あの約束の場所で待ってる……。
「――お父さん、悪いんだけど。立ちよってほしい場所があるの」
私は、お祖母ちゃんの家に行く前に、どうしても見ておきたい場所があった。車は温泉郷の手前。この地域の水道センターの敷地内で停まった。
「ぜんぜん変わってないよ、嬉しい!!」
父には車で待ってもらい、敷地内にある公園に向かった。急こう配の坂を登ると、懐かしいあの景色が!! 胸の中で炭酸の泡みたいに強い想いが込み上げてくる。
「……秘密基地、そのまんまだ!! トタンの屋根は古くなってるけど、ドアも変わらない。あれっ、でも入り口に電気なんてあったっけ? 壁も青く塗り替えられてるし、誰が手入れしてるのかな」
秘密基地とは私たちの呼び名だ。もともとは水道局の資材置き場だったが、市の厚意で、子供たちに遊び場として開放されている。
「まだ子供たちに使わせてくれているなんて、ぜったいに、ここの市長さんは良い人だよ!!」
私はこけしカットの悩みも忘れるほど、嬉しくなってしまった。
「……でも室内までは、さすがに同じじゃないよね」
おそるおそる小屋の中に足を踏み入れる。自動のライトが点灯し、室内が照らし出された。
「わあっ!!」
思わず声が出た、当時と見違えるほど変わっている!! 昔は子供が集めた古い家具ばかりで、お世辞にもキレイと言えなかったが、今はまるで、おしゃれな雑貨屋さんの店内みたいだ。あんなにほこりっぽかった床もきれいに手入れがされていた。壁にはエスニック調の布がかけられ、板張りにされた床も新しい。ひときわ目を引いたのは中央にある丸テーブル。可愛いの小物たちが並んでいる。スノードームや犬の置物。そのなかに、こけしがあるのは見ぬふりをしておこう。
テーブルの中央に置かれた一冊のノート。
「秘密基地の連絡ノートだ!! うそっ!? まだ続いてたの……」
ノートの表紙には通しナンバーが書かれ、数字は三桁を越えていた。ここで遊ぶ子供たちの伝言板や、誰が来たか分かるように書き込みできる連絡ノートだ。表紙に手書きで張り紙がしてあった。
(持ち出し、いたずら厳禁、このノートは利用者様の善意で成り立っています)
「……この右肩上がりな字、どこかで見たような気がする」
急いでノートの
「すごいよ、やっぱりみんな、この場所が好きなんだ!!」
その場で飛び上がって喜びたくなった。あの人がこの場所に一緒だったら、もっと嬉しいのに。
ノートの書き込みは最近の物から古い物にさかのぼる。
「あれっ? また右肩上がりの字だ……」
ある書き込みで頁をめくる私の手が止まった。
【今日も秘密基地に来てしまった。あいつは絶対に、約束なんか忘れているはずなのに。俺は何を期待しているんだ。伝言の書き込みなんて、あるはずがない!!この連絡ノートが終わったら、いい加減あきらめよう。コケティッシュの意味を伝えたいとか。S・S】
「この日付けは、一週間前だ。それにこのS・Sのイニシャルは?」
幼いころの記憶がよみがえる。秘密基地からみた小川の風景。はるかにそびえる山々は、まるで雪の帽子を被ったみたいだ。私の大好きだった幼馴染の男の子のイニシャルを思い出す。髪のカットで自分を見失った
「……先客でしたか、すみません」
後ろから突然、声をかけられた。慌てて振りむくと、男の子が入り口に立っていた。背が高い。低い入り口の柱に頭をぶつけそうなくらい。この制服は? 私が転校する青森県立石黒中学の男子制服だ。なんども中学校のホームページで見たから、両方を知っている。女子は大きめの襟が可愛い、セーラータイプの制服だ。初めてセーラー服を着る予定だから、とても嬉しかったんだ。
「連絡ノートへの書き込みが終わるまで、外で待ってますから、俺のことは気にしないでください……」
ほほ笑む目が優しい。私の心臓が早鐘を打つ。男の子がイケメンだから、私はときめいているんじゃない。笑顔に昔の面影が残っている。絶対に間違いない!!
「……
「どうして俺の名前を!?」
こらえていた感情が、あふれ出した。信じられない、こんな偶然なんてある!! ちがう偶然じゃない、これは必然だ。私は彼に再会する運命だったんだ!!
「俊くん、会いたかった……」
「……嘘だろ!? コケティッシュ。いや、中原陽菜なのか?」
「……そのあだ名で呼ばれるの、懐かしいな」
「見違えたよ!!」
こんなに美人になって、という彼の言葉を期待した。
「……なんか、こけしみたいだな」
――最悪の再会だった。
彼には会いたかったが、転校するのに気が進まなかった
わ、私、こけし少女じゃないもん!!
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