ランタンに火を灯す。

私は負った傷口を布地で縛りながら、あかりに浮かび上がったリヒトの瞳を見つめた。


既に彼の瞳は普段のバイオレットの色味を取り戻していて、茫然自失のかげりを見せていた。


「リヒト……」


私は心を痛めながらも彼の頬を軽く平手で打つ。

戦闘行為以外で人に手を上げたのは、生まれて初めてだった。

リヒトは目を見開き虚脱きょだつの面持ちのまま、ポロポロと涙を流す。


「ご、ごめんなさい。僕のせいで……皆が……作戦が……」


「そんなことで怒っているのではない!……リヒト、君はもう、防衛者を辞めなさい」


リヒトは驚いてようやく顔を上げた。


「いいか?リヒト……。私達は憎しみ合うために戦っているのでは無いのだ。勿論誰にでも感情があって当然。私だって同じことだ。しかし憎しみに囚われれば大義すら蛮勇に変わる。あんな命を捨てる様な真似はしてはいけない。当主にも言われただろう。君は既にわかってたはずだ」


「ごめんなさい……。ごめん……なさい」


私は息を落ち着かせてリヒトの頬に手を添えた。


「一体……何があったのだ?」


リヒトは涙を拭い、必死にひきつけを抑えながら答えた。


「セリオが……ヒクッ……皆が……」


その一言で全てを察し、驚きのあまり言葉を失った。


「僕……何も……護れなかった……です」


まさか救えなかった穏健派の彼等の中にセリオがいただろうとは思いもしなかった。

それではリヒトが我を見失う程に激昂するのも頷ける。


私はリヒトを抱き寄せると、静かに頭を撫でた。


「わかった。……すまない、リヒト。……私の、力不足だ……」


リヒトの涙が落ち着くまで彼を抱き続けた。

酷なことを言ったかもしれない。

どれだけの過去を背負おうとも、どれだけの決意を手に防衛の地に立とうとも、まだ若き彼等を怨恨の連鎖に巻き込んでいるのは他ならぬ私達なのだ。


「すまない……。本当に……」


リヒトはまだ癒えぬ傷を涙に変えて私の腕の中で息を吐いていた。


彼が少し平静を取り戻したところで、もう一つだけ残っていた疑問を投げ掛けると、彼は鼻を啜りながら言葉を紡いだ。


「しかし、リヒト……。君は尋常では無い疾さだった。前にも少し思ったことだが、一体……君は何なのだ?」


「わ……わかんないです。セリオ達の血霧に囲まれて……身体中が熱くなって、辺りがゆっくり見えて。僕、無我夢中で……」


「血霧?」


思い返せばそうであった。

リヒトがルワカナを担いで驚嘆の疾駆しっくを見せた時も、初めてルカに一撃を見舞った時も、彼の周囲には少なからず血霧にれる機会があった。


私は少々思案した後に、自身の傷口を少し開けて血霧を漂わせる。


「リヒト、少し……良いか?」


「は、はい……」


リヒトの面前に私の血霧が浮遊する。

それを少し吸い込んだ彼は幾度かせ込み、身体の熱を訴える。

やがて身体の変調が一旦落ち着いた後に、彼の両の眼は燃えるような赤みを帯び始めた。


「ノ、ノヴォさん……。僕……また……」


私は思わず息を飲む。


「リ……リヒト……。君は、まさか……」


その瞳は褐色みた赤からやがて鮮やかな赤い耀かがやきを放ち、明らかに私達ガリヤ人と同等の光を捉える動きをしていた。


「私達に触れるのみならず、ガリヤの力を……私達と同じ力を宿やどすことが出来るというのか……」








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