第一話 来襲

 お盆も終わり北海道では既に夏の終わりを告げようとする時期ではあるが、ニュースでは「今年最後の真夏日、熱中症には気を付けて」と報道されていた、北海道は熱くても日陰に入れば少しは暑さを凌げたり、そもそもの気温が30度を超える方が稀という現状であるからして、本州と比べてもマシなのだろう。

 しかし本州の暑さを味わったことのない道民ではこの暑さでも暑いのだ。かく言う自分も北海道を出た事もなく、この気温なら涼しい方だと言われても全く同意できない、ダウン寸前である。しかし日光すら浴びたくないこの日に日光を浴びせようとする人間がいるらしい。

「おーい、青池あおいけぇ飲み物買って来いよー」

 呼ばれているよ青池君、そう言い聞かせダンマリを決め込む。

「おい!お前だよ、お前!」

 胸倉をつかまれる、青池とは俺の事、そしていろいろな要因からこのクラスでの立場は良く言えば何でも頼っていい便利な人、悪く言えばいじめられっ子。

「自分で行って来たら?今日はお日様もでて外に出るなら絶好の日だと思うよー」

 正直こんな事を言っても買いに行かされる未来は変わらない、いつもこき使ってくるこいつというべきか、このクラスの人達に反抗の意志を示してみたかっただけだ。

自販機があるのは外、お金を出すのも自分、そして今日のこの暑さ、少し動いただけでも汗が出そうなのに外に行って頼まれた人数分の飲み物を買ってくる位なら殴られた方がいい、その位動きたくないと言っても過言ではない。

 できる事ならば、そもそもパシリなんてしたくもないが、古き因習というのか悲しいかな、昔からいじめられっ子だった自分であるからして、そしてそれを今なお拒絶するのも面倒くさがっている自分が居るからこそ、今もなおこういう扱いなのであろう。

「今日は金も渡すからさ、10人分よろしくなー」

「あ、ちょっと。まだやるだなんて…、まぁいいや…」

 お金だけ置いてとっとと行ってしまった、まぁ金も出してくれるなんて事今までになかった訳だし、買いに行かなかったら行かなかったで、後々面倒な事になるのはわかりきっている、早々に置かれたお金を広い渋々外に向かうのだった。

 外に出て自販機の前に立ち「そういえば何を買えばいいんだろう?」と悩んでいると後ろから声を掛けられる。

「また、お買い物を頼まれたんですか?しゅん君」

 話しかけてきたのは、これ程までの暑さなのに制服を着崩さずにいて、いつも皆に笑顔を振りまく三年生。絵にかいたような優等生である、彼女の名前は早雲理恵そううんりえ。俺、強いてはこの学校の生徒の憧れの対象。

「早雲さん、そうですねお買い物ですね、パシリともいうんですけど」

 自嘲ぎみに返答する。

「早雲さんじゃなくて昔みたいに理恵ちゃんでいいんですよ?」

 理恵ちゃん、彼女をそう呼ぶ事は天地がひっくり帰ってもないだろう…、確かに昔はそう呼んでいたけど今は昔とは関係性も違うし、憧れの対象である彼女を、そんな軽々しく呼ぶ気にはなれない。といっても彼女の両親には自分の住む場所を提供してもらっているので、邪見には扱えないしどうしたものか。

「理恵ちゃんは流石に恥ずかしいといいますか、なんといいますか」

 ハハハと苦笑いを浮かべながら、しどろもどろとしていると早雲さんが急にフラっと頭を押さえて崩れ落ちる。

「早雲さん!?大丈夫ですか?」

 急いで駆け寄り彼女が倒れる前に、体を支える。確かに今日は暑い日ではあるが、連日の猛暑というわけでもない。彼女の事だ、脱水症状等にならないように水分補給もしっかりしているはずだとすると、病気?もしくはただの貧血かもしれない。

「大丈夫ですよ、なんだか最近よく立ち眩みになることが多くて、一応病院でも診てもらいましたけど異常はないとの事だったので」

「ならいいですけど、一応保健室まで送りましょうか?」

 大丈夫と言われても、流石に気を失ったかにも思える立ち眩みを見てしまっては、心配も残る。しかし顔を見返してみると表情はいつも通りの彼女だ。

 だがそのまま「じゃ、これで」と別れるのもモヤモヤする、早雲さんであればもっと尽くすだろうと思い、気を遣う。

「そうですか?では少しお言葉に甘えさせていただきます」

 意外な反応が返ってくる、いつもの彼女であれば大丈夫と言えば本当に大丈夫で、いい事なのか悪い事なのか余程の事がない限り自分で全て解決して見せる。そんな彼女が一度大丈夫と言ったのに人に頼るなんてやはりなにか体に異常があるんじゃ?と邪推していると、そうでもない事が次の言葉でわかった。

「高校に入ってから私の事を避けて来た瞬君が、久しぶりに私に構ってくれているんですからそのご厚意には応じておかないと♪」

「なんだそういう事ですか…はぁ」

「なんだとは、なんですか?死活問題ですよ?私としては」

 確かに高校に入ってからは学年も違うし、そもそも俺とは違った意味で憧れている人も多い。端正な顔立ちに、とても綺麗な姿勢、そして繊細な絹糸のようでいて艶のある黒髪、それに加えて品行方正、清廉潔白とも言っていい性格。そんな学校の憧れの的たる存在は、縁があるとは言え近寄り難い存在でしかなかった。でも今ならば、誰にも見られていないだろうし、体調を崩した病人を運んでいるだけという大義名分もある。

「わかりました、ならちょっと汗ばんでいるかもしれませんが、おんぶして行きましょうか?」

 冗談めかして言ってみる。

「いいですね、私が瞬君をおんぶしたことはあっても、瞬君が私をおんぶするなんて初めての機会ですし」

「え?本当におんぶするんですか?」

 流石に焦る、冗談で言ったつもりが、早雲さんは本気で受け取ってしまった。

「はい♪」

 屈託のない笑顔を見せられ、これはもう逃げられないなと苦笑いしながら、渋々おんぶをするために少し屈む。

 おんぶをして歩き始めてから、彼女からふと一言質問が投げかけられる。

「瞬君、高校に入って友人はできましたか?」

「いやまだできていないですね、二学期も始まったというのに」

「そうですか…」

 彼女が悲しげに納得して、会話は一瞬で終わる。理由を聞き返してこないのは、理由がわかっているからだろうか?それとも彼女自身が俺に友人ができない理由の一因の一つであるという事を悔いているのか、ちょっと聞きたくなったが彼女が聞き返してこないのならこちらも聞く必要はない。

 少し空気が重くなったので、今度はこっちから質問をしてみる。

「逆に早雲さんは、友人は…いるだろうし恋人とか、告白とか、そういう浮いた話はないんですか?」

 ちょっと空気を重くした罰に際どい質問を投げかけてみる。

「恋人ですか?居ませんよ。告白はそれほど多くは無いですが全て断っていますね」

わーお、やはりモテるのかこの人は、しかし答えは予想通りだった、もし彼女に恋人ができたなんて話があったら二学年離れているとはいえ一学年の教室でも話題になるのは目に見えている。

「なんだ、つまんないですね」

「嫉妬ですか?嫉妬しているのですか?瞬君なら全然OKですよ?」

「嫉妬もしていません、そもそも早雲さんは憧れの人であって、そういう目では見られません」

 これは言わないがそもそもタイプじゃない、俺のタイプはもっと華奢きゃしゃ流麗りゅうれいな強いて言えば王子の様な女の子。しかしそんな子居るはずも無く悲しくも漫画やアニメのキャラを思い浮かべる。早雲さんは美人ではあるんだけど、どっちかというと出るところが出てるというかボンキュッボンすぎるというか、個人的な趣味としてはキュッキュッキュがいいというか。

「失礼な事考えていません?」

「ベツニカンガエテマセンヨ?」

 一段階低い声で問われる、咄嗟に答えるが何を考えていたかは、バレているかもしれない。正直に白状するべきか考えていると彼女が話す。

「冗談です、恋人が欲しいと思ったことはありますけど、自分の理想が高すぎるのでしょうか?できませんね」

 クスクスと笑みを浮かべながら答える、そうか…彼女にも恋人が欲しいと思う事はあるのか、それもそうか、いくら八方美人的な彼女であっても、華の高校生活。そして今年でその高校生活にも終わりを告げる。青春を謳歌し恋愛に一喜一憂する歳だ。それより彼女の理想とはどれ程の高さなのだろうか?と考えていると。

「意外でした?私が恋人欲しいなんて思っているなんて」

「意外でしたね、許嫁の一人か二人でもいるのかと思っていましたよ」

「そんなの居る訳無いですし、居たらそもそも知っているでしょう?」

「それは冗談として、早雲さんの理想は凄い高そうですね、よく言う3Kみたいな?」

「そんな事はありません、私の理想は入口が少し高いだけで後は普通ですよ」

入口が高ければ、それはもう凄い理想高いと言っても過言ではないのだろうかと、頭の片隅で考えたりしていると目的地である保健室に着き、ガサツに足で戸を開ける。

「失礼しまーす」

 そう呼びかけるが返答は無い、居ないなら好都合、勝手に入らせて貰う。一番陽が当たらなそうなベッドまで運んで彼女の腰をベッドに降ろす。

「タオルケットと体拭くタオル持ってきますね」

「タオルだけで大丈夫です、仮病で居座る訳にもいきませんし」

 なんとも優等生らしい返答だ、俺なら間違いなくサボるし別に理由が理由だけに教師陣にも文句は言われないだろう、それでもこの人は戻るというのか。どこまで行っても本当に優等生というか敵わないというか、そんな風に感心しているとふと彼女からとても心配そうな声と顔で思いがけない言葉が出てきた。


「瞬君…、瞬君は、もうすぐ地球が滅びると言われたら信じますか?」

 いきなりどうしたのだろうか?あれだろうか地球温暖化についてとかそういう類の話だろうか?それとも巨大隕石が!的な話なのだろうか。答えに困っていると彼女は。

「すみません、いきなり変な話をしてしまって。忘れてください」

 彼女はそう言って話を終わらせる、しかし彼女の顔を見て先ほどの立ち眩みの時の返答とは違う切実さを感じ、俺は真面目に考えてみる。

 地球が滅びる。もしそれが自分たち人類でまた戦争でも初めて、それで全人類が平等に皆等しく死んでしまうならそれはしょうがないことと割り切ってしまうかもしれない。でもそういう理由じゃないのであれば、例えば某映画のように隕石が降ってきてそれを宇宙で破壊しないといけない、そうしないと全人類が死んでしまうのであれば、あの映画のように自分を犠牲に皆を救うというのは少々嫌だが誰も動けないというのであれば、動きたいと思う。でないと憧れは憧れのままになってしまう、誰に助けられる事が悪だとは言わない、だけれどもとそう心に抱く。

 ならば俺が答えるべき答えは一つだ。

「それがどういう意味かはわかりません、だけど…、できるのであれば、俺にそんな力があっても、無くても、皆を守りたいですし助けたいですね。その為に自分が死ぬっていうのは嫌ですけど」

 例え自分がどれほど苦しく悲しい目にあうとしても、手を差し伸べたい。

かつて自分が早雲理恵という人間にそうして貰ったように、言うなれば皆を救うヒーローのように。

「瞬君がそんな事を言うなんて驚きですね。『世界なんて勝手に滅んじまえ』なんて言いそうなのに」

 少し声のトーンを落として、渋く格好つけて言って見せた彼女。俺はそんなにやさぐれたような印象を彼女に持たれているのだろうか?だとしたら少しショックだ。

「そんな事は言いませんよ。実際にそういう状況になってしっかり動けるかはわかりませんけど、でも早雲さんはすぐに動けそうですね的確に避難を誘導する姿が目に浮かびます」

 そういって見せると彼女は少し悲しそうな顔で。

「私はそれほどできた人間ではないですから、本当にもし地球が滅びるなんて事になってしまったら足が竦んで全く動けないかもしれません、気が動転してその場で何もできない事を悔いるだけかもしれません」

 うつむきながら彼女は言う、彼女ができた人間で無いならこの世ほぼ全ての人類は不出来だと思ってしまう。彼女の言うような地球が滅びるなんて大層な話ではなくとも困難にぶつかった場合、彼女は物事を良い方良い方へと向かうよう努力すると思うしそういう姿を何度も見てきた。

 しかし彼女がここまで思い詰めているのなら、俺が言ってあげられる事はただ一つ。

「だったら、俺が変わりに動きますよ、その場で悔いる事しかできないなら悔いなんて考えられない所につれていきますし、そもそも悔いなんてないように助けます」

 過去に彼女が俺に言ってくれた言葉「あなたが悩む事は私が変わりに悩みます、あなたが傷つくなら私が変わりに傷つきます、そしてあなたがそんな事にならないように私があなたを導きます」この言葉のお蔭でいい意味でも悪い意味でも、今の俺がある、彼女は覚えているだろうか?そんな事を考えていると、彼女が顔を上げる

「そうですか瞬君が助けてくれるんですか、それは安心ですね」

 そう言い終えると先ほどまでの暗い表情は消える、しかし真剣な表情のまま次の言葉を発する。

「私、最近夢を見るんですこの街が、北海道が、日本が、そして世界が、悪意に囲まれて一方的に攻撃される夢を。もちろん人も無力ではありません、知恵を生かしますし武器を持ちます、その知を生かし応戦しますが結果は敗北、地球は焦土と化し、なすすべなくただただ蹂躙じゅうりんされる」

 そんな、ただただ救いのない話の後に彼女はそれでもと口にし続ける。

「ある時の夢ではその圧倒的な力に対して戦う力を持つ者、そうまるでヒーローの様な人も出てきますがそれでも数には勝てず疲弊していきやはり最後は敗北に終わってしまう、そんな夢を。この年になってみる夢にしては幼稚すぎますかね?それでも何度も何度も似た内容の夢を見るのでつい考えてしまうんです。自分はその時何ができるのだろう?守りたい人達を守れるのだろうか?と」

 淡々と彼女が語るその姿は決して冗談ではなく、本当に地球はその悪意を持ったものにうち滅ぼされるのではないだろうかと、そう思わせた。

「ごめんなさい。このような話を聞いて貰って変ですよね」

 少し苦笑いながらも強がって見せる彼女に俺は何をできるだろうか、何をすればいいのかと考えるが全く思いつかないので少し返答を考える時間を作る為にそもそもの本題を行動に移すことにする。

「あっと、ちょっと自販機で飲み物買ってきますね、何がいいですか?」

「いえ大丈夫ですよ、そこまで気を使って頂かなくても」

 そう断られるがここは食い下がる。

「いや熱中症ぽい人を助けたという大義名分の為に、ここはご協力を一つお願いします」

 そういうと彼女はふと笑う、しょうがないですねとあやす親の様に。

「分かりました。ではお水を一つお願いします」

「おーけーです、では買ってきますね」

 そういって保健室をでて彼女と出会った自販機まできびすを返す。

 さて彼女の問題にどう受け止めるべきかを考える、これが同学年の友人であれば中二病とでも言ってあげればいい、しかし俺にそんな友人は居ないし何しろ相手は早雲さんだ、単純に遅めの中二病なのか、それともなにか精神的な負担があってそれが夢として出てきているのか。そうこう考えている内に自販機の前に到着する。

500円硬貨を入れてお水と自分の分のお茶を買う財布には、まだ頼まれたときに貰ったお金があるがこれは手荷物になるし後でクラスに帰るときに買えばいいだろう忘れたてら忘れてただ。


 その時急に地震のように揺れる。

 いや地面が揺れているわけでは無い。

 衝撃波だろうか?でもそんな爆音はしない。

 じゃあなんだ?空を見上げるそこにはまるで空が割れたような亀裂が広がっていた。どういう事だ?雲が凄いごく稀に見せる現象とも思えない。

 じゃあなんだ?なんなんだこれは?余りの事に頭が回らない、よく目を凝らすと亀裂が少しずつ広がって見える、あれが完全に開いたらどうなるのだろうか?少し立ち尽くしていると、隕石だろうか?それにしては遅すぎる、ゆっくり、ゆっくりと地上に近づいて行く、そして地面に当たった瞬間、凄まじい音ともに視界一面を光が覆う。

光が収まった時、最初に見たのは、決して大きい範囲ではないがまるで焦土のようになってしまっていた、あの場所にあったのは住宅街だっただろうか?または商業施設だっただろうか?それすらもわからない程に崩れてしまっている。そのような事を考えている間に先ほどの早雲さんの話を思い出し急いで彼女のもとへ駆け出した。

 壊れそうな勢いで保健室の戸を開ける、先ほどまでベッドに座っていた彼女はじっと窓の外の景色をみて口を押え、なにをする訳でもなくそこに佇んでいた。

「早雲さん!」

「え?あ?はい…」

 勢いよく彼女の名を呼ぶ、少し遅れて彼女は反応する。

 心ここにあらずというのか、酷く動揺しているまさか彼女が見た夢通りの景色なのだろうか?しかし今はそんな事はどうでもいい。

「早雲さんには、三学年と二学年の避難を任せていいですか?」

「わ、わかりました、瞬君は?」

 そう確認とると彼女は目をパチっとさせてしっかり受け答えをした。

「1年を纏められそうなやつに頼んできます、避難先はグラウンド?体育館?」

「光があった場所が燃えているので、そのまま外に居たら何も防げないかもしれません、ならば一度体育館に集まりすぐに外に出られる準備もしましょう」

「最後に一つ、これは夢のままですか?」

こればかりは興味もあるが、これからの為に聞いておきたい、仮に未来を知っているのなら力強い事この上ない。

「わかりません、でもすぐに全人類が死亡という内容ではなくじっくりなぶられるような感じであったと記憶しています、ですからここからの行動が分岐点となるかもしれません」

 それだけ聞ければ満足だ、安心感もある。

「わかりました。じゃあまた体育館で」

 そういい彼女と二手に分かれる、二年と三年は彼女に任せれば大丈夫だろう、それほどのカリスマ性もある。問題は俺の方だ、俺が言っても聞き耳を立てる奴などいるはずも無い、ならば気は乗らないが俺にパシリを頼んだあいつに頼もう、あいつなら学年に対する影響力もある。そう考え俺は全速力で彼らがいるであろう空き教室に駆け出した。

 走りふと外を見る、亀裂はまだ亀裂のままで、あれから然程広がってはいないようだ、それにあの隕石のようなものも出てくる様子が無い。しかしそんな事を注視しているわけにもいかない、急がなくては。

 多少乱雑に扉を開ける、中の人達の様子はパニックになっている訳でもなく、皆窓の外の尋常ならざる光景を見て動けないで居た、そして一際図体の大きい相手に話しかける。

「北見!早く皆を集めて体育館への避難誘導をしてくれ」

「なんで俺がそんな事をしなくちゃならない!というかアレはなんなんだよ?」

 理解できない現象と共に、俺が命令することに若干の憤りを感じつつ、それでも彼の目には不安が浮かんでいるように見えた。

「俺にわかる訳ないだろ!とにかく、皆を連れて体育館へ行ってくれ、これは早雲さんからの指示だ!」

「早雲先輩が!?わ、わかった、体育館だな、お前の指示に従うのは癪だが早雲先輩の指示なら従うしかねーな」

早雲さんの名前を出すと少し彼の不安が落ち着いて見えた、それに俺の指示にも納得してくれそうだ。流石は早雲さん、まだ学校に入学して半年にも満たない一年生の信頼も獲得している。

「頼んだよ、俺は外の生徒を探してくる」

「お、おう、わかった」

 すぐに教室を出て外に向かう、ここは任せろと言わんばかりにクラスの奴らに声をかけまとめ始め周りも不安や焦りはあるものの皆動けている。大丈夫そうだな、じゃあ俺は外に生徒を一人でも安全な所へ…。


 *


 二年と三年の避難は終わった。教師も考える事は同じだったらしく、教師も校内放送を流し、順次体育館に集まり担当学級を焦りながらもしっかりと纏めてくれている、今この場に居ない生徒も連絡先を持っている生徒がスマートフォンで呼びかけてくれて順々に集まりつつある。一年生は大丈夫だろうか?しっかりと彼の言う事を受け入れてくれているだろうか?そこに一年のグループと思わしき面々が続々と集まってきた。

 しかしその中に彼は居ない、思わず名前も知らない一年を率いてきた大柄の少年に訪ねてしまう。

「あの、瞬君を見ませんでした?」

「そ、早雲先輩!?瞬?ああ、青池の奴なら外に居るかもしれない生徒を探すって言っていましたけど…」

 それを聞いて少しの安堵と不安が湧く、もしもこの近くにあの光が落ちてきたら中に居る私達も被害は軽微では済まないだろう、外ならば尚更だ、胸騒ぎがする、先ほど彼と話していた自販機前での頭痛よりも酷い頭痛がおそう、立っているのもやっとな気もする、それでも。

「瞬君を探しに行ってきます」

 体が先に動いていた。

「ちょっと早雲先輩?危ないっすよ」

「離してください、私は彼を守らなくてはいけないんです!」

 腕をつかまれる、それを振り払おうとするが女性の力では簡単に振りほどけない。

「わかりました、そういう事なら俺もついていきます、ボディーガード位なら俺にもできますよ」

 どうやらこちらの意図を汲んでくれるらしい、ならばすぐにでも行かなければ。

「ありがとうございます、失礼ですがお名前は?」

「俺ですか?北見っす」

「北見君ですねではお願いします」

 そういって教師や生徒が色々慌てている隙に目を盗み彼と体育館を後にする。


 *


 外に出たのはいい、結果としてはこの暑さもあってか外には誰もいなかった。すぐにでも学校の中に戻りたいがそうはできない理由があった。

亀裂から先程の隕石とは違う、足が二本しかない無く周りに土星の様な輪が付いたタコのような生物、それとも機械だろうか?ここから見ても姿を確認できるという事から、かなりの大きさであろうその物体が、その二本の足で街をめちゃくちゃに荒らしながらこちらに近づいてきているのがわかる、動きたくても動けない。

 自分の足が震えて言う事が聞かない。タコ足の一本がこっちにゆっくり近づいてくる。死んでしまう、本気でそう思ったが、後ろから自分の名を呼ぶ女性の声と同時に背中を弾かれる衝撃を感じた。振り返りみるとそこには青ざめた早雲さんと、俺を庇う為に受けた傷をYシャツから滲ませ、苦悶の表情を見せる北見の姿がそこにはあった。

「北見、お前…どうして?」

「お前が動けないでいたから動かしてやったんだよ」

 血を流しながら彼は答える。そこに早雲さんがやってきてハンカチで血が出ている所を必死で抑えている。抉られているのかそれとも切られているのかはわからないが目で見る限り早急に手当てが必要なのは確かだろう。

「また俺は誰かに守られて見ていることしかできないのか?」

 口に出す気のない言葉を、思わず口に出してしまう。

「そんな後悔は後にしろ、早く逃げるぞ」

 決して立てるような状態でもないだろうに、彼は立ち上がり俺にそう言う。

そうだ動かなければ、助けなければ、今度こそ助けてもらわないで自分で動くと決めたんだ。

 そう決心して彼の肩を担ごうとすると急に景色が変わる。

 近くにいたはずの早雲さんや、北見の姿は無く、雲の上にいるかと勘違いするぐらいの一面の青空と地面は綺麗な水と砂、右にも左にも障害物もなくどこまでも地平線の彼方まで何も無い平面、そこに一人の女の子が立っている。

「」

 話しかけようとしても声が出ない。

 女の子に近づこうにも動けない。

 姿を見ようにも目を凝らせば凝らすほど朧気にしか見えず。

 どういう事か困惑しているとふと声が脳に響き渡る。

 あ な た に た く し ま す 

 そんな声が聞こえたと思ったと同時に、肩を貸そうとしていた景色へ戻る。今のは何だったのだろう?だけれど、どういう訳か今の自分がやるべき事がわかった。俺がやるべき事は北見に肩を貸す事じゃない、早雲さんと一緒にこの場から離れる事でもない。

 目の前で北見を傷つけた、この目の前に居る、街をめちゃくちゃにしたあのタコのようなバケモノに、亀裂に報いを与えることだ。だから一旦お別れの挨拶を。

「早雲さん、北見の事よろしくお願いします、俺ちょっと行ってきますね」

「待ってください、それってどういう事ですか?」

「大丈夫、すぐ戻ってくるので」

 不安そうな顔をしている彼女にそう返す「少し離れてて」と言い、頭に浮かんだ言葉を口に出していく。

「我が願いは皆を守り助ける事、その証明をこれより開始する。『天成てんせい』!」


 *


 彼が「天成」と言うと彼の着ていた衣服が少しずつ別のものに置き換わる、一度全身が黒のインナーとスパッツ姿になり、赤を基調とした和服の様な姿に変わり左肩には控えめな肩当てが付いている。武装は左右に一本ずつの刀が二刀そして特質すべきは腰回りの鞘と背中についているバーニアだろうか?流石に急にこのような変身をされたらこちらも、一言二言言わなければ気が済まない。

「瞬君!?大丈夫ですか?あの…いきなり姿が変わっちゃいましたけど…」

「大丈夫です。それじゃあ、あいつを倒してきますね、それと北見助けてくれてありがとう。今度は俺が助けるよ」

「ああ、わかっ」「ちょっとしゅ」


 *


 言葉を聞き終える前に、目の前のタコのようなバケモノに向かって走り始める、おおよそ人間とは思えない速さで自分の足が動いた事に驚きつつも、距離を詰めに掛かる、タコのようなバケモノも、こちらが敵意を持っていることに気づいたのか、二本の触手をこちらに向けて左右から攻撃をしようとしてきた。

「避けれる!」

 俺はそれをジャンプで躱す、まだ頭では理解できていないが体が理解できているのか、普通の人間ではありえない高さまでジャンプする。そのままバーニアを起動させ真っすぐ突撃する。これ以上の被害を出さないためにも一瞬でケリをつけなくては。

「この一閃受けてみろ!」

 鞘に納まっている二本を抜き、抜いた勢いでそのまま切りかかろうとするが、タコのようなバケモノに大きな穴が開いたかと思うとそこがいきなり光だし、光が凝縮していく。

「ヤバッ」

予想通りの事が起こるなら後ろにある校舎に甚大な被害をもたらす、そう思いバーニアを下に向け急上昇する。するとタコのようなバケモノもこちらを向きなおし、大きい弾丸のようなものを発射してきた。今度は避けるためにバーニアを使い横に移動する。

「ビームかと思ったけど、大砲か。これなら避けながら!」

 回避行動をとりつつ地面に向かって急降下する、触手を防御に回そうとしているがもう遅い。

そして今度こそ。

二本の刀を天から地へと振り落とす。

「どうだ?」

 すぐに追撃をする為に振り返るが、既にタコのようなバケモノは俺の斬撃を食らってか空中で爆発四散していた。あの残骸が下に落ちたら落ちたで被害は大変なものになると思ったが不思議にも爆発四散したタコのようなバケモノの残骸は何一つ残ってはおらず、ならばと、視線をすぐに亀裂へと移す

「のんびりしている訳にはいかない、早く亀裂をどうにかしないと」

 そう口にだして頭の中でやることの整理をしつつ、亀裂に飛行しようとすると、いきなり目の前が満天の星空に移り変わる。

「綺麗」

 そういう感想しかでないぐらい、綺麗な空間に立っていた。

 何をやろうとしていたのかを忘れてしまう様な景色を前に、状況を整理するために辺りを見回すと、後ろにさっきまでいた街が見える。

「ワープ?…してきたのか?」

 そんな事考えていると先ほど倒したタコのバケモノとはまた違った、あれはなんだろう?小さい土星にSF作品に出てきそうなモノアイ、それと蟹の爪のような爪。

「次は土星型のなんなんだ?あれは!キモイ、普通に気持ち悪い」

 嫌悪感を催すバケモノが10体、ゆっくりこちらに向かってきている、少々見た目に嫌悪感を抱くがこれを全部倒して亀裂をどうにかすれば一時的にだけかもしれないが、被害は食い止められるはず、しかも先ほどのタコは20m程度あったが、こいつら大きくて2~3m程度、ならば先ほどの敵より強いなんて事は無いだろう。

「行くぞ!」

 バーニアを全開にして急接近する、刀はもう抜いてある、ならばただ斬るのみ。

 まず一番先頭にいる蟹を右手に持った刀を振り抜き、特に反撃もされぬまま縦に斬り払い、その勢いを使ったまま別の個体も今度は横に薙ぎ払う。

 音を置き去りにしたと思える程の、高速の連撃。

 そこで一度相手の様子を伺うために離れ観察の為高所を取る。

 敵は先ほどのタコ同様、俺に斬られるとその場から動かず爆発四散する、残りは8体。仲間を爆発四散させられて初めて気づいたのか、今度は蟹から襲ってくる。しかしあの巨大なタコと比べれば小回りが利くように見えるが、それでも見切れない程速い訳でも、防御できない程鋭くも無い、最初に突っ込んできた蟹の攻撃を弾き後方に吹き飛ばし、更に追い打ちをかけるが如く追撃をする、先ほど同様斬られた敵は最後のあがきの様に爆発をするが最高足に乗っている俺を前に爆風が届くことは無い。これを繰り返していく。

「ハァアアアアアア!」

 6体程倒した時だろうか、敵を倒し爆風を避けるためにバーニアを使い移動しようとしたがバーニアは起動せず爆風をもろにくらってしまう。その爆風で地面に叩きつけられ、叩きつけられた衝撃で呼吸ができなくなる。そして当たり前だが熱い、咄嗟に防御しようとしたが左手は守り切れなかった。

「クソッ、左手がぁぁぁ」

 爆風によるやけどなのかそれとも左腕が消し飛んだのか、一度左腕を見るがしっかり腕は残っていた、痛い、痛い、痛くて喚く事しかできない、だが戦わなければみんなが危険に晒される。

 戦うしかないのだ、守るためには。痛みをこらえて落とした刀を今一度握りしめる、だがバーニアはもう使えない、倒すと爆風を食らう、どうしたものかと考えていても敵は攻撃をしてくる。相手は、2体で4本の爪一回一回の攻撃は単調で防ぐのは容易いが打開策が見つからない、斬ったら爆破、逃げれもしない、ならば自分の体とは思えない程強化されている自分自身を信じて斬った瞬間に爆風の範囲外まで引くしかない。

「ちょっと怖いけどやるしかないよな、これ以上被害が出る方が俺にとっては問題だ」

 覚悟を決める、1体を弾き飛ばし残った1体を斬る、そしてダッシュで弾き飛ばした敵に向かい真上から貫く。

「これ以上俺達に…手を出すな!」

 貫いた直後敵を足場にして高く飛び爆風を回避する、これは賭けだった。爆破よりも速く爆風の届かない所へ、逃げるという頭の悪い作戦だったが。どうやら無事に成功したようだ…、地面に着地し膝を付く、もう体力の限界なのかまぶたが落ちてきた。でも、まだ。

「帰らな………」

 最後まで言い切れず俺の意識は落ちていった、しかし頭の奥底で。

 あ り が と う

 そう聞こえた気がした。

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