第二話 一期一会

 あの未知なる存在が、この世界の全てを変えてしまった。

 二週間前のあの日、未知の来襲から私達の生活は、全て変わってしまった。あの日の出来事は私達が居た街だけだは無く、世界各地ありとあらゆる所で起こっていたらしい。SNS、テレビ、ラジオの全てであの現象を報道した。

 空に亀裂が入ったと、中からエイリアンの様なものが出てきて街を破壊していると、一度の閃光後、街があった場所は気づいたら焦土と化していたと、そんな情報がありとあらゆる場所から毎秒毎秒流れてくる、ある者はどこだかの国の新兵器と言っていたり、ある者は神の裁きだという人も居た、私には神が居るかなんてわからないがどれも違うと思っている。

 なぜならば全ての国が、全ての地域が、分け隔てなく被害にあい、蹂躙じゅうりんの限りを尽くされたのだから。一日一日と時間が経つたびに世界中から人々から発信されていたはずの情報が途絶えていく。

 しかし絶望だけではなく希望もあった、それは奴らに唯一対抗できる存在が突如として力を目覚めさせ確認されたからだ。世間は彼らを守人もりびとと呼び助けを求めた、ここ北海道でも6人の守人が確認され、運が良かったのか、その6名によって北海道は今も安全を保てている。しかしそれでも強大な力には及ばず、通信が途絶える地域が一つまた一つと増えていく、日本でも東京を初めほぼ全ての地域からの連絡が途切れた、最後に連絡を取れたのは山梨県で、彼らの所でも2名の守人が突如として力に目覚めた守人2名が街を守ったらしい。

 唯一、安心といえるのは、蹂躙の限りを尽くしている外敵がいてきは今の所、一度守人によって守られた地域、と言ってもわかるのは北海道の事だけだが…、北海道には再度進行を仕掛けていない事、彼らにも知能があり崩せそうな所から狙うような習性を持っているのか、それとも二度と手を出せないのかはわからない。そして2週間前のあの日、守人が現れずに蹂躙されてしまった。宗谷そうや地方、渡島おしま檜山ひやま地方を除く北海道全域に巨大な結界の様なものができあがり、外からの外敵そして人さえも侵入を防いでいること。

 私の事も一度整理して置く、私は早雲理恵、地球を守ることを目標としている何者かの言の葉を聞く事ができた人らしい、私の他にも言の葉を聞けた人は多数存在し、私達は代弁者と呼ばれている。

 国強いては北海道が自らの地を守る為、代弁者と守人を束ね新たに出来た組織、守護省のメンバーである。北海道に結界ができた事、連絡が途絶えてしまった後もなお、山梨に生存者が居ることがわかるのは、何者かの言の葉を受け取ったからだった。

 そして現在私は、守護省での会合を終え、旭川にある病院へと向かっている。理由は守人の一人であり私の弟の様な存在、青池瞬が守人に変身してから未だ昏睡状態が続いているため彼の様子を確認し、また守護省本部へ戻る、私が守護省という組織に加入してからのルーティンで、この一日を過ごし続けている。彼が起きてくれれば、守人の寮でのお世話担当になる手筈なのだが、肝心の彼が目を覚まさないので仕方がない。

「失礼します、起きていますか?夏の暑さもなくなって過ごしやすい天気ですよ」

「そうですね」

「やはり返事は、え!?」

 そこには平然と着替えをしている彼が立っていた。

「い、い、いつ目を覚ましたんですか?」

「うーん?少し前ですかね」

 着替えを終え、彼は病室を後にしようとしている。

「ってどこへ行こうとしているんですか?」

「いや起きたら守護省?の人が簡単な説明をしてくれて、それで俺が起きたなら宗谷地方奪還に向けての緊急会議が云々って話をするからと守護省に来いとしか」

「いえ今日、目を覚ましたばかりなんですよね?せめて明日以降に改めて、という訳に行かないんですか?」

 流石に今日の、今日まで意識不明だった彼に、いきなり仕事を任せるなんて守護省は守人とは言え、一介のましてや高校一年生の子供を何だと思っているのだろうかと、文句も言いたくなるモノだが、やはりと言うべきか、知っていたというべきか、瞬君はそういう事に囚われないという訳なのか。

「2週間眠っていたって言いますけど、不思議と体にも違和感がないですし、大丈夫だと思いますよ」

 彼が行く気になっている今、私に止める資格は無いのかもしれない。

「大丈夫だと思いますって…流石に私も一応ついていきますからね」

「ん?それは、ありがとうございます。でもその前にご飯を食べてきていいですかね?お腹が空いちゃって」

「ええ、構いませんよ?守護省には私から伝えておきます」

 そういい彼と近くのコンビニへ歩みを進めるが…。

「何もありませんね」

「そうですね、サンドイッチが食べたかったのに」

 あの惨劇があってから、他県や他国との交流もできなくなり、食良品、日用品を買い込む人が多発した。そのまま食料不足になることを懸念した北海道知事が、道民全員に食料を行き渡らせる為にある程度の配給制にすることを決定したのがつい先日の事。贅沢はできなくなるだろうがそこまで気に病む必要もないという、言の葉も受け取っているので、そこまでの不安視はしていないが流石にコンビニに商品が一つもないのは不便この上無い事だった。

「サンドイッチ等の軽食であれば恐らく守護省の方にもあると思いますから、守護省についてからでもいいのであれば、本部に行きますか?」

「そうなんですか?なら最初からそっちに行けばよかったですね」

 そう会話をしてから、私のスマホで守護省の車を呼び後部座席に座る

「瞬君、いきなりで申し訳ないですが、守護省の方たちからどこまで聞きましたか?」

「えーっと、にわかには信じられないですけど、北海道と山梨以外生存者が居なさそうだとか、早雲さんが代弁者?という存在とか俺みたいな存在が守人と呼ばれているとかっていう話は聞きましたね」

「本当に簡単な説明しかされてないんですね…情報共有はしっかりした方がいいと私は思うんですけど、では私から改めての説明をしていきます」

 不足している情報や、彼が気になる情報をなるべくわかりやすく説明していく、そしてここからが彼にとって一番必要な情報だろう。

「ではここから瞬君以外の守人について説明していきます。まず守人は瞬君を含め6名という事は先ほどお話しましたが、現在旭川にいる守人は瞬君を除き2名で、それ以外の3名は今朝、渡島・檜山地方奪還へと向かっています。旭川にいる二名は実際にあった方が早いと思うので、今居ない3人についてお話します」

「お願いします」

 ご丁寧に頭を下げる瞬君だが、態々わざわざそんな事はしなくてもいいというのにと思ってしまう。

「守人の内訳は、女性が2名と男性が1名で女性が白鳥しらとり銃美つつみさん、円山まるやま星奈せいなさん、男性が緑ヶ丘みどりがおか槍真そうまさんの3名です。白鳥さんが三年、円山さんと緑ヶ丘さんが二年生ですね」

「こんな事言うのもなんですけど高校生だけですね」

「確かにこれから会う2名も高校生三年生が1人と、一年生が1人ですね偶々だとは思いますけど」

 確かに彼の疑問にも一理あるが、結界が張られる前の情報では守人そのものの選考基準はわかっていないけれど、守人自体は幅広い年齢層の守人が居たはずだ、彼らが今生きているかはどうかはもうわからない、山梨のように生存ありという言の葉が降りてこないという事はそういう事なのだろうか?

「着きました」

 そうこう話していると運転手から報告される。

「では行きましょうか、瞬君」


 *


 守護省と看板のある施設に入っていき、宗谷地方奪還作戦と書かれた会議室に入っていく、そこには170センチ弱だろうか女性としてはかなり背のデカく、髪は後ろで纏めていて見る人が見れば大和撫子とも思わせる顔の女性と、片や150センチ弱だろうかという身長に、癖毛の強いショートの幼さが残る顔をした女性が椅子に座って待っていた。

「失礼します」「お待たせしてしまって申し訳ありません、失礼します」

 そういい自分の席であろう場所に座ろうと思ったが早雲さんの椅子が無い。

「早雲さん先に座っていてください、自分の椅子探してくるので」

「いいえ構いませんよ、私が自分で持ってきますから、ですので先に自己紹介でもしておいてくださいついでに、サンドイッチも持ってきますね」

「あ、お願いします…」

 二人からは、いかにもここに集められたことへの不満を感じる空気が漂っていたので逃げようかと思ったが早雲さんにはお見通しだったようで、逃げる事は許される事は無かった。

「青池瞬です、よろしくお願いします」

 ペコリと頭を下げ自己紹介をする。

流氷りゅうひょうゆみ、よろしく」

車石くるまいし刃菜子はなこだ、よろしくなー」

 かもし出していた雰囲気とは別で、簡単に名前を明かしてくれたが、それ以降の会話は無い。とても気まずい空気の中からどうにか脱する事ができないか話題を考える、考える。

「えーっと、車石さんが1年生で流氷さんが3年生でいいんですかね?」

 ふと早雲さんが学年の話をしていたことを思い出し、てそこから切り込む事にした。

「あぁん?」

 ドスの聞いた声が車石さんから聞こえる。

 やはり話かけない方がよかったのだろうか。

「お前もか?お前も私が一年だとかすのか?ふざけるなー!」

「えぇ?す、すみません」

 余りの勢いに謝ってしまう。

「お前も身長で判断したのか?したんだろ?私は三年、車石刃菜子だ!誕生日は四月二日の18歳だ!お前一年だろ私の事は刃菜子と呼べ、そして後輩なら私には先輩を付けろ!わかったか?」

「は、はい刃菜子……先輩ですね。わ、わかりました」

 余程身長がコンプレックスなのか、怒涛の勢いで自分の事を説明してくる。しかし刃菜子先輩と呼ぶと満足気な顔をし席に座る、そのまま流氷さんにも話しかけてみる。

「じゃあ流氷さんとは同級生か、同級生どうし仲良くしてね?」

「私は別に仲良くする気はないから」

「ア、 ハイ」

 すぐに話を打ち切られる、この様な態度をされたらもう無理だ。刃菜子先輩の方に少し話題を振って、早雲さんがくるまで何とか間を繋ごう。

「刃菜子先輩はどこから来たんですか?」

「私か?私は根室だぞ、そういうお前は?」

「俺は、住んでいる所は美瑛ですね、学校は旭川ですけど」

「美瑛かぁー、青い池がある所だよな?」

「そうですね、今度案内しましょうか?」

「お?いいなーそれ」

 そんな感じで、刃菜子先輩とはなんとか話せそうだ、最初は怒らせるような事を言ってしまったがそれ以降は普通に話してくれる、気のいい先輩って感じだ。

「それより、お前流氷とか言ったよな?お前はどこから来たんだよ」

「紋別」

 それで会話が終わってしまう。刃菜子先輩は「乗りの悪い奴だなぁ」なんて言っていたがまぁ話すのが好きではない人だったら普通な気もする。

 ふと疑問に思う、刃菜子先輩は今日流氷さんを初めて知ったような話し方だったのが少し気になった。

「あれ?二人は初対面なんですか?他のメンバーは、もう地方奪還に行ったとかなんとかって聞いているので俺以外は全員面識あるんだと思っていました」

「会うのは、初めてじゃないぞ?喋る機会がなかっただけで」

「アナタが今日、目が覚めたという報告を受けて急遽ここに呼ばれたのよ、こっちにだって用事があったのに」

 刃菜子先輩は簡単に教えてくれて、流氷さんは嫌味っぽく俺に言い返してくる。

 暫くの沈黙の後、扉が開く音がして振り返ると、怖い顔のしたおじさんと早雲さんが椅子とサンドイッチを持って入ってきた。

「全員集まっているな」

「瞬君、これを」

「ありがとうございます」

 サンドイッチを手渡され、俺の横に早雲さんが座る。

「では早速会議を始める」

 そこからは怖い顔のおじさんが宗谷地方、稚内にある亀裂の話をして俺たち守人には明日から宗谷地方に向かってもらうという事を一方的に叩きつけられるだけだった。途中早雲さんが俺を思ってか、もう少しの休息をとって体力が回復しきってからではダメなのかと、連携確認などを出来ないモノかと、抗議したが簡単に却下されてしまう。いかにも頑固そうなおじさん面なだけあって、これは決定事項の一点張りで跳ね返される。そんな感じで会議は終わり、夕日が窓から差し込んでくる中、守人と代弁者だけがポツンと座り動く事が出来ないでいた。

「だぁー、好き勝手言いやがって」

「そうね、少しあの人、不快だわ」

 静寂を最初に破ったのは刃菜子先輩、それに続き流氷さんも愚痴を漏らす。確かに俺も同じ感想を抱いている、自分達の事を扱いやすい道具のように思われている感じがして、余り気分はよろしくない。

「まぁまぁいいじゃないですかどう思われようが、どう言われようが、一回一回言われた事をやり続ければ立場だって逆転するかもしれないですし」

 そう自分に言い聞かせるように、重々しい空気を振り払おうとする。

「でももし仮に渡島・檜山地方と宗谷地方の奪還が完了した場合、どうするのでしょうか?」

「そりゃ、本州にいくんじゃないか?」

 早雲さんの問に刃菜子先輩が答える。だが実際問題、北海道全ての地方を無事に奪還完了したとして早雲さんの話では、現在日本で生命反応が残っているとされているのは山梨県のみ、たった2週間で世界人口の99%以上蹂躙しつくした相手に、そこまで上手くいくのだろうか?そもそもこの三人で宗谷地方を奪還できるかもわからない。

「まぁそれを今考えた所でどうにかなる訳でもないですし、今日はお開きという事でそれじゃ」

「瞬君?どこに行くんですか?」

「どこって?病院に帰ろうかと」

 家は歩いて帰れる場所でもない、ならば少なくても今日は病院に帰ればいいのかと思っていたのだが。

「守護省から私含む7名が住める寮を提供してもらっているので病院に帰らなくても大丈夫ですよ?その為に瞬君の荷物も取り寄せておきましたし」

 言っていませんでしたっけ?と首を傾げながら聞いてくるが、そんな話は一切聞いていない。

「いや男女共同の寮は不味いと思うんですけど」

「大丈夫ですよ、私以外の女性は2階で皆さんの部屋にも鍵はついていますしプライバシーは守られますよ」

 そういう事ではない、単純に一つ屋根の下に1日だけであっても女子3、男子1なのは男子にとって喜ばしい事だが、喜ばしい事ではない。

「おーい、もう帰るぞー」

 刃菜子先輩が声をかけに戻ってくる、早雲さんと話している間に部屋を出ていったようだ、気づけば流氷さんも居ない。早雲さんが「わかりましたー」と答え帰る準備をしている。これはもう腹を括って帰ろうと決め、寮へ送迎してくれるのであろう車に乗り込んだ。

「…………」

 帰りの車は異様な程静かなものだった。刃菜子先輩は窓の外を見て、流氷さんはスマホを弄り、早雲さんは目を瞑って考え事をしているのか、どこか上の空という感じだった。本当に大事な事を考えていたら申し訳ないが、どうしても気になったのでちょいちょいと肩を叩き小声で彼女に問う。

「早雲さん寮があるっていうのはありがたいんですけど、夜ご飯はどうするんですか?寮母さん的な人が居るんでしょうか?」

 と聞くと彼女はそうだったと言わんばかりに。

「そうでした皆さん今日の夜ご飯は何がいいでしょう?」

「え?早雲さんが作るの?」

「はい、私が守人の皆さんのサポートという形で入るので雑用などは、全部私が受け持つ事になりました」

 それは大変だ、せめて専属の家政婦さんでも雇えないものなのだろうか守護省は、と考えていると刃菜子先輩が大きな声と目を輝かせ。

「ラーメンッ!せっかく旭川にいるんだし、本場のラーメン食べてみたいなー」

「じゃあ私もそれで」

「じゃあ俺もラーメンでいいかな」

「ラーメンですねわかりました、この時の為に磨いてきた料理の腕、お見せいたしましょう」

 ムフーっ、と少しテンションが上がっている早雲さんに「手伝いいりますか?」と小声で聞くも「大丈夫です、明日から激動の一日になると思うので休息に時間を当ててください」と言い返されてしまった。


 *


 この寮に帰ってくるのは初めての事ではないが、やはり違和感が拭いきれない、本当は紋別で父と母と弟と一緒に居たい、しかし守護省にこれから北海道がどれ程の苦境に陥っても家族の衣食住全てに置ける補助を出すという甘言は飲まざるをえなかった。靴を脱ぎ自分のスリッパを掴み足元に置き履く、代弁者の人、早雲さんだったか?彼女はすぐに調理場に行ってしまった、この状況でも前を向いて暗い顔を見せないよう心掛けている姿は尊敬にすら値する、車石先輩は寮に帰ってくるなりご飯の時間までゲームをすると言ってすぐに自室に行ってしまったが…、少しは早雲先輩を見習うべきなのでは?と思いこそするが口には出さずに居よう。

 私には今自室に戻ってやるような用事はない、食堂のテーブルで待っていると、青池瞬と言ったか、彼が私の二つ隣に座ってきた。

「何か用?」

「いや、用はないよ?段ボールが積み重なる、自室に居る理由もないからここに来たってだけ」

「そう」

 会話が終わる、ここの人達と仲良くなる気はない、私は早く守人としての任務をこなしてすぐに実家に帰りたい、その一心だったはずなのだが、なぜだろうか彼に少し興味が湧いた。

「ねえアナタ、青池君と言ったかしら?明日の任務についてどう思う?」

「どう思うって?」

「恐らく誰も生きていない場所に、わざわざ行くことについてどう思うかってこと」

「別になんの文句もないよ、一人でも生きている可能性があるなら俺は行けと言われれば行くよ」

 なにを言っているんだろうか?彼は善人ぶっているのか、はたまた偽善者なのか、理解できない。彼もあの亀裂の中の敵と戦ったはずだ、一つのミスで自分が死ぬという事も、自分が昏睡状態になっていた時点で理解しているはずだ、なのになぜ彼はそんな事を言えるのだろうか。

「理解できないわ」

 口に出す気のない言葉を口に出してしまった、まぁいいこれは本心であり紛れもなく事実だ、この世のどこに自分が好き好んで死地に向かおうとする者がいるのか。

 居たとしてもそれは自殺志願者か、あるいは大馬鹿者だ、などと心の中で言い訳をしていると彼の口が開く。

「そりゃあ、理解はできないだろうね」

 釈然としない回答が返ってきて思わず聞き返す。

「当たり前でしょ?自分から死にに、行きたがっているようなものよ?アナタのそれは」

「だってこんな事言うのは底なしの善人かよく思われたい偽善者だろうし、流氷さんはそういう人ではないでしょ?」

「アナタは自分の事を善人だと思っている訳?」

「いーや?俺は善人なんかじゃないよただ目の前で、救えるものは全て救いたいだけそうできる人を目の前で見て、自分もこうなりたいと思っただけだよ、実際にそうある事はできないだろうけど少しでも近づきたい、そう思っているからね」

 彼は憧れていると言っていた、誰に憧れていると言うのだろうか?命の恩人とでも言う様な人が彼にはいるという事だろうか、そんな事を考えている内に「できましたー」という明るい声が部屋に木霊する。まぁこんな事考えていても意味はないかと思い料理の配膳を手伝う為に調理場に向かう事にした。


 *


「いっただっきまぁーす!」

 元気の良い声が響き、勢い良く麺を―ズルルとすするる刃菜子先輩、それを早雲さんがマジマジと見つめている。

「うまぁーい!すごい旨いぞ理恵ぇ」

 それを聞き早雲さんは「お口にあったならなによりです」とぱぁーっと明るい笑みを顔一杯に浮かべ答える、実は彼女が自分の料理を誰かに振る舞うのは初めてなのではないだろうか?その位の初々しさだった。

「じゃあ、私もいただきます」

「いただきます…」

 流氷さんに続いて俺も麺を啜る、本当だ、本当に美味しい。ラーメンの事は対して詳しくはないが、間違いなく自分で作るインスタント麺と明らかな違いがあるのがわかる。

「おいしい」

 流氷さんも少し驚きを隠せずにいた。

「凄い美味しいです」

「ふふ、お粗末様です」

 笑顔を浮かべる早雲さん、こんなに笑顔な早雲さんを見るのは久しぶりな気がする。

「ごちそうさまでしたー」

 もう食べ終わったのか、刃菜子先輩が立ち上がり、流し場に自分の食器を置き食器棚からコップを出し、水を注ぎ飲みプハーと満足気な顔をさせ。

「次はお風呂だぁー」

 そう言って着替えを取りに行ったのか、すぐさま二階に上がる様を見て思わず口に出してしまう。

「あれじゃ本当に子供みたいだけど18歳なんだもんなぁ」

「確かにそうね、あのはしゃぎ方を見ていると小さいころの自分を思い出すわ」

「流氷さんにもああいう時期があったんだ、意外だね」

「なによ?文句ある?」

「いいじゃないですか、この状況を前にしても元気なのはとても凄い事ですよ」

 刃菜子先輩はお風呂と言って二階に行ったが各室にまさかお風呂があるのだろうかと気になったので早雲さんに確認をとる。

「早雲さん、お風呂は自室にあるんですか?」

「いえ、一階の大浴場があるので男子と女子で時間を分けて入浴する事になりますね」

 そうなのか、それじゃあこの様子じゃ自分の番は女性全員が終わるまで、暫く時間かかるだろうし、さっき自室に行った際に稽古場という文字が見えたのを思い出し、そこに向かうことにする。

「ごちそうさまでした。これは自分で洗わなくてもいいんですか?」

「はい、大丈夫ですよ、私がやっておきますので」

「私もごちそうさまでした、おいしかったです。」

「はい、お粗末様でした」

 そういい早雲さんは食器を洗いにかかり、流氷さんはその場で少し休んでいくようだ。

 稽古場とかかれた戸を開ける、そこには槍、巨大な大剣、銃、弓、二本一対の刀、そしてこれはなんだろうかトゲトゲが付いたボールに鎖が付いているどこかで見た事はあるが名前が全く思い出せない。

 しかしこの余りに実践向けとは言いずらい歪な武器の数々、恐らくこれは守人の武器なのであろう、そしてこれを使って自分を磨けよという守護省のありがたい心遣いなのだろう、試しに自分が使うべきであろう刀を取り鞘から抜くと、成程重さはなるべく近くしているが木刀のようだった、ならばここにある武器の殺傷能力は限りなく抑えられているのだろう。そもそも銃なんて万が一にでも事故が起きてしまえば、人死にが出てしまうだろうし当たり前か。

「明日に向けて訓練でもするの?真面目ね」

 流氷さんが戸を開けこちらを見ていた。

「違うよ、お風呂の時間まで暇だから少し探索を、ね」

「あら、そうなのアナタの事だから何があるかわからないからには万全を期すべきだ、なんてご高説を垂れるのかと思っていたわ」

「俺がそんな風に見えているの?もっと面倒くさがりのダメ人間だよ、俺は。でもそうだなぁ、確かにそれも暇つぶしにはなるか…、手伝ってくれる?」

「はぁ?なんで私が手伝わないといけない訳?」

 心底面倒くさそうに答える流氷さん。

「いいじゃない、別に減るもんでもないし明日からは背中を預ける事に仲だろう?仲間との動きを合わせられるいい機会かもよ?」

「それはそうかもね、でも遠慮しておくわ」

 そう言い残し彼女は稽古場を後にする。

「言い忘れていたわ、一人で稽古するならその奥に勝手に相手をしてくれる便利な人形さんが居る部屋があるから、それでも使えばいいんじゃないかしら?」

 それだけ伝え今度こそ彼女は、稽古場を後にする。

「人形さんって…、でもありがとうね、教えてくれて」

 もう聞こえていないだろうが一応礼を言いシミュレーション室と書かれた戸を開けると、そこにはいかにも起動したら動いてこちらに攻撃しようとしてくるであろう、正しく人の形をした木刀を持つ絡繰り、まさしく人形が置いてあった。

「よし、やるかぁー」

 木刀を鞘から抜き、ここに立ってくださいと言わんばかりの場所に立つと、カウントダウンが始まりこちらも今一度構える。

 カウントダウンが0になった瞬間、人形はすさまじいスピードで直線的に突っ込んでくる。余りの速さに驚き、最初はいなすつもりであったが、この速さでは剣を当て防御に集中するので精一杯だった。

「あっぶな」

 なんども、なんども攻撃を自分に当たらないように攻撃を弾く、こちらは二刀、あちらは一刀という事もあり、手数で負ける事はない。次第に目が慣れて来たのか、それとも相手の動きが単調なのか少しずつ、本当に少しずつではあるが、反撃の機会をうかがえるえるくらいには余裕が出てきた。

 次の攻撃をいなして、背後に回り込み攻撃を当てるイメージを浮かべる。

「甘い!」

 攻撃が左方向からくる、それを右手の刀でいなしつつ相手の左脇腹に一撃を入れる。

 すると人形は木刀の攻撃を気にもかけず、人間には無理な挙動で左手目掛け一太刀浴びせにかかる、俺はそれを必死に防御しようとするが、時すでに遅く、左手に持っていた木刀は宙を舞い、頭に重い一撃を浴びせられる。

「痛ってええええええ」

 そんな一人の男の叫びが寮に木霊した。

 しばらく悶絶していると、パタパタという足音が聞こえてくる、誰だろうか?流氷さんが助けに来てくれたのだろうか?。

「凄い声が聞こえましたけど大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃないです」

 その場にぐったり倒れながら、早雲さんに助けを求める。

「一体なんでシミュレーション室でこんな事に、あっ」

 早雲さんは何かに気づいたらしい。

「瞬君、ちゃんと天成しました?」

「いや、してないですけど」

 はぁーっと思い切りため息を吐かれ、「いいですか?」と前置きをしこのシミュレーション室での基礎知識を教えてくれる。曰くこのシミュレーション室での戦闘は、天成つまりは守人の力を使って戦う事を前提として作られていて、普通の人間程度の力では勝てないようになっているらしい。

 ちょっと待て、でも流氷さんはそんな説明していない、まさかこれは一本取られたという事だろうか?

「なに騒いでいるの?」

 そこに流氷さんが来たので、今起こった凡その事情を説明をする、一体どういう事なんだと、そんな話は一切聞いていないぞと、しかし返ってきた返答は俺を論破させるには、強すぎた。

「馬鹿じゃないの?守人のシミュレーションなんだから少し考えたらわかるでしょ」

 至極正論ごもっともで反論の余地もない。そもそも天成なんて言うのは先ほど早雲さんに言われるまで忘れていた位だった、今一度自分が守人であるという事を再認識して長いようで短い一日が終わるのであった。

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