外伝 2021年8月27日の夜


おれの誕生日は基本前日に祝われる。たまたま「その日」がある年は嬉しくて、父さんと母さんもお祝いしてくれたっけ。ああ、懐かしい。あのころはまだ、おれは生まれてきたことを祝われる人間だった。


「そういう一之瀬は誕生日いつなんだ」

「え」

誕生日を聞かれたのなんていつぶりだろうか。机を挟んでケーキを食べている男の顔をまじまじと見てしまう。―――――恭さんは、いつもと変わらない整った、真面目そうな顔立ちのままごくりとケーキを飲み込んだ。思わずええと、なんて言ってしまう。

「に、二月の…………二十九日」

「へえ………珍しいな。閏日か」

「うん」

「覚えとく」

ふ、と微笑んだその表情に、思わず「え」と間抜けな声が出た。恭さんは不思議そうな顔をして「なんだそのリアクション」なんて言う。

「いや……………」

「当たり前だろ、祝わせてくれよ」


このひとは。おれが生まれたことを、祝ってくれる人なのか。


おれと違って恭さんはきっと、祝われて当たり前の人生を送ってきたのだ。だからきっと、人を祝うことも当たり前だと思っているだけ。それは、優しすぎやしないだろうか。おれなんかの生を言祝いでくれるだなんて――――――

「で、一之瀬はなんのケーキが好きなんだ?」

「………………モンブラン」

「わかった。二月までちゃんと覚えとくよ」

二月。あと半年ちょいの未来を、彼は約束してくれた。………誕生日が楽しみだなんて、いつぶりの感覚だろう。胸がじわじわと熱くなる感覚が、どうにもむずがゆかった。


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千夜一夜告解語 缶津メメ @mikandume3

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