第6話 カイルの女難のお話


※隣国へ留学している時のカイルのお話です。



**************



ヒラッ………



 ハンカチだ。


 前を歩く生徒が落としたのだ。何も考えず反射的に拾い声を掛ける。ただそれだけのことだった。


「落ち……「拾ってくださってありがとうございます!!!!わたくし一年のシャルロット・フェアリグスと申しますっ!好きな物は薔薇。カイル様の隣のクラスです!是非この機会にお近づきになって頂きたいと思っています!!!!」


 凄まじい勢いで話しかけられ、ハンカチを持った自分の手を両手でぎゅぎゅぎゅぎゅっと握りしめられる。


(なっ…、なんだこの子…)


 ぞわっとしてすぐさまその手を離しパパッと適当に撒くことにした。あれは関わってはいけないタイプだ。そう直感的に感じた出来事だった。





 ある時は告白されることも多々あった。




「す、好きです!!!」

「婚約者がいるので結構だ」



ピシャッ



「私の気持ち、受け取ってください!」

「いらない」



バサッ!



 容赦なく切り捨てる。


 丁寧に対応していたら日が暮れる。


 しかし泣いて去ってく子を見るとこんな自分でも罪悪感は湧く。仕方なくもう少し丁寧な対応をすべきかと自分の行ないを改めてみることにした。



「すまないが、君の言葉は受け取れない。それに君には俺よりももっと素敵な男性がいると思うから………」


「…素敵。切ないお顔のカイル様も美しい……」


「は……?」


「カイルのお気持ち、よくわかりますわ!」


「…………???」

(わかりました。じゃなくてわかります?)


「本当は好きなのにそう仰っているんですのね。謙虚に身を引こうとされるそのお姿…素敵ですわ。わたくしも無理矢理親から婚約者を押しつけられた身ですもの。カイル様が求められたとしてもわたくしの婚約者が責め立てて、わたくしの取り合いになりますものね。ええ、ええ。全てわかっておりますわ」


(…何言ってるんだろう、この子……)


 温度差に付き合いきれず引いてしまう。


 同じ共通語で会話しているはずなのにな…。180度捻じ曲げた解釈をされるとはどういうことだ。


 変な子ばっかりで、少しでも同情してしまった自分が浅はかだった。もうそれからは変な同情などせず容赦なく叩き切ることにした。



◆◆◆



 それ以降も事あるごとにあの手この手と手法を変えて女生徒達が絡んでくる。立ちくらみを装い倒れてきたり、わざとこけて抱きついてきたり。食堂を一人で利用しようとすれば周りに女子が密集したり絡んできたりで鬱陶しい。


「カイルも大変だな」

「本当にね………」


 ぐったりする。静かなところでゆっくり休みたい…。


 不憫に思ったユーリス王子が王族専用の個室に招いてくれた為、それからは食事の時間だけ束の間の休息がとれるようになったのだが、一度そこから出ればまた同じことの繰り返しだった。


「ははっ、人気者だなぁ。カイルみたいに少し中性的なやつこっちではあまり見かけないしなぁ。俺からしたら羨ましいけどな」

「はぁ。そんないいものじゃない。どっちかというと、俺経由でユーリス王子と繋がりを持ちたいと思ってる子も混じってるだろうし。あと、まともじゃない子も多い」

「ああ………なるほど。癖は確かに強そうだな。なんか、すまないな」


 苦笑しつつも申し訳ないと謝られる。


「ユーリス王子のせいじゃない。まぁ、手に負えなさそうな場合は助けてもらうかもしれないけど」


 とはいえ、そのような機会はたぶんないだろうとその時は高を括っていたが………。


 その後、手作りプレゼントという名の怪しげな薬入りのお菓子や、私物を盗もうと男子寮に忍び込もうとする輩まで現れ、やっぱり本気で困った時は相談させてもらおうと心に誓ったのはまた別の話。



◆◆◆



『ーーカイル様、帽子ありがとうございました。とっても可愛くて、ソフィアとお出かけする時いつも被っています。そちらは暑いですか?お身体に気をつけてお過ごしください』


 手紙には可愛らしいラベンダーのサシェが添えられていた。


『忙しい毎日かと思いますが、よく眠って疲れが取れますように』


 ソフィアと一緒にサシェを作ったと書いてあったが、薄紫のリボンが不恰好な形をしていてどこかティアラらしい。自然と口元が緩んでしまった。


 頼りないシルクのリボンから幼い少女の様子が窺えるようだった。恋しくなり、意味もなくそれに触ってしまう。



(………ティア……)



 彼女が作ったサシェは柔らかな花の匂いが程良く香り、心を穏やかな眠りに誘ってくれるようだった。


 そっと瞳を閉じると、彼女の笑い声が聞こえてきそうだった。少しだけ…とベッドに横たわっていたが、いつの間にかサシェを握りしめながら俺は深い眠りに落ちてしまっていた。






**************


サシェ:乾燥させた花やハーブを入れた香り袋のことです。ポプリのようにオイルは入れないので香りはきつくなく自然の香りを楽しむものです。部屋や洋服タンスに入れたりします。


・ラベンダーの花言葉には「あなたを待ってます」という言葉もあるそうです。

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