一陣の風
『リガーメの悲劇』
『サルトランの大火』
『災いの日』
雪降る闇の中で向けられたルカの怒りは、恐るべき
ナイフの切っ先が肉を
───疾い、そして強い……。この
私は一か八かの反撃を試みる。
目に止まらぬながらも単調なリズムの
───しまった……誘われた!
必死に身体を
三日月の弧を描いたナイフの切っ先を追い掛けるように、私の血液は霧散化しながら辺りの雪を溶かしてゆく。
ルカは息継ぐ間も与えずに、そのままナイフを折り返し私の喉元へと走らせた。
「逝けや
「ルカァァァ!」
殺られたと悟った瞬間、聞き覚えのある声と共に風が吹く。
この眼では動きをゆっくりと捉えることは出来ても、ルカ以上に身体を疾く動かせることなど出来やしない。
静止した世界でナイフが血霧を揺らめかせながら私の喉元を掻き切ろうとした刹那、ルカは側面より突き抜ける一陣の風に吹き飛ばされた。
「リ………リヒト!?」
それは目にも止まらぬリヒトの蹴り一閃であった。
完全に意識の外から衝撃を喰らったルカは思わずナイフを手放し、地面に身体を打ち付けられながら吹き飛んだ。
私が状況に混乱したのはその余りある疾さだけではなく、ひどく激昂したリヒトの様子に違和感を覚えたからだ。
腕当ての針も出さず、矢継ぎ早に何度もルカに追撃の拳を喰らわせる彼の凄まじい怒りに、私は一瞬唖然としてしまう。
「あぁぁぁぁぁぁぁ!」
「な!……こ……の……クソガキィィ!」
ルカは戸惑いから脱し状況を悟ると、予備のナイフを抜き、同じく激昂してリヒトを迎え撃った。
リヒトは辛うじて致命の刃は
間もなくして、遠くから息を切らしながら現れたノシロンが必死の
「ノヴォ
ノシロンに言われるまでもなく、私は組み合う2人に向けて駆け出していた。
リヒトは完全に我を見失っている。怒りに囚われた彼からは、ルカへの殺意のみが
───何があった、リヒト!?憎しみや怒りで命を粗末にするような君では無いはずだ!
その疾さへの疑問よりも、その様子への危惧が
瞬時に2人の間に割って入った私は、ルカの腕を掴み辛うじてリヒトへの致命傷を避けたものの、代償に自身が無防備になった。
「邪魔っ……すんなぁぁぁ!」
ルカは怒り狂いながら手首を返し、制止を振りほどいて再度のナイフを振り上げる。
瞬時の反射で
友のくれた右足が、音を立てて弾け飛んでゆく。
その音を聞きながら崩れ落ちる体勢に冷や汗を覚え、
「ノヴォさん!」
援護のピオッジアを手にベネディが切迫の声で叫ぶ。隣ではカシミールが満身創痍の荒い呼吸を吐いていた。
リヒトはそこでようやく我を取り戻し、私の折れた義足を見て小さく声を漏らしながらワナワナと震え始める。
「あ……ああ……。ノ、ノヴォさん……」
「リヒト……その眼は……」
そこで彼の瞳が赤く輝いていたことにようやく気付いたが、驚きよりも先に危機回避の焦りに身を急かされた私は、リヒトを抱えると左足のみを頼り懸命に地面を蹴った。
不様に体勢を崩し地面に右膝を擦りながらも皆の付近へ辿り着くと、空いた一幕の間にルカもこちらを睨みながら荒れた呼吸を鎮めていた。
「蛆虫どもが勢揃いかよ……。シロンの奴は何してやがんだ……」
その悪態に、カシミールが肩を上下させながら荒い呼吸の合間に小さく言葉を刻んだ。
「…………倒したわ」
「は?」
ルカは呆気にとられて眼を見開く。
「倒したわ……」
繰り返された返事にも状況を飲み込むことが出来ず、暫く立ち
「……は?……何言ってんだお前?……倒した?……意味わかんねぇ……は?……何の話だ?」
「だから……
「……嘘つけよ……何だよ……何だよそれ……あり得ねぇ……」
カシミールの言葉を頼りにゆっくりと事実を受け入れてゆくように、ルカはブツブツと
「……マジかよ……シロンが
その瞳は燃えるように赤い光を増し、身体中の血液を沸騰させるように血管を浮き出たせると、ルカは
全身に溜め込んだ憎悪の圧を解放するかの如く、雪降る天を仰ぐと闇夜の中に
「お前らぁ…………全員!…………皆殺しにしてやらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます