スウィート・ナイト

死んだあなたの両目から、黄色く濁った液体が流れ出している。

体から出た液体は等しく体液と云うのだろうけど、あなたのこれは本当にそうかしら。

あたしはこれをレモネードのシロップじゃないかと思うの。

甘酸っぱくてしつこくなくて、舌の先にちょっとの痺れと苦味を残すの。

舌に絡めるとすぐどこかへいっちゃうような、その瞬間を大切にしたくなるような味がするのよ。

ねえ、あなたを生かしていたのはほんとうに赤い血潮だったかしら。

あなたがあの時、あたしの喉奥にトロトロ流したような、痛いくらいに甘味を伝えたアレこそがあなたの体に流れていたものなんじゃないかしら。

薄暗くなった部屋。

月光に輪郭を象らせたあなたが横たわる。

濁った液体が、二つの空洞からとぷとぷ流れ続けている。

床に這いつくばって、舌で液体をすくう。

味蕾の間を滑って、喉の奥へ落ちていく。

うん、きっとこれがレモネードシロップなんだわ。

これを瓶のソーダと混ぜて飲むんでしょ?

答え合わせをしようと、いつものように彼の目を覗き込むように顔を上げる。

ぽっかり開けたそこが、ブラックホールみたいにあたしの意識を吸い寄せる。

この癖を知ってる彼なら、瞳の奥に答えを仕舞って、隠すように意地悪く目を細めるのに。

今ここで泣いたら、あたしの両目も溶け出してここに混ざり合うのかしら。

あなたのは黄色で、あたしのは何色かしらね。

馬鹿になった蛇口みたいな両目からうやうやしく液体を受け止める。

あなたがいないんじゃ、あの喉が焼けるような甘さはもう味わえない。

片目が潤み出し、視界が歪みはじめた。

手を翳すと、指先にゼリー状の体液が触れる。

ついに、ぽたっと黄色い水溜まりに落ちたそれは真っ黒だった。

床に叩きつけられて弾けた雫は、黄色い海に波紋を描いてじわりと侵食する。

品もなくぼたぼた溢れる体液が、手を開くように黒い線をのばす。

ああ、これだけは知ってるわ。

どんな色も、黒と混ざると消えちゃうって。

空っぽになった右目に手をやる。

ねえ、寂しくなっちゃったね。

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指先にまとわりつく劣情 聶惢 @shyshyshy

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