第10話 カイルの女難のお話2


※本編でカイルが少し話していた過去のお話です。(セイレーンの歌を聴いた時のこと)前回の話の続きっぽくなってます。


**************



 劇場の大理石の階段を上がり、重厚なカーテンをくぐると、ティアラとカイルは華やかなホールに足を踏み入れた。豪奢なシャンデリアの光が煌めく中、二人は個室観覧席へと案内される。ティアラは息を呑みながら、その豪華な装飾と絶好の視界に目を奪われた。



「ここが私たちの席ですか?」


「そうだよ」



 驚きと興奮を隠せずそう尋ねるとカイルは微笑みながら、彼女をエスコートして席へと導いた。



 ◆◆◆



 ティアラと並んで観劇を楽しむカイルは、ふと既視感に囚われた。それは隣国に滞在していた時、第二王子ユーリス殿下の誘いでセイレーンと呼ばれる歌姫の公演に行った際のことだ。その時も王子の婚約者と数名の令息令嬢が同席する個室観覧席だった。



「綺麗だな…」



 カイルが素直に感想を漏らすと、なぜか隣に座っていた令嬢が頬を紅潮させていた。



(歌を褒めただけなのに……)



 令嬢に誤解され距離を詰められ、なんともいたたまれない。だが中座するにはまだ早い。滅多にチケットが取れないほど大人気な公演らしく、シャイな婚約者との仲を深めるためにも間を取り持ってほしいと頼まれていた手前、席を立つわけにもいかなかった。



(仕方ない、歌に集中しよう…)



 カイルは公演に集中しようと努めた。そう、努力はした。しかし、両側の令嬢たちが手に触れようとしたり肩にもたれかかろうとしたりと、暗がりを利用して接近しようとする。それをかわすのに精一杯で、全く集中できなかった。



「なんて美しい歌声なんでしょう。聴いているとクラクラしますわ」


「ええ、まるで夢の中にいるようで支えがないと倒れてしまいそうですわ〜」



「あ、これはまずい」と身の危険を感じたカイルは素早く席を立つ。後ろで令嬢たちがぶつかる鈍い音がしたが、まあ、自分たちが招いた結果だ。ただ、そのまま去るわけにはいかないので、適当に話を合わせようと振り返った。



「お二人とも大丈夫ですか?どうやら体調が優れないようですね。無理はなさらない方がいい。従者を呼びましょう」


「いたたたっ…えっ!?…い、いえ、そんな。全然平気ですわ!」


「そ、そうですわ!こんな貴重な体験、滅多にできませんもの。観ないなんて損ですし!」



 慌てふためき退場を断固拒否する二人をカイルは冷ややかに見つめ、にっこりと微笑んだ。



「そうですよね。では最後まで是非ゆっくりお楽しみください。私も殿下に付き添いたかったのですが、残念ながら気分が悪くなってしまったのでこの辺で失礼させて頂きます」


「ええっ!?」



 ざわめく様子に、王子も慌ててカイルを引き留めようとする。しかし、ここに留まっても良い引き立て役になれるとは到底思えない。それよりも、一緒に来ていた友人のジュリアスの方が、王子たちを上手く取り持ってくれるだろう。



(もう無理だ。後は自分でなんとかしてくれ)



 そう目配せし、カイルはさっさとその場を後にしたのだった。



 ◆◆◆



 舞台の幕が下り、ティアラとカイルはしばらく静かに席に座って、余韻に浸っていた。



「楽しかった?」


「はい、とっても迫力があってドキドキしました。カイル様はどうでしたか?」


「それはもう……………雲泥の差だな」


「え?それはどういう意味ですか?」


「あ、いや…、過去にも似たような公演を観に行ったことがあったからさ。そちらは演奏の方がメインだったけれどね」



 セイレーンの歌姫の話をすると、ティアラは興味津々な様子で耳を傾けた。しかし、女性に絡まれて全く面白くなかったと続けると、ティアラは少し顔を曇らせてしまった。



「そんなことがあったんですね。カイル様はどこでもモテモテなのですね」


「いや、もうあんなのは懲り懲りだよ。それに一緒に行きたいと思うのはティアだけだしね。また行こう」


「え…?は、はいっ」



 ティアラの目が一瞬驚きと喜びで輝いた。



「一挙手一動するティアがとても可愛かったな。驚いてビクッとしたり、怖くてパンフレットで顔を覆ってしまったり……」


「カ、カイル様〜!」



 ティアラは頬を赤らめ、少し困ったような表情を浮かべたが、そんな姿も堪らなく愛おしくて仕方なかった。



(殿下も変な気を回すより、最初から二人で行けばよかったのに。…まあ、今更な話だけど…)



 カイルは心の中でそう思いながら、ティアラの手を取り立ち上がる。彼女も笑顔で応え、二人は新たな約束を胸に、劇場を後にしたのだった。

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ティアラのお茶会部屋 tomomo256 @tomomo256

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