We`ll Give You A Crazy Performance
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日本の凌我は博学才穎。彼は小学生の時から非常に学業成績が優秀で、地元でも知られた早熟の天才児であった。10歳の頃に受けた知能検査ではIQ1000であった。我々はそれを知った時こう思った。一桁多いのではないか、それでも凄いが。これはガウスの正規分布曲線に即した知能指数の比率で言えばあり得ない程の水準である。我々は彼のIQを俄かに信じられなかった。しかし彼の知能が発揮されるのを見れば彼の異星人染みた才能は白日の下だろう。彼は勿論記憶力や計算力も優れていたのだが特筆すべきは彼の思考力である。彼はどのような難解な書物や暗号をいともたやすく解くことが出来た。常識や旧来のバロメーターでは彼を測れなかった。それ故一部の保護者からは異星製のエニグマだと言われていた。彼は幼い頃から奇妙奇天烈、奇想天外な事が好きであった。凝固し、腐敗した日本の学校教育を彼は幼い頃から嫌悪し、度々教師や先輩に反抗していた。彼は高校まではガリガリで体が小さかった。しかしそのみすぼらしい外見に反して彼の知能は事実上人類史上最高の渾名をほしいままにしていた。
しかし周囲の子供の大部分は愚物であった。彼らは凌我の活躍ぶりを見ても歓声一つ上げなかった。凌我は上流階級の出である。また彼は周囲の人間を無差別に見下していた。友達も、両親でさえも。機敏な感受性を持つ少年少女たちには彼の一挙一動が鼻についた。彼が物議を醸す発言をする際も周囲の子供の中には必ず「どうでもいい」と常套句のような言葉を言う男子児童もいた。彼には好々爺とも言える懇意な祖父がいた。祖父は長身で昭和生まれだと言うのに身長が195㎝あった。彼を知らない人たちは彼を見るとよくでっか、と言って驚いたりしていた。その祖父は顔面も端正でジェイムズディーンのようだった。我々は彼の事を思うと、若い頃はさぞモテたかと思うのだが、その目立つ、日本人に不釣り合いな長身で性格は温厚篤実であるにも関わらず皆から敬遠されていたという。今日の国際社会を生きる我々はもったいないと思うのである。外国に行けばそのルックスに釣り合うグラマラス美女もいるだろう。なまじ背の低い日本人の中で生きたから、まるで羊の中の狼のように彼は孤高の人生を長い間生きてきたのだと言う。
凌我は成長し、25歳になった。彼は祖父の隔世遺伝を受け継ぎなんと身長210㎝の大男になっていた。子供の頃を思えば、モーセの海割のような奇跡が起こったかの如き衝撃を我々は受ける。また彼は俳優志望かと思われる程顔面も端整だった。元が良いとは言え、人間の成長には我々は首を垂れずにはいられない。そしていつの間にか彼は思考の深淵で遊泳している内に超人の次の段階に独自で到達していたらしく、宇宙意志そのものとなっていた。神でないにせよ、宇宙そのものを自在に操れる人間に彼はなった。しかし彼自身、その宇宙意志となった事に無意識に蓋をしていたらしく25歳になるまで普通の生活を享受していた。彼は思春期青年期を不良として過ごした。無論中二病などではなくその気になれば勉強も出来たのだが彼はもはや勉強に対して言いようのない倦怠と嫌悪を感じていたのだ。彼は20歳から40㎝も身長が伸びたので肉体的には晩熟だ。しかし知的には前述の知能検査の如く超早熟であった。周囲の人間は、天才は二十歳を過ぎれば凡人になるのだと言っていたが、凌我はそんな連中をニヤニヤしながら見ていた。あまりにもニヤニヤしているので外国人の、おそらく英語圏の観光客が彼の事を「ユーパヴァ―ト!(あなた、変態よ!)」と言った事もあったそうな。我々は宇宙の観察者であるから、凌我の生い立ちや、彼の生きた人生における事故、事件などの断片を時系列順に順列として列記する事が出来る。我々は普通ただの人間についてここまで労力のかかることをしない。しかし凌我は我々の出席する宇宙会議でも議論で取り沙汰されたりするし、メチョロン星人やネティラス星人などは凌我の研究をしている程だ。したがって彼の存在を無視する事は出来ず、また我々も彼という宇宙意志に興味を持っている。だからこうして彼の物語を極力平明に紡いでいるのである。再三言うが我々はただの人間には興味がない。
彼は嫌な記憶を忘れる事が脳の構造上出来ない。何でもMRIによると彼の脳は大脳新皮質が常人より濃密な構造をしているらしい。また空前絶後、前人未到の新種の脳の部位もあるらしかった。しかし彼は開頭手術や研究材料となる事を頑として拒んだ。彼は自分を安売りしない男だった。彼は凄い、彼は傑出している、そういったトートロジーを駆使しなくては彼の偉大さは人類のいい加減な言語では形容不可能だった。
彼は現実社会において自分の頭部を叩いた男、自分を精神障害者として差別した男、また自分の理論を頑迷にも認めず、そればかりか逆に彼にマウントを取ろうとしていた男などを忘れなかった。そして彼の憤怒は某日、爆発した。宇宙意志は森羅万象の覇者、物質の創造などお手の物である。彼は無限大の弾丸が常に補填される超自然的拳銃を精製した。彼は大戦犯の存命を確認するや否や、日本中を彼らを殺害すべく移動するようになった。彼は瞬間移動も出来たのだが、丁度小説を書いたおかげで文学賞100万円を貰っており、仕事も暫くしなくて良く、また一人旅のリビドーが亢進していたので一人旅と称して、各地を転々とする事にした。彼の殺害意欲は物見遊山な精神と渾然となっていた。
彼は日本各地の絶景を堪能した。風光明媚な新緑の木々、冷涼な空気、壮大な山岳、行楽の紅葉、澄み切った水流、彼はそれらを見ながら、松尾芭蕉のように詩を書いた。彼の放浪は3年にも及んだ。彼は古色蒼然な旅館のテレビで、放浪中、新進気鋭と言われる東大卒のコメンテーターの特集をしていたのを見た事がある。彼はそれを見て、こう思った。墓場の中から、カメラは蛆虫に語り掛ける。彼の刺々しい文章はそのまま彼自身の人生にも刺々しさをもたらした。彼は言行一致をモットーとしていた。私小説的な彼の作品と現実での彼が著しく乖離している事が彼には許せなかった。彼はどこまでも純粋な、世間知らずな、少年のような心を持っていたのだ。しかし憎たらしいのが彼は多くの9割強の人間を軽蔑し、嘲笑しているという事だった。これは彼の寂寞な人間関係が影響している。彼は少年時代、天真爛漫で、友達も多かったのだったのだが彼は多くの人間から妬みや嫉みを買い、結果的に本当の友達はいないことに、彼は薄々気づいていた。所詮うわべだけだ、彼はよくそう思っていた。偶像崇拝のような扱いは受けたことがあるし、「凌我は何か持っている。普通の人が持っていないものを」という発言をした慧眼を持つ学生もいた。人間関係は薬ではない。人間関係そのものが何かについて劇的な奏功を伴う事は稀である。
凌我は発明家でもあった。彼は百面相ロールシャッハと呼ぶマスクを発明した。これは秘密裏に作ったものであり特許申請はしていない。このマスクは装着者の意図や気分により、ロールシャッハの模様の如く、その造形を変えるのだ。彼はこの発明と超自然的拳銃により、3億円の銀行強盗もした。彼には道徳観や倫理観というものが甚だしく欠落しており、金に困れば何の躊躇いもなく犯罪をしたし、殺人もした。彼の銃は一応コルトガバメントの形状をベースにしている拳銃だが、実はマシンガンにも、ガトリングにも、リボルバーにもライフルにも宇宙意志の濫用により変形する事が出来る。しかし彼の人間界での悪行を鑑みれば、彼こそ純粋な邪悪である。
彼の母真弓や、彼の父光弘は大学生時代、よく当時彼が住んでいた関西に訪れた。家族で食事をしたことも多い。しかし凌我が24歳になって東京に行ったら、今度は僕を除いて家族がわいわいやっているらしかった。彼は内心反発心や嫉妬のようなものを感じつつ、しかし家族から離れ、自立する事は自分にとって成長になると彼は考えた。彼にとって家族の縁故や影響のない、未開拓の地、それが東日本であり、もっと言えば東京だったのだ。
京都府のとある地にて凌我は彼を差別した男と出会った。彼はその男に向けて超自然的拳銃を発砲した。彼の頭部に風穴があいた。彼は目や鼻や口から大量の血の飛沫をまき散らした。血しぶきがコンクリートを濡らした。そして周囲の有象無象達はそのショッキングな光景を目の当たりにして逃げ惑った。僕はその男を殺害し、数秒で姿を消した。百面相ロールシャッハは天下無敵の犯罪アイテムである。彼はほくそ笑みながら次の恨んでいる男を殺しに行った。気を感知した。彼は愛知県へ飛んだ。
凌我は自分を不当に暴行したその男を見つけると背後から何発も超自然的拳銃を発砲した。そこは路地であった。男はうわあああなどと断末魔を浴びながら死んだ。男の今際に凌我は自分の顔を見せた。彼は呪いのある目で凌我を見つめて死んでいった。凌我は呪いなどは怖くなかった。宇宙意志は幽霊をも支配し、意のままにあやつる力である。呪いの力も同様で彼は殺害した人間たちからの呪いを受ける事はあったがそれらは宇宙意志である凌我には何らの影響ももたらさなかった。凌我は悟った。絶対的な力の前では善や悪などというものは最早問題ではない。そもそも善悪の基準などはひとそれぞれだ。全く、人間として節度ある行動を、公序良俗を侵害しない行動をしていたのが馬鹿らしい。悪はここまで美しいのに、彼はそう思うようになってきた。
我々は彼を咎める事も、非難する事も出来ない。今の宇宙の安寧秩序が保たれているのは彼のおかげなのだから。そして今の彼はそのような悪こそが崇高だとする観念を一時の気の迷いだとしている。今の彼は本当に善人、いや善なる宇宙意志である。凌我の殺害はいわば災害のようなものであった。進化生物学において自然淘汰なるものがあるように、自然は生命などを意に介さず、命を奪う事がある。宇宙意志の凌我は言っていたが、生と死に因果などはないらしい。ただ生きて、ただ死ぬのが人間を筆頭とした全ての生命を支配する法則なのだ。
彼の力はともすれば差別意識や迫害意識に加担するものである。実際彼の宇宙意志としての初期の活動はその意味で人間らしかった。彼は不老不死である。そして分裂も可能だ。その分裂は何やら物理的な、生物の無性生殖のような工程を踏むのではなく、一瞬にして分裂する事が出来る。むしろ分身と言った方が適切かも知れない。彼の分身はパラレルワールドを自由自在に行き来出来、またその世界線の凌我が統率的意識を担い、全ての凌我を動かす事が出来る。しかし完全にその統率の支配下にあるかと言えばそうではなく、非常事態以外は全員自由意志を持って行動する事が出来る。したがってその経験や環境の若干の差異から彼らの思想には齟齬が生じる。しかし全員が神のような頂上的なもの、宇宙意志そのものである。もし神々が徒党を組めばどうなるか、その仮説がこの現実では作用している。もっとも全員が万が一に備え、百面相ロールシャッハをつけているので、一見すると彼らは別々の人間である。しかし凌我達は理解している。自分たちは宇宙意志連合なのだと。
彼らの犯罪に業を煮やした警察官は世界随一の探偵Rを呼んだ。Rは世界中のFBIやらCIAやら一般の警察官総出で、凌我の逮捕に向かった。しかし彼らは、そしてRも凌我が犯人だとは思わなかった。既に凌我は表向き30歳となっており、大富豪そのものであった。また彼は29歳以後完全に犯罪を辞めていた。これには世界最高の頭脳も白旗を上げた。図らずも彼は神のような宇宙意志と邂逅していた。どんな天才であれ、宇宙意志には叶わないのである。実際宇宙意志に出来る事は無限にあった。そもそも古代ギリシアのイオニア自然学ではないが万物の根源を宇宙意志の凌我は生成消滅が出来た。科学的には難しい錬金術なんてのも凌我の能力を使えば造作もない、永久機関も、空中浮遊も、テレパシーも、瞬間移動も、タイムリープも、彼にとっては可能だった。いかに科学技術的には不可能であっても彼だけには可能だった。別次元を含めた凌我は凌我同士で集まり、何か問題が起こる次元と相対すればすぐさま会議を行って、可及的速やかに対策を取った。彼は一時期は大悪党であったが、我々の現在の仕事、宇宙の観察者において猛々しい手腕を発揮したりもしたし、絶滅危惧種の繁殖にも成功した、また彼自身は直接的に関与していないにせよ現在の人類の科学技術文明を1000年分進ませたのも実は彼が裏で関わっていたようだ。また、彼の最後の殺人は少年時代の野球監督の撲殺であった。彼の能力故、例のごとく隠蔽工作などは不要だった。
凌我はもう23世紀を生きていた。彼の同級生たちはみな既に死んでいた。また日本の少子高齢化は外国人の流入と、日本人のセックスビジネスによってだいぶ改善されていた。凌我はある日思った。一度女性として生きてみるのも良いかも知れない。凌我は文書そのものの改竄も彼の能力によりお手の物で、どれだけ多数の人間の記憶の改竄もまた同様にお手の物だった。そしてすぐ彼は氷室凌子という名前を作って、人々の記憶や文書を違和感なく改竄し、生活をしだした。佐藤凌我の本名すら彼にはかりそめに過ぎなかったのだ。凌子は身長195㎝の長身美人であった。彼女のような美女は世界を見渡しても誰一人としていない。彼女は自分の能力の偉大さも相まって、毎日有頂天だった。気に食わない連中はすぐに消した。実は彼女は人を消すのにわざわざ殺害の過程を踏む必要はない、最初からいなかったかのように現実を変化させる事が出来る。彼女が男性時代に敢えて、殺害を試みたのは単に殺人をしてみたかったからだ。これは彼女の男時代のおぞましい猟奇趣味の一片である。
彼女は男時代から女顔だったので、女性になってもやはりその面影はあった。凌子はとこからよくモテた。凌子は良く自分がモデルの女性が輪姦されるアートが多くの人から嗜好されているのを知っていた。凌子はその並外れた美貌から同性からの反感を買っていた。彼女にはすべてが揃っていた。男時代のIQ1000もスムーズに引き継ぐことが出来ている。しかし凌子は人類文明に寄与したりする事には寸毫も興味を見せなかった。彼女はアートに生きる女だった。そんな彼女を見て周囲の野郎どもは彼女の事を高嶺の花だと思わざるを得なかった。彼女は天才らしく孤高であった。男時代も孤高であった。23世紀には男女平等が完全に実現されていたので女性の社会進出もしやすくなっていた。彼女は若く見えるとは言え、200年以上を生きてきている強者である。したがって語り口調も老成しているが、それも個性として世間では受け入れられている。また凌子は195㎝の長身と美貌的稀少さからモデルの仕事もしていた。男時代には縁のなかった仕事だ。
凌子はすでに処女ではなかった。彼女は長身で筋骨隆々のハンサムな青年に破瓜をさせていた。彼女は女になってから自分が衆人環視の中で凌辱されたりする妄想をしていた。男にめちゃくちゃにされたいと思うようになっていた。しかし男なら誰でも良かった訳ではなく、長身で魅力のある筋肉質な男にめちゃくちゃにされたかった。女になった事で凌子の性的思考はさらに歪曲し、また情緒的な意味でも一段と濃度が増したように感じた。彼女は生理も経験している。また、彼女は実は妊娠や出産も可能である。
彼女は自宅でピンクフロイドのエコーズを聴いていた。女はよく訳もなく感傷的な気分になる、そんな時にこのエコーズは私の心を満たしてくれる、これは普段から凌子が思っている事である。プログレッシブロックの中ではやはり凌子はピンクフロイドを一番愛好していた。これは男時代の残滓である。凌子は男時代、よくブラックサバス、ビートルズ、ピンクフロイドを聴いていたのだ。緩慢かつ壮大な曲調に彼女は身を任せる。その気になればピンクフロイドを超える未曽有の曲やエコーズを超える未曽有の楽曲も彼女には作る事が出来た。しかし音楽について、彼女は鑑賞者という立場を甘受していた。エコーズを聴いているとまるで悠久の生物の真価を間近で見ているような気分になる。崇高な、神秘的な何かを想起させてくれる芸術作品は、紛れもなく一流のものである。少なくとも凌子はそう考えていた。
凌子は並外れた長身であったが、体つきは誰よりも女性らしかった。グラマラスな美女であった。豊満なバストやくびれ、そして白桃のようなヒップはありとあらゆる男どもの妄想の種であった。凌子、凌子、彼女の豪勢な邸宅からもそう彼女を呼ぶ声が聞こえる。また誰かが私でマスターベーションをしているのかしら、と凌子は思った。最初の内は幻聴かと思ったが、どうやら違うらしい。彼女は男時代に宇宙意志となった事で持病の統合失調症が完治したのでそれ以後は幻聴や被害妄想などの影におびえることも、苛まれる事もなくなったのである。最初の内は私なんかが、男に人気なのだと思い、束の間の高揚感を抱いたりしていたが、最近は倦怠期の夫婦のように慣れてしまい、のみならずその人気そのものが汚らわしく感じるようになってきた。そもそも日本の男どもはほとんど195㎝の自分より小さかった。凌子は小動物を好きになるタイプの女ではない。むしろ彼女は男時代そうであったように長身の人間のみを恋愛対象に据え置いていたのだ。これは彼女の屈折したエディプスコンプレックスだった。彼女は男時代、闊達に自分の中で理想の母親像を作っていた。母真弓は美人ではあったが小柄だったので何かが足りないと彼は感じていた。そこで恣意的に母親のイメージを創造するようになったのだ。そして彼は氷室凌子となったことで、それが女の場合に自動的に変換されているのである。
彼女はある日公園で黄昏ていた。既に宇宙の覇者である彼女は働く必要がない。世間は彼女の事を高等遊民の女神などと吹聴しているが、そもそも紙幣や貨幣などすぐに生み出す事が出来る。男時代は攻撃性や野生が旺盛であったからわざわざ殺人などの犯罪をして金銭をゲットしていたが、凌子はそう言った野蛮な事にはほとほと呆れていた。我々はこれ以後便宜上、彼女の視点で追ってみる。
「お姉さん、何してるの?」何やら金髪の男が私に話しかけてきた。「ちょっとかっこつけてるのよ」私は面白そうに微笑を浮かべて彼に言った。彼は赤面した。「どっかお茶行かない?」なるほど、女目線でのナンパだとこういう感じなのか、と私は思った。「いいわよ、ちょうど暇してたし。私のお気に入りの喫茶店近くにあるのよ、ついてらっしゃい」私はサキュバスのような蠱惑的な一挙手一投足をしていた。これは多分無意識的にやっていた。私たちは少し歩いた。まるで男の方は私の家来のようにへこへこしていた。そして喫茶店に着いた。席に着くと彼は口を遠慮なく開いた。「あんた、凌子だろ?なんでも400年生きてる魔女だとか」私は冷や汗が出た。400年ではないものの、常軌を逸した時間を私は生きてきた。私は不老不死である。そして百面相ロールシャッハも女性になってから着用していない。私は自分の迂闊さに愕然とした。しかしまあ別に私の本性が一般に知られても問題はなかった。私は宇宙の支配者であり、事実も改竄できる。例えば私はニュートンの業績をモルトンの業績に変えた。ニュートンはこの世に存在しないようにいじくりまわしたのではなく、単に着想のタイミングをずらしたのである。しかし生命の存亡の改竄も出来る為、これは宇宙の覇者である私の恣意によって変化するものなのだ。「そうよ、どこで知ったのか知らないけど」私は男の先ほどの発言に注意喚起し、そう答えた。「やっぱり。だってあんたの美貌150年以上前から知られてるし」しかし400年というのは大誤算であった。私はその噂を流した人々の考察能力にいささかの不安を感じた。人類よ、こんなんで大丈夫なのか?
「何だか、日本社会でも長身美人があんたのおかげで持て囃されるようになってきたぜ。かくいう俺も長身美人好きなんだけどさ。まあ数世紀前の日本人のロリコンぶりには戦慄してしまうね。小柄な女性や中背の女性といても子供といるみたいで落ち着かねえや。恋人には向かねえわな」私は満足だった。長身の女こそ、正義なのよ。僕は日本社会における長身女性の不遇を回顧して、そして自分の男時代を内省してそう思った。
私は赤川凌我なる人物のブログのファンであった。この凌我は私好みの長身である。この男は彼の事を知っているだろうか。探りを入れてみる。「赤川凌我のDazed And Confusedって動画、面白いわよ。彼には独特の哲学や人生の軸となる信条があるみたい」彼はかぶりをふった。「いいや、知らないな。でもあんたのような女神が面白いと言うんだ。面白いに違いねえや」私は群集心理の発露を見ているようであった。人との会話はこれだから辞められない。話すたびに気づきがある、話すたびに何かを得られるのは人間との会話の醍醐味ね、と私は思った。
「あんたを見ると妄想が捗るって、男たちの間で人気だぜ。もっとも妄想の中でもそれらの大部分は猥想に違いないが」「いいじゃない。妄想は大事よ。創作なんかでも妄想がきっかけで傑作が出来たりするもの。確かに下らない産業廃棄物みたいな妄想も世間では跋扈してるけど、そういう妄想を最大限に言語を使って表現するのが小説家だと私は思うわ」私は男時代、小説家活動をしていたため、その頃からの持論を彼に言いたくなったのである。「おどろいた、世界一の女王様は芸術評論も出来るのか」彼は新種の化石を発掘した子供のような澄んだ瞳を私に向けた。もっとも私は新種の化石を発掘した子供など見たことはないが、これは単に思弁的、形而上的な比喩表現の一環である。「アベックかい?お二人さん。この絶世の美女にお前のような軽薄そうな男は似合わねえと思うが」何やらヤンキーチックな男が絡んできた。私は否定した。「いいえ、私たちはただの友達よ」話していた彼をふと一瞥すると悲劇と喜劇が入り混じった顔をしていた。そういう顔を見ると私は創作意欲をかきたてられる。「だよなー。こんな男、あんたのようないい女とは釣り合わないもん」そして紆余曲折あって私たちは分かれた。私は今日たくさん話した彼に「今日は楽しかったわ。ありがとう」と言った。その直後彼は私に告白してきた。「悪いけど、あなた私のタイプじゃないの。ごめんなさいね」彼は分かり切っていたオチに笑いながら去って行った。一応私たちはラインの交換もした。
ある晴れた秋の朝。私はAC/DCの騒々しいハードロックを聴きたくなったので音楽プレイヤーでAC/DCを聴くことにした。私はブライアンジョンソンよりボンスコット派かなー。まあそれぞれ良さがあるよね、皆違って皆良い。
宇宙意志のメカニズムを過不足なく他者に説明する事は難渋である。鏡花水月と言っても良い。次元の低い人間の脳では理解できないか、冗談だと思い、私の言葉を信じない。私は違う世界線から来た、男版の私、凌我10人分と私7人分と出会った。彼らは百面相ロールシャッハをつけていた。確かに同じ顔が何人もいたら気味が悪い。彼らはそれを慮ったのだろう。どうやら邪悪な宇宙意志が怨念と共に復活しつつあると私は彼らから聞いた。私たちは地球より遥かに高次元の筆舌に尽くしがたい場所へと入った。邪悪な宇宙意志の集合体は宇宙の生命体全てを絶滅させようとしていた。彼らは合体して巨大な色彩の塊となっていた。そして私たちは「We`ll Give You A Crazy Performance.(いかれたパフォーマンスをしてやる)」」と言った。そして私たちは全員で合体した。私たちは合体し、敵とは違った色彩の塊に変わった。そしてこのゾロアスター教の物語のような闘いが始まった。
我々は彼らの闘争を見ていた。我々はたかが下等生物の人間の神話のような事が起こっている事を知って、それ以降人間に対し畏敬の念を惹起された。今では我々は人間と友好関係にある異星人だ。考えてみれば凌我や凌子も元々は資質があったにせよ人間である。しかし突然変異の如く奇跡が起こり、宇宙意志と彼らの魂が入れ替わった。そして彼らは宇宙の覇者になったのだ。彼らの宇宙の覇者としての行動はなんだかちゃっちい感じがするがしかし我々だって同じ状況に陥れば同じことをするだろう。我々の今いる宇宙は凌我達善の宇宙意志の勝利によって成立している。今も彼らは一人の人間の姿を取って生きている事だろう。我々の語りもこのあたりにしよう。これはノンフィクションの話だ。この話で宇宙を捉えればその流れに辻褄が合う。我々が話したのは、前代未聞の神的存在の話だ。
冷えたウイスキーのある柔らかい構造 赤川凌我 @ryogam85
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