後編🟣天樹院の述懐





 夏の果ての空を映す雨上がりの池に、鴨が三羽、仲よく身を寄せ合っております。

 おそらくは父と母と子の家族……でも、わたくしは別の絵を重ねてみたいのです。




 ――母親とふたりの娘たち。ヾ(@⌒ー⌒@)ノ




 わたくし千姫、義理の娘と想う月姫、長女の勝姫、運命に導かれた三人の女たち。

 頼りない両翼に庇護して来た娘たちに、いまは逆にいたわられておりますが……。


 年齢差は、わたくし千姫と月姫は十六歳、月姫と勝姫は九歳ちがいでございます。

 あらためて並べてみますと、年ごろからしても、じつの母子と寸分変わりなくて。


 月姫は勝姫を妹よと可愛がり、勝姫は月姫を姉と慕う、そんな感じでございます。

 たくさんの人たちとお別れして来たわたくしの、大切なふたつの珠でございます。




      👘




 木立の向こうの入道雲の形が危うくなり始めました。🌳

 鰯雲にかわる日もそう遠くなさそうでございますね。⛅


 この世のものは何ひとつそのままということはなく、いつも少しずつ動いていて。

 そう思うと儚さが身に染みるようでございますが、だからこそよいのでしょうね。


 豊臣贔屓の上方で、いまだに悪口雑言の限りを尽くされるわたくしでございます。

 少し大仰に申さば生き地獄さながらの歳月が延々につづけば……恐ろし過ぎます。


 とは申せ、女の宿業を一身に負ったあと、さっぱりと世を捨てた身でございます。

 多少は拙尼がお役に立つのであるならば、何なりとお話させていただきましょう。


 お腰の矢立やたてを取り出される前に、ささ、まずは一服いかがでございましょうか。

 じつはわたくし、千利休さまをお慕い申し上げておりますのよ、ふふふふ。(笑)




      🍵




 まあ、そう畏まられずに……たかがひとりの女人でございますから、わたくしも。

 上さま(三代将軍家光)の姉と申しても、徳川家の発祥からしてご承知のとおり。


 さほどまで驚かれる理由は、なぜそのことを存じているのか、でございますか? 

 人の口には戸が立たぬと申しますが、わたくしのような立場の者にはことさらに。


 二代将軍の長女として生まれたそのときから、幼い耳にいろいろ告げられました。

 大坂城へ嫁いでからも、桑名を経て姫路へ再嫁したときも、陰口というかたちで。


 虐げられた者の嫉妬や恨みは、聞えよがしという方法で弱い者に向けられました。

 ですから、源氏を名乗る徳川の系図はニセモノであること、よく存じております。


 大器と評判のお祖父さま(家康)の器、そういう意味では案外ちっぽけだったと。

 だって家系図の脚色など、ご自身の劣等感の証のようなものではございませんか。


 着の身着のままで三河へ流れ着いた漂浪の僧体……それが徳川の始まりなのです。

 なぜそれを隠そうとなさったのか、むしろ成り上がりを誇りとなさるべきなのに。


 貧乏坊主が祖では天下人の威厳が保てぬとお考えだったのならば、それは大誤り。

 正直であられましたなら、東照大権現などと呼ばせる滑稽を避けられましたのに。




      🏯




 あら、わたくしとしたことがついおしゃべりが過ぎまして、ご無礼いたしました。

 相当な辛口に驚かれましたでしょう、人間観察眼ばかりが妙に発達いたしまして。


 この調子で長生きすれば、さぞや口うるさい老婆になるやも知れませぬ。(笑)

 それではゆるゆると母とふたりの娘たちの昔語りなどお聞かせいたしましょうか。


 


      ☘️




 先ほどの話はさておき(笑)、三河松平家は代々が熱心な浄土宗でございまして、お祖父さまも一向一揆への対応に相当なご苦労をなさったやに伝え聞いております。


 念仏三昧の浄土宗をさらにストイックに(現代のみなさまに親しんでいただけますよう拙話ではカタカナ語も使用いたします)に突き詰めたのが一向衆(浄土真宗)。


 ですので、「現世の主従の縁は一世限りだが、弥陀の本願は永劫」として簡単には指示を聞いてもらえません。弱冠二十歳の領主には味方が敵に映ったかと存じます。


 家臣それぞれ一家言を持つ三河の風土の仕置きと内紛鎮圧に何年も堪えた経験が、のち戦闘で立てた「欣求浄土ごんぐじょうど」「厭離穢土おんりえど」の二本柱につながったのでございます。


 徳川の未来を期する晩年の大仕事として大坂攻めを決行したお祖父さまが一方で「南無阿弥陀仏」を紙に書き連ねる仏行を積んでいらしたこともご存じですわね。




      🏺




 はい? あらためて直系の孫としての目から見た人間徳川家康でございますか?

 二代将軍の初子を目に入れても痛くないほど可愛がってくださった好々爺の祖父。


 やがて滅ぼすつもりの大坂城の豊臣秀頼に、わずか七歳の孫娘を嫁がせた冷血漢。

 その孫娘が命を賭けた約束の言を左右にし、二度目の政略結婚の具に供したこと。

 

 いずれも真実ではございますが、照誉了学師のお導きにより、すべては宿業ゆえと悟ったいまは、おじいさまはおじいさまなりに精いっぱいでいらしたのだとも……。


 とはいえ、あなたさまが今回とくにご所望の義理の娘・月姫(天秀尼)についてはあまりにも酷くて不憫でならず、やはり宿縁を恨まずにいられないのでございます。




      🖊️



 さて、ここからが本番ではございますが、この調子でとりとめもなく語るよりは、『野可勢の笛――松平忠輝と姫たち』をご参考に、如何様にもお書きくださいませ。https://kakuyomu.jp/works/1177354054894146868  では、ご無礼申し上げます。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

豊臣さいごの姫 🎠 上月くるを @kurutan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ