(7)
そして、放課後を迎える。
私と武田君はアイコンタクトを取りながら、部活に急ぐ五十嵐さんを追いかける。
「五十嵐さん」
五十嵐さんは、びくっとして振り返る。
「沢海さん……と、武田君?」
「これから部活なのにごめんなさい。五十嵐さんに見て欲しいものがあるんだけど」
「……今じゃなきゃ駄目? 明日じゃ……」
五十嵐さんが明日を本気で望むまで明日は来ない。私は喉元までそんな言葉が出かかった。
「今じゃなきゃいけないの」
私の強い口調に、「わ、分かった……」と五十嵐さんはしぶしぶ、頷いてくれた。
「どこに行くの?」
「もうすぐ到着するから」
私は五十嵐さんの手を引いて、校舎裏へ向かった。
私は静かにとジェスチャーをしながら、物陰から様子を窺う。
「!」
五十嵐さんが息を呑む。
そこにいたのは、近藤さんと綿引君。ちょうど近藤さんが告白し、それを綿引君が受け入れるところだった。
感極まった近藤さんの肩を抱く綿引君。
「……うそ、どうして……」
五十嵐さんの声は震えていた。
「五十嵐さん、近藤さんたちは両想いなんだよ」
「……!」
五十嵐さんは校舎に向かって駆け出す。
「五十嵐さんっ」
「栞、追いかけるぞ」
「うんっ」
私たちは追いかけるが、運動部出身の彼女になかなか追いつけなかった。
「栞っ」
武田君が私の手を掴んで引っ張ってくれる。
この感覚――。
既視感を抱いている間に、五十嵐さんは屋上に通じる扉に飛びつくと、乱暴にドアノブを回せば、扉が開き、向こうに消える。
少し遅れて私たちも屋上に飛び出す。
五十嵐さんは屋上の柵を掴み、大きく肩を上下させていた。
私は自分の暴れる心臓を意識しながら「五十嵐さん」と声を絞り出す。
「……沢海さん、どうしてあんなのを見せたの」
「現実と向き合って欲しかったから」
「現実? 向き合う? 何それ。どういう意味?」
「五十嵐さんが、近藤さんが綿引君の下駄箱に入れた手紙を盗んだの、知ってるの。私、見たの」
「……っ」
五十嵐さんは何か言おうとしていたけど、言葉が出てこないみたいだった。
私、ひどいことをしてる……。
と、武田君が私の手を握ってくれた。その硬い手の感触に励まされるように、一歩、五十嵐さんに近づく。
「五十嵐さんの辛さも苦しみも、私には理解できない。でも今日の体育の時間、綿引君とのことを色々と聞かせてくれたよね。五十嵐さんが綿引君のことをすごく大切に想っていることが伝わったよ」
「……ご、ごめんな、さい……ごめんなさい……っ」
五十嵐さんは肩を震わせ、泣き崩れた。
「五十嵐さんっ」
私は寄り添い、五十嵐さんの背中をさする。
「2人が付き合って欲しくないから、手紙を捨てて……困らせようとするとか……あたし、マジサイテーなことした……っ」
「……五十嵐さん、綿引君が近藤さんのことが好きって知ってたんだよね」
「俊一郎とどれだけ一緒の時間を過ごしてきたか、話したよね。俊一郎の目さえ見れば、晴海のことが好きなのはすぐに分かったよ」
どれだけの時間が過ぎただろう。気付くと、西の空が茜色に染まっていた。
五十嵐さんはしばらくして落ち着いてくれた。
「恥ずかしい姿を見せちゃって、ごめんね……」
「ううん、私たちこそ……ひどいことしちゃったから」
「そんなことない。ありがとう。2人の姿を見て、吹っ切れた……。俊一郎、すごく嬉しそうだったし。沢美さん、無視が良すぎるのは分かってるけど――」
「安心して。誰にも言うつもりないから……」
「……ありがとう」
赤く離れた目元を袖でぬぐった。
「……私、そろそろ行くね」
「一人で大丈夫?」
「へーき。頭も冷やしたいし」
私たちは五十嵐さんの背中を見送る。
これで五十嵐さんは明日を望んでくれるようになったのかな。
「結果がすぐに出ないのは、もどかしいな……」
「でもやれることは、全部やったから」
武田君に促され、私たちは歩き出した。
次の日、目覚めた私の頭はスッキリ。
スマホを手探りで手にしたけど、画面を見るのをためらってしまう。
これでもし、5月12日のままだったとしたら?
やるべきことはやったんだから大丈夫――そう自分に言い聞かせても、怖かった。
私は画面を見ないようにスマホを握り締しめて早足になる鼓動を意識しながら、リビングへ足を向けたけど、勇気が出ずに途中で足を止めてしまう。
「きゃっ!」
「痛ぁっ!」
私は声をあげて尻もちをつく。
「ちょっと、栞、なんで廊下で突っ立ってるのよ~」
お母さんがぼやく。
「ご、ごめん……」
目を開けると、パジャマ姿のお母さんがいた。
「スーツじゃない! ご飯も……立ったまま食べてない!」
「いきなりどうしたの!?」
「お母さん!」
私は夢中で、お母さんにだきつく。
「ちょ、ちょっと……」
「お母さん、会いたかったよぉ!」
お母さんは最初は戸惑っていたけど抱きしめてくれて、頭も撫でてくれた。
「ごめんねー。最近、仕事で残業続きだったから……。でも、昨日の商談も無事に終わったから、これからは一緒にいられる時間を増やせるから。そーだ。今日の夕飯は、外で食べましょ」
「うんっ」
「もう。中学生にもなって、甘えん坊なんだから」
そうぼやくお母さんは嬉しそうだった。
私はお母さんにじゃれつきながら、スマホの画面をちらっと覗く。
5月13日――。
私はこの日をきっと忘れないだろうな。
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