第5話

 うーん……。


「おやご存じない? なんかですね、彼女を時間単位でレンタルできるサービスらしいんです。そのまんま過ぎる名前ですよね、ふふ」


 確かに……。


「それでですね、ピピっと閃いたんです! お兄ちゃんには、レンタル彼女ならぬ、”レンタル妹”がうってつけじゃないのかなと!」


 お、おう……。


「レンカノならぬレンイモ……いや、レンシス? とにかくレンシスこそが、日々に疲れ切ったお兄ちゃんの癒しとなるのではないでしょうか?」


 レンシス……そんなのあったんだ。


「あー、ちなみに今思いついただけなので、実際にそーいうサービスがあるかは知りませんけど」


 じゃあどうやってレンタルすれば……。


「心配ご無用です、この私がサービスを提供するのです! レンシスの!」


 新規ビジネス立ち上げ!?


「ん? いえいえ、そんな、お店をやるとかじゃありませんよ!? もちろん、お兄ちゃん専用です」


 そうなのか。でも……


「でも……お高いんでしょう? んー、待ってましたよそのセリフ! わかってますねえお兄ちゃん! そうですねえ、レンカノと同じくらいですから、そこそこのお値段にはなりますが……」


 だよねえ。


「ですが! 今ならなんと! 初回キャンペーン実施中です!!」


 おっ?


「1か月使い放題プランが1年間無料なのです!」


 おいおいおい。


「安過ぎないか? ふっふー、これが経営努力というものですよ、お兄ちゃん! もちろん、途中解約の場合も違約金等は発生しませんのでご心配なく!」


 安心のプラン設計だ。


「ただ、途中解約の場合はですね、その……妹以外のプランに乗り換えを推奨というかですね……」


 うん?


「……たとえば、そ、その、か……彼女にしたくなったりした時とか……うんと……あ、いや! なんでもない! なんでもないよ!? えへへ、あははははははは!!」


 よく聞こえなかったけど、まあ大丈夫だろう。それより……


「ん? レンシスって何するの、って? うーん、そうだねえ、何するんだろう?」


 そこはノープランなのか。


「まあそのあたりは、レンカノと一緒でいいんじゃないかなー? だから、その、えっとね、二人でその、デートとか……あ」


 頑なに動こうとしなかった目の前の遮断バーが上がっていく。


「開きましたね……踏切」


 感情を感じさせない声でそう呟き、歩き始めた。


「あ、私、こっちなんで」


 少し進んだ先の十字路で、左を指差して告げた。


「じゃ、またね、お兄ちゃん。お店で見かけたら、声かけますね」


 軽く微笑んで、そのまま立ち去っていった。




「……はぁ、何やってんだろ、私。連絡先も聞けてないし」


「……いや、私は悪くない、がんばった! 踏切が悪いんだから、踏切が! もうちょっと空気を読んでほしいよねー」


「……ずっと、開かなければよかったのにな」


「でも……ひょっとしたら、脈ナシ、ってヤツなのかなあ。気が合ったら、連絡先くらい聞いてきそうなもんじゃない? 知らないけどさ」


「あーあ、結構がんばったのになー、私。これ以上がんばるってさ……もう何していいかわかんないんだけど」


「それに、お兄ちゃんもお兄ちゃんだよ。あんなあっさり“はいサヨウナラ”って。私に興味ゼロ!?」


「あはは、さっさとエスケープしちゃったのは私のほうか……自分で試合終了しちゃった、と」


「終わり、かあ……終わりじゃなくて、まだロスタイムだったらいいのにな。私の落としたガラスの靴を、拾って追いかけてきてくれるとかさ」


「そりゃ、落としてもない靴は拾いようがないけどさ。落っことしちゃった私のハートは、埋めにきてくれてもいいんじゃない、王子様なら?」


「なーんて。そんな奇跡、起きっこないよね。でもさ、私、結構好きなんだけどね、そういうご都合主義なハッピーエンド」


 自転車を止める。ブレーキ音が響く。


「……う、そ」


 振り返ったその顔は、ひどく驚きに満ちていた。


「……お、お兄ちゃん。さ、さっきぶりだねー。何かご用? 忘れ物?」


 忘れ物……確かに、大事なことを忘れていた。


「え? 名前? 誰の? 私? ……あああああ!!」


 どうやら気づいたらしい。


「あ、あはははー、そういえば……だね。名前も言ってなかったかー、私……クリティカルに迂闊だったね……」


 恥ずかしそうに目を逸らす。


「でもでもー、わざわざ追いかけてきてくれるなんて、そんなに気になったのかなー、なーんて、あはは……」


 それはもちろん……


「大事なことだから? ん、そっか……ありがと、ね、お兄ちゃん」


 照れくさそうに微笑む。


「コホン……それでは。せっかくなんで名前だけでも覚えて帰ってくださいねー。私の名前はですね……」

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恋愛クソザコJKが挑む、踏切前の20分1本勝負 六木女ツ由 @tsuyu_m

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