(8)

 武田君といつもの分かれ道で待ち合わせ。

 無事に13日を迎えられたってことは、今度こそ武田君とはお別れ。

 私は自転車ではなく、徒歩だった。自転車に乗ったらあっという間に待ち合わせ場所について、武田君とのお別れが早まるだけ。数分の違いだったけど、少しでも送らせたかった。

 でも歩き続ければ結局、待ち合わせ場所にはいずれ到着してしまう。

 制服姿の武田君が、いた。

「おはよう、栞。自転車は?」

「お、おはよ……今日は歩きたい気分だったから」

「おめでとう。無事に明日を迎えられた。変な言い方だけど……」

 武田君は微笑んだ。

「うん、本当に良かった……」

「あんまり喜んでないように見えるけど、12日に未練があるとか?」

「! 違う。ぜんぜん違うよ……っ!」

 沈黙が流れる。でも以前のように、沈黙で焦ったりはしない。

 むしろ自分の心を整理するのに使えた。

「――口から出任せじゃなかったんだね」

「え?」

「私たちが昔会ったって話したことがあったよね? クラスメートの子にどうして私のことを栞って呼ぶのか聞かれた時に」

「ああ……そんなこともあったな」

「武田君だったんだね。私をあの真っ黒な世界から助けてくれた男の子って……。なかなか思い出せなくってごめんね」

「昔のことなんだから忘れてて当然だ。でも思いだしてくれて嬉しいよ。――同年代の能力を持った子を助けろって指令を受けて……」

「思い出したっていうのとはちょっと違うかも。男の子のことはずっと覚えてたよ。あの時のことはよく夢に見てたから。でも、それが武田君だって分かったのが昨日」

「何回目の昨日?」

 私たちだけに通じる、不思議な表現。

「あはは。それを説明しなきゃね。――最後の昨日だよ。つまり、みんなにとっての5月12日のこと。私の手を引いて屋上まで駆け上がってくれたでしょ? あの時、武田君の後ろ姿を見て、分かったの。また武田君に助けてもらったんだね。ありがとう」

「いや、助けられたのは俺の方だから。五十嵐さんへのアプローチを考えてくれたのは栞だから。俺のほうこそ助けられた。ありがとう」

 お互いに感謝するのがおかしくって、私たちは笑いあった。

 私たちはゆっくり肩を並べて歩く。武田君とこうして歩くのは、これで最後。

 なんて言えばいいんだろう。さようなら? また会おうね?

 どれもしっくりこない……ううん、言いたくない。

 私はこみあげるものがあって、俯いてしまう。

 泣きそうになった顔を、武田君に見られたくなかった。

「――実は、今朝、上に報告書をあげたんだ。今回、どんな願望世界が展開されたかって……。そうしたら……しばらくはまだ、栞と……その、行動するようにって命令が出た」

「えっ!?」

「だから、しばらくはよろしくな」

 私は自分でもびっくりするくらいの勢いで顔を上げれば、少し照れた武田君と目があう。

 彼が手をそっと差し出してくれば、私は自然とその手を取った。

「乗ってけよ」

 私は自転車の後ろに座らされ、「捕まってろ」という武田君の声を背中ごしに聞く。

「う、うんっ」

 びっくりしながらも、武田君の背中にしがみつく。

 自転車が軽快に走り出す。

 初夏の風が、頬を優しく撫でるのを感じた。

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るーぷ! ~終わらない1日と謎の転校生 魚谷 @URYO

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