後編 Remine

 学校が終わる。


 わたしは仲のいい友達と集まって、お喋りをする。そうしていると、一人の先輩が教室にやって来る。金色の髪と、背が高くてすらりとした身体。

 彼はわたしの方に近付いてくる。


「こんにちは、レミネちゃん。今日も元気?」

「はい、元気ですよ!」


 へらっと笑った私に、一人の友達がわたしの腕をつつく。


「ちょっと、レミネ。この人、誰?」

「ああ、クレ先輩だよ! 委員会が一緒で、仲良くなったんだ」

「へえ、そうなんだ! えー、かっこいい!」


「あはは、どうもありがとう。ところでレミネちゃん、少し今、時間あるかな?」

「時間ですか? 大丈夫ですよ!」

「本当? それじゃ、屋上に行こうか」


 先輩はそう言って、わたしの手を引く。友達はきゃあと沸き立つ。わたしはびっくりしながら、先輩に連れられて屋上に向かう。


 ◇


「僕はずっと、君のことが好きだった。よかったら、付き合ってほしい」


 先輩にそう言われて、わたしは目を丸くする。

 彼の瞳が、わたしのことを捉えていた。

 わたしはそっと微笑んで、首を横に振った。


「ありがとうございます……でも、すみません。わたしは、その思いに応えられません」


 先輩は悲しそうに目を伏せて、そっか、と言った。


「どうしてか、聞いてもいい?」

「……申し訳ないんですが、言えないんです。でも先輩は、素敵な人だと思います。だからわたしのことなんて忘れて、幸せになってください」


「あはは、難しいことを言うね。すぐに忘れるのは難しいかな……でも、素敵だって言ってくれて嬉しかったよ。ありがとう」


 わたしたちは少しの間、見つめ合う。

 広がっている大きな空は、わたしたちを包み込むように澄んでいた。


 ◇


 休日が訪れて、わたしは森の中を歩いていた。

 縦に長く伸びた木々の中を、わたしは進む。ひんやりとした空気の中で、木漏れ日だけが暖かい。時折鳥のさえずりが響いては、森の静けさに溶けてゆく。


 やがて、小さな家が見えてくる。橙色の屋根と、クリーム色の壁。窓の向こうに幾つもの植物が並んでいることを、わたしは知っている。

 こんこん、と木でつくられた扉をノックする。少しして、きいという音を立てて扉が開く。


 ラルくんが、立っている。


 雪を閉じ込めたような銀色の髪は、後ろで一まとめにされている。淡い夜のような藍色の瞳は、今日もきれいだった。いつも通り、フードのついた真っ黒なローブを着ている。


 わたしは、口を開く。


「こんにちは、ラルくん。今日、魔法を解いてくれるんですよね」


 ラルくんはゆっくりと、頷いた。目の下の方が微かに腫れていて、どうしたんだろう、と思った。

 彼の淡い色の唇が、開かれた。


「ミルクティー、それともレモンティー?」


 わたしは微笑う。


「ミルクティーでお願いします!」

「……お前はほんとに、いつもと変わんないね」


 そう言って、ラルくんは少しだけ笑う。ようやく彼の笑顔が見られたことが、嬉しかった。


 ◇


 ラルくんの口数は、いつもより少なかった。

 わたしは彼に、今週の話を聞かせた。でも取り立てて面白いことはなかったから、どことなくぎこちない空気がわたしたちの間に流れる。


 やがてラルくんが、すっと立ち上がる。わたしは彼のことを見ている。ラルくんはわたしの隣に立って、話し始める。


「……ぼく、レミネに謝んなきゃいけないことがある」

「えっ、何ですか?」

「ずっと、魔法をかけっぱなしだったこと。ほんとにごめん。勝手なぼくの都合で、お前に重荷を背負わせ続けた。悪かったよ……」


 わたしは驚いて、瞬きを繰り返す。それからつい、吹き出してしまう。

 ラルくんは戸惑ったように、わたしのことを見ている。


「え、は、何で笑うんだよ? 意味わかんないんだけど」

「だって……ラルくんが気弱なの、おかしくって。ラルくんはいつも、自由な感じじゃないですか」

「自由な感じで悪かったな。ぼくだって落ち込むことくらいあるから」

「え、落ち込んでるんですか? どうかしたんですか?」


「べーつに、何でもない。レミネは気にしなくていい。自分の心配だけしてなよ」

「あはは、これです、これこそラルくんって感じです! こういう自由な感じの!」

「もしかしてお前、喧嘩売ってる?」


 半眼のラルくんに、売ってないですよ、とわたしは笑う。


 ……でも、彼が本当は優しい人であることを、わたしは知っている。


 手入れされた植物たち。淹れてくれる紅茶の温度。帰り際に玄関まで見送ってくれること。


 それに一ヶ月ほど前、彼はわたしのために怒ってくれた。

 クラスの人に意地悪を言われた、と告げたわたしのことを、本気で心配してくれた。そんな不器用な優しさを、わたしはよく、知っている。


「……それじゃ、魔法、解くよ」


 ラルくんはそう言って、わたしの肩に手を置く。

 目と目が合う。彼は不思議な言葉を、その清涼な声に乗せる。


 ラルくんは少しだけ、怯えたような表情を浮かべている気がした。それがどうしてかは、わからない。彼は強がりなところがあるから、きっと今も、何かを押さえ込んでいるのだろう。


 ラルくんの口が、閉じる。

 魔法が解けたのが、わかる。


 わたしはそっと立ち上がる。ラルくんのことを見る。銀色の髪を、藍色の瞳を、黒色の衣服を、その全てを、わたしは見る。


 彼はどこか、悲しそうだった。それを隠すようにうっすらと笑っているけれど、わたしは知っている。長い時間を、一緒に過ごしてきたから。


 わたしは、ラルくんを抱きしめる。


 こんなことしたら、嫌われちゃうかな?

 でもいいや。その答えは、数十秒後には、はっきりしているだろうから。


 わたしは口を開く。

 ずっと誰にも言えなかった言葉を、わたしは微笑んで紡ぐ。




「わたし、ラルくんのことが好きです」




――『森の奥に潜む恋』fin.

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森の奥に潜む恋 汐海有真(白木犀) @tea_olive

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