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結果として――合唱コンクールで優勝する事は出来なかった。
というか、見事に学年最下位となった。
これは当然の結果だろう。何せまともな練習なんて、最後の一日しか出来なかったのだから。
クラスがまとまったのが本番前日という、何一つ勝てる要素がなかった戦いだったのだから。
だけど、その中で出来る事を重ねていき、全力を出し切った。
それが全てだ。
山崎達は結局、合唱コンクールには参加しなかった。
だからめちゃくちゃにされる事もなかった。
これに関しては、俺がきついお灸を据えたから、想定の範囲内ではあった。
少しは反省してくれていれば良いのだけれど……。
そんな訳で、合唱コンクール当日――その放課後。
俺はふらーっと、体育館へと足を運んでいた。
これまで足繁く通っていたこの場所には、もう体育の時間と集会以外で足を運ぶことはないだろう。
そう思うと、何か寂しい気持ちになる。
ほんの……少しだけだが……。
ん?
舞台の方へ目を向けると、見知った人影が一つあった。
前向き女こと――前田未来だった。
またもやモップ掛けをしていた。
何故? もう合唱コンクールの練習は終わった筈なのだが……。
という疑問を尋ねると、未来は照れ臭そうに微笑みながら。
「何ていうか……最後だからこそ、モップ掛けとこうかなーみたいな?」
「何だそりゃ」
「えへへ、何なんだろうね」
昨日の一件から、しつこく続いていた未来へのイジメはピタッとなくなった。
彼女は晴れて、平和な日常を取り戻したという訳だ。
自分の力で――大したものである。
「…………合唱コンクール、優勝出来なかったけど……悔しいか?」
「全っ然! むしろ、やりきった事に意味があるんじゃないかな」
「……だな」
お前なら、そう言うと思ったよ。
「私は、どちらかというと……山崎さん達が最後参加出来なかった事の方が、心残りかも……」
「お前はお人好しだなぁ……あれだけの仕打ちを受けといて、そんな事言えるか? 普通」
「私がもっと周りを見れていたら……山崎さん達とも一緒に歌う事が出来ていたのかな?」
「いや、そりゃ無理だろ」
「即答だね」
「即答もしたくなる。良いか? 世の中には、どうしたって分かり合えない奴らはいるもんだ。今回の件では、それが山崎達だった。それだけの話だ」
「分かり合えない人……か……それでも……私は……」
…………往生際の悪い奴だな……。
「まぁ、俺なら無理だろうけど。お前なら、ひょっとすると、山崎達と仲良くなれるのかもしれねぇな……」
「え?」
「だってよ――無謀とか無理に挑戦するのが、好きなんだろ? 今回みてぇに、しつこく、粘り強くアイツらと関わっていけば、きっとアイツらが折れる可能性があると思う……」
「……そっか……」
「多分な」
「多分なんだ」
「当たり前だ、未来の事なんて分かるかよ。今回の件だって…………あ、そうだ」
「?」
これだけは、言っておかないとな。
「すまなかった……」
「え? 何が!?」
急に頭を下げた俺に驚く未来。
「まず一つ、俺は……お前を見くびっていた」
「へ?」
「偉そうにアドバイスしておいて、俺はお前とかつての自分を重ねていた……だから、諦めろとか何とか、余計なお世話だったな……本当にすまなかった。お前は……俺が思っていたよりも、何倍も……何十倍も何百倍も、強い奴だったよ」
「いいよいいよ! 気にしてないから! 頭を上げてよ! それに、最後の最後に皆の前で勇気出せたのは、プリ……往二の言葉があったからだし! 私も、助けられたから……」
「二つ目」
「まだあるの!?」
「山崎一華が、ああなっちまったのは、俺の責任なんだ。だから、俺のせいで、お前には苦しい思いをさせてしまったも同然だ……本当に、ごめん……」
「え? それってどういう……」
話さざるを得ないな……。
俺の昔話を……。
俺が前向きから後向きに変わってしまった経緯を……。
「小六の時だ。ドッチボール大会があったんだよ。市の小学校が集まっての、そこそこ大きな大会が」
「ふむふむ」
「で、当時前向きだった俺は、相当仕切っていたんだ。今回のお前みたいに、『優勝だぁー!』って言ってな……結構、スパルタに。皆も、着いてきてくれると思っていたんだ。だけど現実は違った……皆、前向き過ぎる俺を見て、着いて行けねぇって、ドン引きしてたんだよ……」
「なるほど……それで私に……」
「そして事件は起こった……張り切り過ぎてた俺は、とある女子に向かって思いっ切りボールを投げてしまった。ボールは顔面直撃。おかしな倒れ方をしたその女子は頭を打って気絶……救急車で運ばれたんだ」
「その女子っていうのが……もしかして……」
「そう……山崎一華だ」
だから俺は、山崎には少し、負い目があった。
「それから山崎は、それを理由にして、今回お前にやったような仕打ちを、俺に対して行ったんだ。バカな俺は、そうなってようやく気付く事が出来たんだ……前向きなのは良くないって……後向きに、周りに合わせて生きるのが一番だって……な」
「…………」
「山崎については、その一件で、大勢を味方につける事の強さを知ってしまった。それからだ、山崎が徒党を組むことに躊躇がなくなったのは……だから、アイツがああなるきっかけを与えたのは、俺なんだよ……すまない……全部俺の……」
「そっかぁ……そんな事があったんだ……だから往二は、
「?」
「尚更、謝る必要なんてないよ」
「いや……だから……」
「往二は、何も悪くない」
「…………そう、言ってくれるのか?」
「うん――何度でも言うよ。私は――――往二は、悪くないってさ」
「……そっか……」
本当に……眩しい奴だな、未来は……。
「今回の合唱コンクールの一件に触れてみて、どうだった?」
……? どうだった? とは……?
「前向きな私を見て……どう思った?」
「どう……? そりゃあ…………そうだな……眩しいなって、思った」
「え? それは私の事が好きってこと!?」
「受け取り方が前向き過ぎるだろ……」
「へへ、なんてね」
「ま、あながち、的外れでもないけど」
「え!? 今なんて……」
「ははっ! 何でもねぇよ。さ、ちゃっちゃと掃除終わらせて帰るぞ。俺も手伝うからよ」
「ちょ、ちょっと! はぐらかさないでよぉー! プリンスぅー!」
「だから俺をそのあだ名で呼ぶなっつーの」
前向き……か。
今回の一件で、少し俺の認識が変わった気がする。
前向きな思考なんてのは、結局の所、自分良がりで、自分中心で、自分勝手な思考のことを指し。いつしか自分の身を滅ぼすような、ある種、時限爆弾のようなものだとばかり思っていた。
眩過ぎる光は……日陰にいる後向きな奴らを焼き尽くす……なんて、そんな事ばかり考えていた。
歪んだ考え方で、歪んだ価値観だった。
俺の後向きの性格も、相当なものだ。
だけど――
未来を見てて思った。
本当に前向きな奴は、焼き尽くすのではなく、光を当てるのだ。
日陰にいる後向きな奴に――――優しい光を……。
俺はそれを、教えてもらった。
つまり、何が言いたいのかというと……こういう事だ。
「プリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンスプリンス、プリンスぅー!!」
「だぁーっもう!! そのあだ名を連呼すんな! 分かった分かった! はぐらかさずに、ちゃんと言ってやるから!!」
「うん! ちゃんと言って」
「ったく…………ふぅー……」
「あれ? 深呼吸なんてしちゃって……ひょっとして緊張しちゃってる?」
「当たり前だろ! こういうの初めてなんだよ!! 俺は!!」
「あははっ! プ……往二ったら可愛いなぁー」
「うるせぇ! …………じゃあ、言うぞ?」
「うん!」
「前田未来…………さん……」
「はい……」
「俺は……お前の事が――――――」
前向きなのも――――悪くないかな。
〈完〉
前田未来は前を向く 蜂峰文助 @hachimine
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