恋のおまじないの意味を教えて……。

『――コケティッシュ、そんなに泣くなよ』


『俊くん、だって悲しいんだもん』


『仕方がないだろ、あんな人混みだったから。どこかで落っことしたんだよ』


『あの赤いリボン、陽菜のお気に入りだったんだよ』


『コケティッシュは泣き虫だからな、俺が見つけてやるから心配すんな……』


『……嬉しいよ!! でも俊くんは、なんで私のこと、コケティッシュってあだ名で呼ぶの?』


『べ、別に意味はないよ、俺が決めたからコケティッシュなの!!』



 *******



 秘密基地に向かう坂道。幼い日の出来事を思い出していた……。俊くんと出かけた商店街の夏祭り。浴衣ゆかたの私は、お気に入りに髪飾りを落としてしまった。俊くんは服が汚れるのも構わず、一生懸命探してくれた。


「結局、赤いリボンは見つからなかったけど……」


 俊くんの悔しそうな顔を、昨日のように思い出す。ちょうど私が引っ越す一週間前だったな。


 自転車のライトを点灯する。この時期は日が落ちるのも早い、普通なら肌寒いが、今の私にはちょうどいい、汗をかかずに済むから。


「……秘密基地、明かりがついてる!? 俊くん、待っていてくれたんだ」


 急いで秘密基地に入ろうとしたが、手前で足を止める。


「……俊くん?」


 ドアが少し開いていた、あの丸テーブルに向かい、何か作業をしているようだ、真剣そうな横顔が見える。絵筆を持って、いったい何を作っているんだろう。


「……来てたのか、気がつかなくて悪い」


 気配に気がついたのか、俊くんが私を見て優しい笑顔に戻った。


「佐藤くん、何を作っているの?」」


「ああ、これか、こけしの絵付けだよ」


 こけしと聞いて身体が強張こわばる。その表情を彼は見逃さなかった。


「……俊でいいよ、あの頃みたいに」


「じゃあ、俊くん」


「最初に謝らせてくれ、君を泣かせてしまったことを。本当にごめん」


 椅子から立ち上がり、深々とこちらに頭を下げる。


「こけしみたいって、俺が言ったのはだったんだ」


 こけしが褒め言葉!? 


「……朝、こけし博物館の前で会っただろ。親父の取引先なんだ、俺は搬入はんにゅうの手伝い」


 こけし博物館が、お父さんの取引先!? 


「うちの親父、こけし職人でさ。有名な津軽系こけしの流派りゅうはなんだ。俺も将来は後を継ぐつもりで、ここで練習してるんだ」


 俊くんがこけし職人の息子!? 子供の頃は全然知らなかった。


「……じゃあ私のこと、こけしみたいって言ったのも?」


「俺の言う最高の褒め言葉だよ」


 私はすごい勘違いをしていたんだ……。


「おかえり、俺たちの秘密基地に」


 差し出された手に持っていた物は!!


「俺の自信作だ、君に似てるだろ」


 可愛いこけしのお人形、おかっぱ頭に赤いリボン。あのお祭りで私が着ていた浴衣の柄までそっくりだ。


「リボンを見つけられなかったお詫び」


 俊くんはずるいよ。あの頃と同じ、私の心を一瞬で盗んじゃうんだ。その温かい笑顔で……。


「ただいま、俊くん!!」


「泣き虫なのは変わらないな、コケティッシュ」


「ねえ、俊くん、コケティッシュの意味を教えて……」


「可愛い女の子の意味だと思って、あだ名にしたけど、じつは間違いで、色っぽい女の子を指す言葉だったんだ……」


「じゃあ質問!! 今の私は、俊くんからどう見えるの?」


「う〜ん、コケティッシュって言うより、やっぱりちゃんかな……」


 今の私には最高の褒め言葉だ。彼とのあいだで、止まっていた時計の針が動き出す。


「俊くん、私、こけしが大好き!!」


 嫌だったはずの、こけしヘアが軽やかに揺れる。

 私はこけし少女のままでいい。




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恋のおまじないはコケティッシュ!? ねえ、私にその意味を教えて……。 kazuchi @kazuchi

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