こけしにまつわるエトセトラ。

「……陽菜!?」


 亡くなったお母さんが、大好きだった古い歌謡曲。家事をしながら、私たち姉妹の前で口ずさんでいた。歌のサビが頭の中で繰り返された。それは失恋の歌で、自分を振った男を見返そうと、キレイになる努力をして、毎日おしゃれをしたのに、男と再会したときに限って、使い古しのサンダル履きだった歌。


「……ううっ、ぐすっ、なんで私はこけしみたいな髪型なの。せっかく俊くんと、また会えたのに!!」


 私は泣いていた。止めどなく流れる涙が頬を伝わって、テーブルの連絡ノートに落ちる。涙のしずくが、彼の書き込みに染みの跡を作った。


「こんなことってないよ……!!」


「あっ、待ってくれ、陽菜!!」


 あわてて呼び止める俊くんの声。無理、とても顔をあわせてなんかいられない。私は振り返らずに走り出し、秘密基地を後にした。



 *******



「……陽菜、下ばっかり向いてると危ないよ」


「ううっ、お祖母ちゃんにそう言われても無理だよ。私、こんなみたいな髪型で、学校に行きたくないよ……」


「陽菜、何言ってんの。この辺りでこけしって美人の例えだよ!!」


「それはお祖母ちゃんの若い頃の話だよ。だって陽菜、スマホで検索したもん。【こけしヘア】とか。そうしたらみんなトラウマとか、改善策とか、へこむことしか書いてないよ」


「……まあまあ、それは仕方がないから早く行きなさい。転校初日から遅刻するよ!!」


「ええっ、もうこんな時間!?髪の毛を整える暇もない……」


 私は急いで支度をした、あんなに楽しみだった制服も何だか色あせて見える。お祖母ちゃんの家から中学校までは、自転車で十五分位で着くそうだ。この辺りでは通学と言えば自転車だ。安全のために被らされる学校指定の白いヘルメット。普通なら、ぺたんこな髪型になるから嫌だけど、今回は天の助けに思える。こけしヘアが見られなくて済むから。 慣れない自転車にフラフラしながら、温泉郷のある場所に差し掛かった。


「……何じゃこりゃ!?」


 私は思わず目を疑った。遠くからでもわかる巨大なシルエット。にょっきりとそびえ立つ円筒形の姿。その上に大きな丸い頭。

 

「……い、いやああっ、なんで通学路に、こけしが二本もあるの!?」


 二本のこけしは、橋の欄干らんかんがわりのようだ。ここを通らないと目的の中学校には行けない。

 

「……こけしなんか大嫌い!!」


 なるべく、こけしを視界に入れないように橋を渡り切る。


「……うひゃあ!?」


 息も絶え絶えに、橋を渡り切った私を待っていた物は。看板の後ろに巨大な建物、その名も。


「……こ、こけし博物館って、なになに? 全国のこけしを集めた、最大級で最高のこけしのテーマパーク!?」


 今の私にとっては悪の総本山に思える。こけしから逃れられないんだ、この町は。恐るべし、こけし発祥の地。


「……もう無理かも、学校に行くのやめようかな」


 甘い考えが頭をよぎる。でも、それは無理だ。初日から転校生が学校をズル休みなんて。


「中原さん!!」


 突然、声を掛けられた。この声は!?


「……佐藤くん!!」


 彼が立っていた。道を挟んで、こけし博物館の前の歩道に。でも今日は制服じゃない、何で!? 目の前の車道を車が激しく行きかう。


「……そのままでいいから、俺の話を聞いてほしい!! 昨日は泣かせてしまって本当にごめん!! なんであんなことを言ったのか、その訳を後で話したい。今日の放課後、あの秘密基地で待ってる!!」


 車の騒音にかき消されないよう、声を張り上げてくれる彼。その姿を見て、私は涙が滲んできた。


「……俊くん、あのときも同じだった」



 *******



 私が小学生のころ、この場所から転校するときも。大きな声でお別れを言ってくれたね。私を乗せた車のリアウインドウ越しに。どんどん小さくなる彼の姿が、ずっと目に焼き付いている。


『……コケティッシュ、何年経っても、俺たちの秘密基地で待ってるから!!ぜったいに約束だ、忘れるな!!』



 その言葉を私も忘れない……。

 

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