第71話

 翌朝、ホテルモーニング食べながら考えてた。

 しばらくぶりに迷宮都市の自宅に戻ろうかな、なんて。


〈箱庭〉スキルを得た当初はこれを転移扉に使えると予想してなかったんで自宅の中からスタートしたんだけど、入街情報の管理とか気にしてたら家に帰れないんだよね。

 そもそも、アルファさんが自宅と箱庭宮殿を行き来できるように〈箱庭扉〉を出しっぱなしにしておいたのが始まりだから。


 入街システム、人の動きの管理とかそこまで厳しくないと信じて、入街処理はしばらく無視してみようと思う。

 ちゃんと厳しいならすぐに警告されるだろうし、重大犯罪で国際手配でもされなければ一人に対してそこまで徹底的に精査はされないだろうと希望的観測。

 下手すりゃ帝国との戦争を引き起こした戦犯にされる可能性も否定できないが。


 なにかに引っかかって叱られるまでは好き勝手やってみるかな、と。

 アルファさんも『俺の付き人』扱いでちゃんと入街処理やってないし、たぶん大丈夫。




 俺みたいにメイドさん控えさせている客が何組かいて、アルファさんが目立たなくてそこだけは高得点。


 座ってる俺の頭の上を鋭い視線が飛び交っている。

 メイド同士、自分自身やご主人様の『格』でマウント合戦でもしているのだろうか。

 俺を含む、メイド連れとは思えないような冴えないご主人様たちを巻き込まない配慮はさすがといったところ。


『何か』に勝ったアルファさんご満悦だ。俺はなんだか胃が痛いよ。

 正直、朝食の味がわからなかった。





 ホテルの近くは結構にぎやかなので、昨晩の食事がおいしかった宿の近くに行ってみることにする。


 朝の早い時間、大通り沿いや冒険者ギルド近くの熱気とは違う、生活に即した人たちの活気が心地いい。

 路地裏に入ればさすがに人の気配が無くなるのでこの辺から帰ることにする。




 ひさしぶりの我が家だ。


 ちょっと胸が熱くなるけど、空気が入れ替わる、人の気配・生活感が戻る前に出かけることに。


 料理の作り置きとかは用事が終わってからにしよう。

 用事とは言っても約束は無い、一応の顔見せと状況確認だ。


 アルファさんにこの家と箱庭宮殿の掃除とか空気の入れ替えでも頼んでおく。





 冒険者ギルドは混んでる時間だから、まずはゴヨウ薬師の店へ。



「こんばんにゃ~」


「朝だよ」


 これ。

 この呼吸。



「売れてる?」


「順調さね」



 売り上げはまとめてくれているようで、店の奥から硬貨袋と明細を持ってきてくれる。


 売れた分のポーションを補充、ついでに『疲労回復』ポーションを下級から上級、特級までふだんの倍量を追加で納品する。



「これは?」


「たぶん王都方面で忙しくなるだろうから。売れますよ」


「何かあったのかい?」


「ある、かもしれないと。そのへんはまだ未定で秘密。


 そうそう、素材の納品とか何かあります?

 大陸方面とか全世界規模に伝手ができまして、珍しいもの手に入りますよ。


 森の魔女さんも大喜びでクルクルまわってました」



「まあ、そう言われてもすぐにはねえ・・・。

 冒険者ギルドに常設で出してるのはこのへんかしら」


『迷宮』を含め、近場で採取できるものは在庫があれば放出する。



「あるだけ出してくれる気持ちはありがたいんだけどねえ。

 時間遅延の空間収納とか持ってないから下手したらすぐ捨てることになっちゃうのよ」






「おはようございます」


 カランカランと、ドアベルが鳴る音に知った声が重なる。



「いらっしゃい」

「ティーキーじゃん」


「・・・ユージ?」



「おひさー。体調はどう?」


「お礼ぐらい言わせてよ。ほんとありがとう。

 もうバッチリ本調子かな。


 あのとき上級ポーションがなかったらまだベッドの上で苦しんでたとか、後遺症が残ってたとか・・・、聞いてる・・・から・・・」


 突然、店内を襲う湿っぽい空気。

 起こった瞬間にわかる、わかりやすく予想通りの展開。


 逃げ出したい。が、逃げるわけにはいかないか。



「いい店でしょ」


 強引に話を変えてみる。ティーキーが伏せていた顔を上げる。


「あの・・・相談があるんだけど・・・」



 話を聞くと、また『獄落ごくらくダンジョン』40層を目指すらしい。

 今回は指定ドロップアイテムの確保は無く、単独パーティーでボス撃破からの転移門による帰還で達成らしい。



「まあ妥当だよね。

 40層まで行ければパーティーでA級名乗っていいんじゃない?」



 A級昇級審査、冒険者ギルドからの査定だけなので実入りはドロップアイテム売却益しかない。


 そもそもオジールについていく気は全く無いが。

 頭を下げれば考える。が、追放したことを水に流してもパーティーに戻ることはない。

 そして謝らせない。謝るタイミングは作らない。


 臨時パーティーとしてスポット参戦ぐらいは入ってもいいけど、今のこっちの事情がけっこうタイヘンだからねえ。



 アドバイスとして安易に片道何日で見積もり出さずに、歩いて帰ってくるつもりで食料や雑貨を用意すること、怪我や状態異常だけじゃなく平時のコンディションに気を配る、底上げするバフポーションの重要性も強く推しておいた。


「これは?」


「みなさんに大人気の『戦闘糧食レーション』ですよ。

 1箱50食で大銀貨1枚、今回は特別にサービスしてあげる」


 ペラペラのオタリュックから箱入りの『戦闘糧食レーション』を出して渡す。



「騙されたと思って、朝晩これだけで3日続けてみてください。

 体調の変化に驚きます」


「なによ突然その変な口調」


「疲労回復とか気力の底上げとかポーション乱用してると体調崩すからね。

 せめて食事だけでも気を使うことができればいいな、と。


 体調が整えば肌艶も髪も理想のコンディションになるから」




 ついでに缶入りの飴もプレゼント。


「開け方はわかる?」


 丸いフタをこじ開けて飴をふたつ取り出し、ひとつ渡す。


「あ、ありがと」


「これぐらいなら荷物にならないだろうから、予備の携帯食として持って行き。

『光の覇道』パーティー、火力はあるから問題になるのは道中だけだろうし。

 今度は40層まで行けるようにお祈りしておくよ。」


 飴を口に入れる。

 中学高校で缶入りをわざわざ買った記憶も無い、十何年ぶりの懐かしい味。

 昔はあんまり好きじゃなかった真っ白なハッカ味が欲しくなる。自分用にもう1缶開けようか。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ポーターが戦闘できないって誰が言った!? 健康中毒 @horiate1d2

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ