第三話 奪還へ

 朝早くに早雲さんに起こされ、半分眠っているような感覚で着替えや歯磨きを済ませ、言われるがまま外に出るとそこには昨日も見た覚えのある怖いおじさんと、同じく凄く眠そうに目をこすっている刃菜子先輩、あくびをかく流氷さんが居た。

「遅いぞ!青池!」

 朝っぱらから大きな声で怒鳴られるのは、勘弁してほしい、普通に考えて昨日まで昏睡状態で生活習慣もクソもない人間を、こんな朝早くに起きろという方が悪い。

 そう頭の中で悪態をついていると、アタッシュケースよりも大きな箱が二つと中に組み立て前の家具でも入っているんじゃないだろうかと思える位大きな箱が目の前に置かれる。

「これは、お前たちの武器だ、使い方はわかっているな?」

 そりゃ一度使っているのでわかってはいるが、何せ使った後に気絶してしまっているのでよく分からない所の説明を求める。

「すいません、服装とかと同じで武器も天成と同時についてくる訳ではないんですか?」

「天成後服装の変化はもとに戻ったが、武器だけはどういう訳かそこに残り続けたそうだ」

怖いおじさんは、そんな事も知らないのかと、呆れたという顔をして答える。

 さいですか、野暮な質問して申し訳ありませんねという気持ちは心の中に留めて置き、これから話される本題に耳を傾ける。

「えー、今回の作戦は昨日も伝えたように宗谷地方奪還作戦である、亀裂の情報は稚内市にあったという事だけ、敵もどのような敵が居るというのかも不明である、そして昨日会議後新たに決定した事項を伝える、敵の呼称についてはレイダーで統一することとする。以上だ、準備でき次第車に乗れ」

 碌な情報は無し、決まったのは敵の名前だけ、しかもレイダー。侵略者、襲撃者なんて安直な名前をわざわざ会議をして決めたのだろうか?そう思うと守護省にもかわいい所があるじゃないかという余裕もできてくる。

 箱から自分の二刀を取り出し左右に装着して車に乗り込もうとするが、刃菜子先輩が来ないので様子を見に行ってみると箱から自分の武器を取り出せずに居た。それもそのはずだ、彼女の武器は自分の身長以上ありそうな大剣、天成時の肉体強化されている状況ならいざ知らず普通の女の子には持てるはずもない。

「手伝いますよ、刃菜子先輩」

「おぉお、頼む青池ぇ」

 力を入れ持ち上げようとしたが持ち上げたところでどう装着するのだろうか?腰につけられるわけでもないし背中に着けても大剣の方がデカい始末だ。

「刃菜子先輩、これを装着するのは諦めましょう、荷台に積んで天成後取るって感じで」

「そうか…やっぱりそうだよなぁ…」

 そう決まれば先に弓の装着を終えた、流氷さんにも事情説明をし、荷台に積む。彼女が小声で「なんで私がこんなに重いものを…」という愚痴が聞こえた気がしたが、どれだけ愚痴ろうが、この組み立て式家具のような大剣が重い事に変わりはないので、黙って手伝ってもらう。

 荷台に大剣を積み込み、自衛隊が使っていたであろう車の後部に乗る。俺たちは運転手に座席に着いた事を伝え車が発進する。ここから宗谷地方辺りにつくのは3時間程度だろうか?と考えその間に陣形などの戦術面をどうするか決める事にした。

「基本は3人纏まって行動でいいと思うんだけど、戦闘時はどうする?」

「なんでアナタが仕切っているのかしら?」

「リーダーなら私がやりたーい」

 全く話が進まない、どうしたものかと考える。

「じゃあここはじゃんけんでリーダーを決めますか」

 我ながら碌でもない解決案しかでないものだ、早雲さんが居ればもう少し適任を探す事だってできたかもしれないが、生憎あいにく俺はそこまで頭の出来も良くないし、人の事を見ていない。

「じゃんけんってアナタねぇ」

「いいじゃん、じゃんけん!初めに言っておく、私はパーを出す」

「はぁ、もういいわ…」

 本当にこれで決めるつもりはなかったが、二人が納得してくれたので早速じゃんけんをする、刃菜子先輩が手を丸めて何かを見ようとしているが、何が見えるのだろうか?息を合わせて「「「じゃんけん、ぽん」」」とリズムよく自分の手をだす、結果はグーが一名パーが二名で刃菜子先輩の一人負けだった。

「なぜだぁー」

 頭を抱え、うな垂れている刃菜子先輩を後目に流氷さんともう一度じゃんけんをする、結果は流氷さんの勝ちだった。

「負けちゃったー」

「ふっ、当然の勝利ね」

 勝利の余韻なのか、悦に浸っている流氷さんに、俺が改めて本題を聞きなおす。

「それで?通常は三人固まっていていいと思うんだけどそこはどうなの?流氷さん」

「まぁそれは安全の為にもそのままがいいでしょう」

「じゃあ接敵時は?」

「私の装備が弓だから後方に陣取るのは確定として、問題はアナタと車石先輩をどうするか、よね?」

「まぁそういう事だね」

 どちらも装備は剣、俺は二刀+バーニアで手数勝負ができる、対して刃菜子先輩は、明らかなパワータイプ、さてどうしたものかと二人で考えていると、さっきまでうな垂れていた刃菜子先輩が会話に加わってくる。

「私だったらこの剣を、デカくできるからそこまで敵に接敵する必要はないぞ?」

「え?あの剣ってそんな特殊な力あるんですか?俺の刀なんてなんにもないのに」

「アナタだって天成したら背中と腰にロケットみたいなのついているじゃない、資料にそう書いてあったわよ」

「あれって固有なんだ、皆同じものが付いているのかと思ってた」

 そうなると流氷さんは天成時、何ができるのだろうと気になり始める、矢を巨大化させる事できるとか、矢を火矢に返れるとかだろうか?

「流氷さんはなんか武器とか装備品付くの?」

「私はそのぉー」

 少し目を逸らして言おうとしない、まさかそういう固有の能力が付いてないから恥ずかしいのだろうか?何かあるに越した事は無いが、俺の様に固有の能力に頼ってガス欠を起こすのもダメなのだし、無いのは無いで個性ではあるのだろうとは思うが…。

「弓のやつはあれだろ?あの自分の弓を棒にするやつ」

 ん?弓を棒にする?どういう事だろうか。

「棒じゃないわ、あれには一応刃が付いていて、小さい薙刀のように扱える…はず…」

 言葉が最後に近づくにつれ、どんどんと声が小さくなっていく。

「弓が薙刀に変わるだけなの?」

「だけって言わないでよ、あー…だから言いたくなかったのに」

 彼女は自分の天成時に扱える能力が、微妙である事を気にしているようだ。ただその薙刀がどれ程の物なのかはわからないが、遠近両用できる武器と言うのはそれだけで強いのではなかろうか?

「そんな事は置いておいて前衛がアナタ、遊撃が車石先輩、後衛が私でいいのね」

「異議なーし!」

「それでいいと思うよ、それで逃げる時は、刃菜子先輩を筆頭にして、俺が殿を務めるよ、移動に富んだ能力だしね」

 流氷さんを敢えて見つめながら、彼女に案を出す。別に彼女に恨みがある訳では無いのだが、少しの優越感を得る為に敢えてこうする。

「ぐぎぎ、まぁいいわ」

 大体のフォーメーションが決まり、朝早雲さんから受けとった朝食を食べ到着までの間、各々自由に過ごし始める中、俺は朝寝足りない分を今、寝る事で解消することに決めた、皆に聞きたい事もあったのだが、体が限界だった。


 夢を見る、いつかのあの日の夢を見る。少年が虐められている、虐めといっても対した事ではない、あれはただの嫌がらせの範疇はんちゅうだろう、クラスの中に学年の中に学校の中に一人、そうたった一人…、家族を知らぬ子供が居た、ただそれだけの話。

 こいつは珍しいと、当たり前に持っているはずのものを持つ事の無い少年が居る、ならばそいつに当たり前の事を使ってからかってやろうと、ただのそういう話だった。

 しかしそんな少年が転機を迎える、今まで自分だけが持っていない家族を持てるチャンスが訪れたのだ、少年はその話を喜んで受けた、ようやく自分にも家族が持てると、皆が持っていて当たり前な家族を持てたのだ。

 その家族はとても優しかったし、なにより楽しかった、父と母が居て二つ上の姉が居る。しかしなぜだろう?皆が持っているものを自分も持てたのに、虐めはより陰湿いんしつなものに変わった。両親の手には絶対届かないように、姉の目には映らないように、それが中学一年生の事。

 姉が卒業し少年が二年生になった時、虐めは陰湿から悪意に変わった、少年はなぜだかわからない、何故なのだろうかと、皆が持っていたものを手に入れただけなのに、だから少年は隠し続けた、家族に心配をかけるのが怖かったから、バレて自分の所為で家族に迷惑をかけたくなかったから、三年生になった時に初めて、家族を持った後もなお、虐められる理由を知った。自分で気づけたからではない、姉が気づかせてくれた。そして姉が助けてくれた、決して仲の良い姉弟きょうだいではなく普通姉弟だった、それなのに姉は少年を暗い、暗い水の中から助けてくれた。少年に向け姉はずっと謝り続けていた、涙を流していた、それを見て少年は……。

それ以降少年に危害が加わる事は無くなる。そして少年は一人になりたいと言った、両親も、姉も反対の意思を示さず理解してくれていた。そんな家族に恵まれた少年の夢をみた。

「……ろ!……きろ!起きろ!」

「うわあああっ!びっくりしたああああ!」

 想像以上に大きい刃菜子先輩の大声で起こされ、思わずこちらも大声を出してしまう。

「もう少しで着くわよ、いつまで寝てる気?」

「ごめんごめん、すぐ準備する。そういえば聞きたい事があったんだ、敵、レイダーについて」

「レイダーについて?情報はないって言っていなかったか?」

「いや最初に戦ったレイダーについて」

 レイダーと呼ばれることになった敵、俺はタコとカニと戦ったがそのほかの皆は何と戦ったのかはわからない、ここで絶対に情報共有して置いた方がいいと思い、自分が戦った敵の特徴を話していく。

「両者撃破後に爆発するっていう特徴を、持っていたんだけどそっちはどうだったの?」

「私が戦ったのはカニだけだな、でも爆発なんてしなかったぞ?」

「私も恐らくアナタがカニと言っている不快極まりないモノと戦ったわ、私の方は爆発するのも居たし爆発しないのも居たはず」

 爆発するかしないかはランダムなのか?それとも統一性があるのか、それさえわかれば対処がだいぶ楽になる、頭を必死に働かせ俺の所に居たカニについてを思い出す、そこで一つの疑問が浮かぶ、敵の全てがそうであったからその時は違和感を抱く事が無かったが、特徴的な物が一つ付いていたのを思い出す。

「刃菜子先輩、先輩が倒したカニに土星ついてました?」

「土星がなんだって?」

「あの惑星の周りに大きな円があるやつですよ」

「ついてたようなついてなかったような…うーん」

 悩みこんでしまう刃菜子先輩。こうなれば最後の砦、流氷さんへと視界を向けると彼女がハッと気づいたような顔をして話し出す。

「そういえば…ついているのとついていないのがいた気がするわ、触れたら危ないと言う訳でも攻撃に利用するわけでもないみたいだったから、気にも留めなかったけど」

 俺の所は全て土星が付いていて全員が爆発した、刃菜子先輩の所はわからないが爆発はしていない、そして流氷さんが戦った敵は爆発をするモノとしないモノの2種類がいて土星が付いているモノ二体が居た、この予想が当たっているのならば、相当戦いやすくなるはずだ。

「じゃあ宗谷地方に入ったら確認してみよう、亀裂が開いているなら外にもいるだろうし」

「よくわからないがわかった!」

 うん、刃菜子先輩は元気が良くてよろしい!

 外と結界の狭間に着く、ここから先どうなっているかはわからない、もしかしたら平然と人が生きているかもしれないし、又は逆かもしれない。

「「「天成」」」

 3人同時に声をだし変身を始める。目を閉じ集中しろ、誰の犠牲もださない、奪還作戦は遂行する、生き残りが居れば最優先で助ける。よし、覚悟は決まった。

 目を開けると、自分以外の二人も戦闘服に変わっていた。最初に抱いた感想は、二人ともよく似あっているなという感想だった。刃菜子先輩は鮮やかな黄色の衣装で、流氷さんは光をも通さぬ漆黒の衣装を身に纏っている。俺も前回よりも和服としての一面がでている姿に変わっていた、そして何より嬉しいのは前回よりも動きやすいように改善されていることだった。

「自分が和服っぽい時点で少し察してはいたけど、皆もどっちかというと和服よりな衣装なんだね」

「そうね、日本だから和装ってことかしら?別に日本人だからといって和服を着る機会なんて滅多にないというのに」

「そうか?私は結構好きだぞ?この服祭りっぽいし」

 確かに刃菜子先輩の服装は夏祭りを思い出す法被のような衣装であった。「それ着ていると、より祭りを全力で楽しもうとする子供に見えますね」なんて口にださないように気を付ける。

「逆に流氷さんはなんだろう、弓もそうだけど喪服?って思うぐらい黒いね」

「喪服で悪かったわね」

 プイっと顔を逸らし先に進んでいってしまう。

「おいおい、青池ぇオトメ心ってやつがわかってないんじゃないかぁー?」

「ハイハイ、刃菜子先輩はよく似合ってますよー、可愛い可愛い」

 子供みたいでとは言わないでおくが、満面の笑みでからかってきたので、テキトーに流し流氷さんの後を追う

「か、可愛いって………」

「先輩置いていきますよー」

「ああもう…わかってるよー」

 刃菜子先輩の武器を取り出し、息を整えてから結界の外へとでる。

 ここに入るまでの間、実は生存者が少しでも残っているんじゃないか?とそう思っていたのだ。しかしその考えは一瞬でなくなる、ここら一帯は、まだ山中であるのにも関わらず鳥一匹の鳴き声一つせず、必死に逃げようとした結果かそれとも結界が阻んだのか、大量の車が玉突き事故を起こしており外には、全てを諦めたのかそれとも逃げ遅れたのかは、わからないが手を繋いだまま亡くなっている親子の姿もあった。

「酷いなこれ」

 刃菜子先輩が言う、それしか言葉に出せない位のやるせなさと、レイダーに対する怒りが心に宿る。なぜ敵はこのような惨状を作りだせるのだろうか?何か目的があるのかそれとも、本当にただただ地球という星から、生物を消滅させたいだけなのだろうか?早雲さんが言っていた事を思いだす、地球全体が悪意に囲まれていると、確かにこの惨状だけを見れば彼女の言っていた事は一言一句違わず真実で、この光景には悪意以外の何も感じない。

「流氷さんはどう?なにか…」

 彼女はこの惨状を見て嘔吐してしまっていた。

 刃菜子先輩とアイコンタクトを取り、片付けられる任務を片付ける事にし、彼女が落ち着くまで待つことにした。任務と言っても難しいものはない、携帯の電波や無線などでの結界内部との交信ができるか確認をするだけ、予想通りというべきかスマホは圏外、無線も応答なしと結果はかんばしくはなかった。

 そして疑問に思った事を一つ確認する、それは結界内に戻れるのかという疑問、戻れなくてはここに来たのは完全な無駄骨になる。一度天成を解いて結界へ戻ろうとするが、それを阻むかのように結界内には戻れない。

「青池?」

 天成を解かずに戻ろうとした、刃菜子先輩は普通に戻れているなのに自分だけが戻れなかった。

「天成」

 もう一度唱えると、結界など無いかの様にするり抜ける事ができる、そういう事か…、つまりはこの惨状作り出したのは、忌々しい敵だけでは無かったという訳だ、この守ってくれている結界は外部からの侵入を完全に防いだという訳だ。

「青池、今のって…」

「そういう事みたいだね…、この惨状は…」

 一通りのできることをやり終わった時、落ち着いたのか流氷さんがゆっくりとこちらに歩いてきた。

「ごめんなさい、取り乱してしまって」

「なーに、気にすんなよ、得意なもの苦手なものは誰にでもあるもんさ、私も本当は喚きたいけどセンパイ!だしな」

 刃菜子先輩の言う通り普通、人の亡骸を見てしまって冷静でいれる方が異常だ、俺と刃菜子先輩も嘔吐はしなくても頭に沸く感情は一緒であろう。

「それじゃあ行きますか」

 山を越え、景色が変わらない道を進み続け、途中町があった場所があり生き残りを探すが、どこもあるのは半壊した家屋と逃げようとした人達の亡骸のみであった。ただ唯一救いなのは敵と接敵、というより敵の姿がどこにも見えない事。暫く移動したのち稚内が一望できる場所に辿りつき、俺たちは絶句する。

「なんだ?…これ?」

 刃菜子先輩が口に出す。そう口に出すのも無理もない、稚内の建物中が崩れ落ちていようが、無残にも大量の人が亡くなっていようが、それならば他の町も同じであった。だがそこには、稚内という街があったなど信じられなくなる程の光景が、目の前に広がる。それまで通ってきた町にはいくら破壊された形跡はあれどここに人が居たという事は信じられたし、実際に形跡は残っていた、しかしここにはそれがない。人工物があったであろう場所にはまるで砂漠のように砂に覆われ、しかし不思議な事に木々は残っていた、まるで人間が作り上げた物のみを搾取するように…。この景色を見て、到底ここに2週間前まで人が住んでいた、なんて思えるはずのない光景がそこには広がる。

「それより亀裂はどこなの?」

 流氷さんが疑問を抱く、確かに稚内で亀裂を確認されたと言われたが、亀裂らしきものも、そもそも敵の姿すら、全くと言っていいほど見ていない。

「わからない、でもここからは慎重に進んでいこう、いつ敵が出てきてもいいように」

「わかったわ、私は後ろを警戒しつつ進んでいく、アナタは前、車石先輩は私の警護をよろしくお願いします」

「了解」「りょーかい」

 砂となった街中を進んでいく、しかしどこに行けども、行けども敵の姿は見えてこない、そして不可解な事に人の亡骸も見つからないので、一度休憩を取る事にした。

「すまん、ちょっと休憩させてくれ。色々ありすぎて、頭がパンクしそうだぁー、横になるー」

「わかりました、俺と流氷さんで回りの警戒はしておくので、ゆっくり休んでください」

 そう言い持ち物にあった寝袋を広げ横になり、少しの時間が経てば寝息が聞こえてきた。

「寝るの、早いなー」

 まぁここにきてから、それほど緊張状態を維持して集中をし続けてきていたのだろう、かく言う俺もだいぶ精神的に参っている。

「さっきは迷惑をかけたわね、ごめんなさい」

 急に流氷さんが謝ってくるのでびっくりする。

「いきなりどうしたのさ?」

「いえ、私が嘔吐して動けない間に車石先輩とアナタで必要な事をやってくれたでしょ?」

 なんだそんな事か、逆に人の死体を見て普通にぴんぴんしている方が不安になる、どちらかと言えば正常なのが流氷さんで、恐らく俺と刃菜子先輩は天成した時か、それとも天成前なのかはわからないが、どこかに頭のネジを落としているのだろう。

「流氷さんも弱い所を持った人間なんだって知れてよかったよ」

「そう…かしらね…」

 どんどんしおらしくなっていく彼女を見てふと一言いいたくなる。

「いつもそんな感じで素直になればいいのに、流氷さんは」

「なによ?私はいつもと変わらないじゃない」

 無自覚なのか?あのキツイ態度は、百人に今の彼女と昨日の彼女を比べて同一人物かと聞いたら、違う人と答えるだろうに。

「少なくても今の流氷さんと昨日までの流氷さんじゃ、だいぶ印象が違うよ…」

「そう…」

 会話が途切れる。丁度喉も乾いたしお茶でも飲もうかとコップを流氷さんに見せると彼女は無言で頷く。

「私はね、両親と弟が居るの、さっき親子の死体を見てふと頭によぎってしまったわ、今こうしている間にも地元が敵に襲われて家族が死んでしまう、それを考えてしまったら気が気でいられなくなってしまったわ」

「それは、しょうがないよ、自分のせいで自分の大切な人を傷つけてしまうなんて、俺も考えたくないし」

 頭がズキンと痛む。

「ああしていればよかったのに、こうじゃなければよかったのに、なーんてずっと考えてたら頭がどうにかなっちゃう」

 また頭がズキンと痛む。

「そうね…私には家族という誰にも譲れないものがある、今家族が危ないって聞かされたらアナタ達を置いていてでも家族の元に向かう、そう思う事にするわ」

「そうそう、その調子その調子。その位割り切ってそれ以外は知ったこっちゃぁないって思っていればいいよ」

 ズキンズキンと自分に嘘を吐き続ける自分への罰か頭が痛みだす。

「そういえばアナタ憧れている人がいるって言っていたけど、誰なの?ガンジーとか?マザーテレサとか?そういう歴史的偉人?」

 余り聞かれたくない質問をされた。でもせっかく彼女が自分の弱さを見せてくれたんだからこちらもそれ相応の対応をしないと失礼か。でも言いたくないなぁー」

「何?そんなに恥ずかしい事?憧れの人の話なんて笑わないから言ってみなさいよ」

 気づかず口に出していたらしく彼女はより一層興味を持ったような気がする。

「笑わないでね」

「ええ、笑わないわ」

 本当だろうか?すでに目が笑っている気がする。まぁ対して隠す話でもないし別に話してもいいことか、それに誰かに話した方が気も楽になるとも言う事だしな。

「俺の憧れの人は早雲さんなんだよ」

「へぇーそれで?」

 理由も言わないといけないのか、余り気分のいい話ではないしだいぶ噛み砕いて話そう。

「えーっと、早雲さんとはね、実は家族でその時に虐められていたんだけど、その時身をていして庇ってくれたの、その時にね『貴方の悩みは私の悩み、貴方の痛みは私の痛み、だから貴方の事は私が守ります』って言ってくれたの、そんな事言われたら憧れるしかないじゃない?いくら家族といっても血もつながっている訳でもない、それまで仲もすごい良かった訳でもない俺の事をそこまで思ってくれる人がいるんだって、その時に自分はこうなりたいって思ったんだよ。誰にでも優しくて困っている人には手を差し伸べる姿もずっと見て来たしね、それが理由」

 本当の事も話しつつ、言いたくない事は言わないように話しきる、すると彼女は凄い頭を抱えていた。

「ごめんね、なんか変に拗らせた話しをしちゃって」

「えーっと、ちょっと整理させて」

 と言って彼女は暫く黙りこむ、そんな不自然だっただろうか?虐められっ子がただただ救われて、その救ってくれた本人に心酔する等というありきたりな話だと思うんだが。

「二つだけ質問させてちょうだい」

「いいけど…」

 何だろうと身構える。もう少し詳しくと言われても話すつもりはないが。

「早雲先輩とアナタが家族ってどういう事、血が繋がってないってどういう事?再婚相手の連れ子的な話なのかしら?」

 あぁーそういう事か、噛み砕きすぎてそもそもの大前提の話をしていない事を、俺は気づいてなかった。

「俺はね、所謂いわゆる孤児で小学生の時に早雲さんの所で引き取って貰ったんだよ、今苗字が違うのは高校生になったら独り立ちしたいって話して、認めてもらったからなんだけど」

 といっても学費、生活費を出すといって聞かなかったが。

「それは…ごめんなさい…少し込み入った事を聞きすぎたわ」

 少し落ち込んで見せる流氷さん、確かに込み入った話であるし、正直話すつもりもなかったし詳しく話せば彼女を奮い立たせる為に言った言葉が嘘だという事もバレてしまう。自分が居なければ早雲さんが俺のせいで悲しむ事も苦しむ事もなかったという後悔をしている真っ只中で、ようやく前に進めている所なのだから。

「気にしないでいいよ、だいぶ休んだし刃菜子先輩を起こして行動再開しますか。いいよね?」

 これ以上のボロが出ないように、飲みかけのお茶を地面に捨て、急いで後片付けをしていく。

「ええ、そうしましょう」

 刃菜子先輩を起こそうとするがどれだけ寝相が悪いのか、だいぶこちらに近づいてきている。

「刃菜子先輩、刃菜子先輩!」

 寝袋の上からペチペチと叩き、起こそうとすると彼女は何を思ったのか。

「聞いてないぞ?お前の憧れの人の話も、理恵との関係も、本当に絶対一ミリも聞いてないからな!」

 どういう事だ?と一瞬思ったが、成程さっきのさっきで寝袋がこんなに近づいてきているのは彼女が聞き耳を立てようと必死に寝返りをうち、こちらに近づいてきていたからなのか、それで元の位置に戻るまえに触られたからバレたと勘違いしたのか。

「大丈夫ですよ、刃菜子先輩がいくら聞き耳を立てていても怒ったりしませんよ…そこまで大層な話でもないですし」

「本当に聞いていないんだってばぁー」

 ちょっとだけ暗い気分になっていたが、彼女を見ていると不思議と今まで暗い気分でいたのが馬鹿らしく思ってしまう。

 行動を再開し、地図を見つつ移動しようとするが何せ殆どの土地が砂のようになっている為、全くと言っていいほど役に立たない、位置情報を見られればもう少しは楽になるのだろうがどういう訳か結界内でしか使えない。

「ここはどこだぁぁー」

 そう刃菜子先輩が叫ぶ、帰り道は森のある方へと戻ればいいのと最悪俺が高所まで飛べばどうにかなるが、なにも痕跡が無い稚内を探索するのは無理があった。

「一先ず海沿いに行ってみましょう確か海の近くに駅があった気がするわ」

「よく知ってるね、来た事あるの?稚内」

「いえ昔地図アプリで宗谷岬はどこにあるんだろう?と確認してた時にちょっと探索しただけよ」

「おぉー、やっぱり弓もするのかそういう事ー」

「別にいいでしょ…、私が何をしようが…、ってなんで青池君は苗字で呼ぶのに私は名前なのよ」

「いいだろー別にぃー減るもんじゃないしー」

「なら俺の事も苗字じゃなくて名前でいいですよ?俺は流氷さんみたいに名前呼びに文句はないし」

「そ、そうかぁ?じゃ…じゃあ瞬ってこれからは呼ぶなっ」

「どうでもいいわ……もう…」

 刃菜子先輩は照れたようで嬉しそうな顔をして、俺たちに笑顔を向ける、流氷さんは呆れたと言わんばかりに首を振っている。しかし俺たちはいくら敵の姿が見えないからとは言え、油断しすぎているのは、火を見るより明らかだった。

 その油断を狙われたのか、それとも俺たちが目指していた稚内駅周辺が敵の領域内だったかは定かではないが、気づくと俺たちは見覚えのある場所に居た、満天の星空がどこまでも続く綺麗な空間、前回と一つだけ違ったのは後ろを向いても元居た景色は見えないという事。

 亀裂が入ってないからだろうか?そんな事を考えが頭によぎるが、そんな考えを一瞬でかき消すような異形の姿に気を引き締めずにはいられなかった。

 そこには、共通認識としてあった小型のカニ型レイダーがざっと50体程、そしてかなり後ろに蛇、はたまたは竜とも見れるレイダーが居た。しかし一番に目を奪ったのはカニでも竜でもなく、頭にズタ袋のようなものを被った人という風貌にも見て取れる、人型ともとれるレイダーの存在だった。人型と言っても頭だけがデカく腕や足は棒のように細く人とは違いどうやって2足歩行を維持できるのかもわからない、不思議なほど無力に感じる存在。しかしそれが数千数万と居る様を見てしまっては、気を引き締めざるをえない。

「なんなんだよ、あの数は?冗談だろ?」

「流石に冗談と思いたいわね」

 刃菜子先輩も流氷さんも余りの敵の数に戦々恐々としている。

「でもアイツを見る限り、今がチャンスなのかもしれない」

 俺はそう言って、一番遠くに居る竜のような風貌を持つ存在に指を差す。

「確かにアイツは動く素振りを見せてないけど、それでもこの数よ?」

「い、いや瞬の言う通りだ、私ならあの棒人間を一網打尽にできる」

「それに前回は亀裂から外に出れそうだったけど、今は倒す以外に道はなさそうだよ」

「そうだけれども…わかったわ。作戦を決めましょう」

 流氷さんの持ち出した作戦はこうだ、まず前線を俺から刃菜子先輩に変えて、人型レイダーの相手を全体的に任せ、俺と流氷さんでカニ型レイダーの輪が付いているモノと付いてないモノで爆破があるかの検証をし、仮説が真実であれば爆破型のみを俺が人型レイダーに誘導し、流氷さんが倒して起爆。俺の負担が軽く、二人の負担が大き過ぎるのが不安要素であるが俺の武装では陽動させるのが精一杯だ。

「じゃあ作戦開始だね、刃菜子先輩、流氷さん頼んだよ」

「任せろ!」「任せて!」

 チームワークはもう心配なんてない、一日でこんなに人と仲良くなるなんて思わなかった。関係性を持つというのはいいものだなと思い、俺は空のカニ型レイダーに目掛けて飛んでいく前回は、ずっと全力でバーニアを吹かし続けガス欠になってしまったが、今度はもう失敗しない。まず前回俺の所には居なかった輪のないカニ型レイダーを斬る。

「行くよ1体目、流氷さんは確認よろしく」

 「ええ」という応答の後、こちらに気づいていないのか背後に回り敵を一刀両断する、その後「爆破無し」という報告をうける。

そして先ほどの敵とは違いすでにこちらに対して、敵対認識をしているのか続々とカニ型レイダーが近づいてくる。

「流氷さん、次は頼んだよ」

「わかってる」

 陽動をしながら下に居る刃菜子先輩を見る大剣を、元の大きさの何倍も大きくして振り回し、人型レイダー達を斬りまくっている。

「刃菜子先輩、援護が必要だったらいつでも言ってくださいね」

「そんなものは必要なーい、今の私は無敵だぁー」

「そこ!無駄話をしない、そして青池君、今こちらでも輪があるものとないもの2体づつ墜としたけれどやっぱり輪がある者しか爆発しないわ」

「了解それならば、陽動中にも輪のないやつは狩っていくよっ!」

 応答中にも輪の無いカニ型を、空間を立体的に使い攻撃を避けながら、斬り落として行く。

 ある程度の時間が経ち、輪の無いカニ型を狩りつくし、後ろから爆破音もやみ始めた時。

「こっちに、カニ型が来てて人型の対処が間に合わなーい」

「車石先輩とカニ型が近すぎて撃ち抜けないわ」

 ふと目を向けると確かに刃菜子先輩の横を抜け、流氷さんの元へ進み始めている人型も居るならば、俺ができる行動は一つ。

「刃菜子先輩急いで後退して人型の対処をして、俺がカニ型を倒すから」

「わかった、気をつけろよ」

「流氷さんも少しの間人型の対処をして欲しい、一先ず俺の後ろの5体は放置でいいから」

「でもアナタがどういう風に対処するっていうの?」

「対処ってか、最速で叩き斬れば爆風の届かない所までは行けるはずだから大丈夫。今回はバーニアも容量用法を守って使っているからこれをやってもまだ余裕があるはず」

「わかったわ、無茶だけはしないで」

「了解」

 少しバーニアの出力を上げ、刃菜子先輩を追っているカニ型の背後から切りかかる。斬った後に縦横無尽に、何とか爆風を避けながら斬りおとしていく、そして最後の一体を斬り。

「刃菜子先輩、流氷さんあとはお願い」

 と報告をした瞬間、死角からカニ型の爪が斬りかかってくる。俺は体をなんとか上下反転させ、左手一本で受け流しその勢いのままカウンターを…入れてしまった。

「まずっ……」


 *


「瞬!!」「青池君!!」

 「まずい」と言いかけた無線が聞こえたと同時に視線を向けるがその時には、既に彼は爆風に飲み込まれていた、これは私の落ち度だ。もう少し彼が陽動している最中に当てる事が出来ていたら……。そんな事を考え下を向いてしまう。

「弓!しっかり前を見ろ!まだ瞬が死んだかなんてわかんないだろ!悩むのは後にしろ!」

 車石先輩に激励されなんとか前を向きなおす、そうだまだ終わった訳ではない私達だってこれからああなるかもしれないのだ、家族を守ると誓ったじゃないか、天成したその日に。自分に嘘を吐かない為に私は、私のなすべき事をしよう。

 弓を引き自動で生成される矢を放ち、カニ型を一体二体と射る。彼が最後に墜としてくれたものを含め残っているのは二体、集中力も落ちて来た、これ以上動く敵に当てるのは厳しいかもしれないならば一度で二体を打ち抜けばいい。

「フゥゥゥゥーー」

 限界まで息を吐き、狙いを定める人型は、車石先輩がどうにかしてくれる、ならば自分のなすべき事をするまで。弓を引き二体のカニ型が交差する瞬間を待つ、待つ、「ここっ!」

 矢は放たれ見事に二体を貫き爆破した。車石先輩も人型の制圧が終わったのか急いでこちらに駆け寄ってくる。その時視界の端に先ほどまでは居なかったはずの竜型が車石先輩を一口で飲み込もうとしていた。

「危ない!!」

 すぐに危険を知らせようとする、届きもしないであろう手をそれでもと必死に伸ばす、しかし悲しいかな危ない現状を知らせる事ができても、手をどれだけ伸ばしてもその先にはもう誰も居ないのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

綺麗な星に還るまで 鈴川 掌 @suzunone13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ