外伝 2021年8月27日
「ん」
一之瀬から白い箱を渡された、というより胸に押し付けられた。恐る恐る箱に手をやれば、薄い壁越しにひんやりとした触感を感じる。薄い箱、冷たいもの、そして今日という日付。すぐに思い当たり、箱の中身を当てる。
「ケーキ、か?」
「せーかい。つか、早く言えよ。そういうのは…………」
一之瀬にしては珍しく、ぶつくさと不機嫌そうに呟いている。その姿と声がなんだか意外で、俺は申し訳ないと思いつつも少しだけ笑った。一之瀬はサングラスの向こうで俺を睨んだ―――――ような気がする。彼は息を吐いて頭を掻き、あー、とかうー、とか言葉にならない鳴き声を上げた。
「…………知らないまま終わるとこだったじゃん」
「悪いな。この年になるとあんまり誕生日に頓着しなくなるというか、なんというか」
「…………でもおれは、恭さんになんかあげたかったよ」
恭さんの好きなものあんまり知らねえけど、と続ける姿がなんだか愛らしい。胸にこみ上げてくる嬉しさだとか、くすぐったさだとか。そういうものでいっぱいになって、思わず彼の頭を撫でてしまった。
「わっ、なんだよ。子ども扱いすんなよ」
「はは、悪い悪い。ちょっと実家の弟を思い出して」
「どっちかっつーと犬とか猫だろこの手つきは…………」
そんなことを言いつつも一之瀬は俺にされるがままだった。一之瀬、と名を呼ぶ。
「ありがとうな」
「……………どういたしまして」
この声色は多分照れている。彼にはストレートに伝えた方がいいことを、少し前に知った。
「来年、待ってろよ。恭さんが絶対喜ぶもんプレゼントしてやるから」
「楽しみだ」
ひとつぶんにしては重いケーキの箱を片手に、うちで一緒に食うか、と誘う。待ってました、なんて言いながら機嫌よく並び歩く。
彼と出会ってもうすぐで一か月半、夏の終わりが目の前に迫っていた。
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