#13 授業と、行事と
朝、小鳥の囀る声に反応して目が覚める。時計は早朝六時を指していた、目覚めるにはピッタリの時間だろう。
この学園の授業開始時刻は八時からと比較的早く、朝食を取ったり着替えたりとすることを考えれば丁度いい時間なのだ。
「今日から授業開始だし、教科書とか忘れないようにしないと……」
昨日眠る前にバックの中は確認したのだが、見落としがあるのは怖い。よく仕事に行く前もこんな感じで準備していたっけ。
「筆記用具に、メモ帳と教科書……よし! 問題なしだ」
確認を済ませ、制服に着替える。学園の制服はブレザーのようになっていて、僕ら男性はネクタイで女性はリボンの着用と堅苦しい制服の規定まである。
学生の醍醐味と言えばそうなのだろうが、些か準備に手間がかかる。
「よしよし、完璧だ。後は学校に行くだけかな」
準備をしていると時刻は七時近くを指していた。
◇
食堂で朝食を頂いてからでもいいのだが、朝の時間は一斉に混んでいた。ここは売店でパン等を購入した方が賢い選択だろう。
「えっと、売店は学園の一階で……」
案内図を見ながら学園を徘徊している最中、肩をポンと叩かれる。振り向くと長い髭を蓄えた初老の男性が立っていた、学園の教員だろうか?
「ほっほっ、何か探しているのかな?新入生君」
「売店を探していて……」
「そうかそうか、ワタシも丁度行くところだったんだ。一緒に行かないかい?」
地図を見ても迷うような学園だ、案内をしてくれるというなら乗らない手はない。僕は頷き、彼の後ろへ続いた。
「して、君の名前は?」
「トモキです。トモキ・ツワブキです。貴方は?」
「ワタシは『マーリン・スターチス』、この学園で歴史や種族学の講師をしている。よろしくね、トモキ君」
マーリンと名乗る教員はこちらに軽く会釈した。僕も返すように頭を下げる。歴史は分かるのだが種族についての授業もあるのか、僕らの世界で言うところの生物の科目に当てはまったりするのだろうか?
「ちなみに今日の一限目、Sクラスである君たちに種族学の授業をしに行くからね」
「そうなんですか!お手柔らかに……」
それを聞いたマーリンは面白そうに笑った。言い方が面白かったのか、たまたま彼のツボだったのか。
「いや、すまない。悪気があった訳じゃないんだよ、忘れてくれ」
そうこう話している間に目の前に売店らしき場所に辿り着いた。
「今の時間から少し遅れると、遅刻間際の生徒が雪崩のように押し寄せる。気をつけてね」
「は、はい。ありがとうございます、スターチス先生」
「マーリンで構わないよ、じゃ一限目にまた会おうね」
マーリンはそう言ってその場を後にした。何か用があったのではないかと聞こうと思ったが、僕に気を遣わせないと配慮してくれただけだろう。
売店で朝食を購入し、教室で食べるとしよう。
◇
「トモキ早すぎだろ。何時起きだよ」
時計の時刻が八時間際になり、リョウタが教室に入ってきた。後ろには制服が未だに着れていないフクシアと綺麗に着こなすフランが立っていた、この状況が正反対すぎて笑いそうになるがグッと堪える。
「六時くらいだよ、リョウタ君は?」
「さっき。コイツはフランが起こさなかったら寝坊してたな」
「トモキさん、私の事を起こしてもよくないですか!? あ、サンドイッチだ。いただきます!」
フクシアは僕が残していたサンドイッチを一口で頬張ると満足そうな笑みを浮かべながらじたばたしている。人の物を躊躇なく食べるのを注意するべきか否か。
それにしてもフランは恐らくもっと早くからリョウタを待っていると分かるが、この二人はギリギリまで寝ていたようだ。
思えばリョウタは前世でも遅刻間際に登校する常習犯の一人だった。これは僕が彼らを起こさないといけないのかもしれない。
「おい、午前のホームルーム始めるぞ。トルマリン、早く席に座れ。リョウタもネクタイ締めろ、反省文書かせるぞ」
「めんどくせぇ親父だな。フクシアちゃんも座っときなよ」
リョウタは渋々と言った顔でネクタイを結ぶ。こちらの世界でも反省文という存在があるのは衝撃だ、あれほど書くのが嫌なものは中々ないだろう。
「よし、後の生徒は身だしなみは百点だな。今朝方に急遽決まった事がある、これを見ながら話を聞いてくれ」
そう言って列の先頭にプリントを配る。こうやって後ろにプリントを回すのは余りにも久しぶりすぎて、少し感動してしまうものがある。
「本来であれば来月に控えていたクラス対抗戦だが、『学園長』と『ギルドマスター』の意向により急遽来週に行われることになった」
クラス内で困惑の声が響く。それも当然、一ヶ月も前倒しで行事が決行されるのは異例だろう。教員として働いていたこともあるから分かる。
「クラス対抗戦については、午後のホームルームにて詳しく説明するが簡潔に説明するなら『実戦形式の全クラス合同訓練』だ。以上、午前のホームルーム終わり! 諸君、本日も勤勉に頑張ってくれたまえ」
ゼノはそう言って教室を去った。ホームルームがあまりにも雑すぎることは一旦ここは置いておく、あまりにも異例すぎる事態だ。
クラス中から不安そうな声が聞こえる、だがある意味チャンスかもしれない。それをリョウタに伝えようとした時。
「皆! 慌てる必要なんてない、僕らは選ばれしSクラスの生徒なんだから!」
突如として教壇に立った一人の生徒。茶髪で優雅そうな立ち住まい、明らかに僕とは違う育ちの良さを感じる。
「誰だよ、お前は」
沈黙を続けていたクラスで最初の口火を開いたのはリョウタだ。それを聞いた彼は嬉しそうに高笑いをした。
「僕は『アポロニア・タンジー』。Sクラスでは八位だが、魔法についてはクラスで一番だという自信はある」
それを聞いたリョウタは僕の方をチラッと見て鼻で笑う。笑っちゃいけないんだろうけど、思わず苦笑いが出てしまった。
フクシアも突然僕の隣に移動し、耳打ちして補足してくれた。
「彼はタンジー家……簡単に言えば貴族の長男です。私も幼い頃から交流があるんですよ、悪い人ではないんですけどね」
「ま、まぁ個性的でいいんじゃないかな?」
フクシアも苦々しく笑みを浮かべて席に戻る。なんとも言えないキャラクターだ、アポロニアという彼は。
「クラス対抗戦、僕が先導して君たちを勝利に連れて行く! 必ず約束しよう」
自信が無いよりは、満ち溢れてるくらいが丁度いいのかもしれないのだが。隣のリョウタも呆れを通り越してもはや関心している顔をしている。
クラス中がどよめく声が上がる最中、教室を静まらせたのは扉を開く音だった。
「おや、何やら揉め事かな?トモキ君も朝方ぶりだね」
「マーリン先生、おはようございます」
僕が会釈をすると彼はニコリと笑みを浮かべる。そして教壇に立っていたアポロニアに座るよう促す。
「では、クラス対抗戦についてはゼノ先生からの説明があった後にまたしよう!」
「おやおや、クラス対抗戦なら皆の気持ちを一丸にならないとねぇ。ひとまず、頑張ってね」
マーリンはアポロニアを試すように見つめ、教卓に教科書類を置いて椅子に腰掛けた。
今のまま彼が一人で突き抜けたとしても、誰からも支持は得られないという彼なりのアドバイスなのかもしれない。
「よっこいしょ。この歳にもなると立っているのがキツくてね、座りながら授業をさせてもらうよ。今日は『種族学』をやるよ、とは言っても最初の授業だ。軽く導入をしようか」
そう言って教科書ではなく、チョークを手に取り四角の図形を書き出す。
「この世界にはどんな種族が生活しているか、知っているかな?」
マーリンの問いかけにクラスは一瞬静寂になるが、後ろに座る女子生徒が手を挙げる。嬉しそうにマーリンは頷き、彼女に発言を促した。
「えっと、『人間族』『妖精族』『龍族』『魔族』の四つの種族です!」
「うんうん、正解だよ。その種族は外見的な特徴も違うよね、答えられるかな?」
そしてまた別の男子生徒が挙手、マーリンもその彼に答えさせる。
「『人間族は特徴が少ないです』。『妖精族は耳が長く』、『龍族は手足に鱗と背中に龍紋という痣』があります。でも魔族は獣ような外見をしている、です」
「よく知っていたね。流石はSクラスの諸君だ、この世界にはその四つの種族が暮らしている」
図形に各種族の名前が書き加えられる。言われてみるまで気に止めなかったが、魔族以外は外見的な特徴が酷似しているのか。
だが、魔族とは言え吸血鬼のライザなんかも人間族とほぼ同じだ。この違いというのは考えれば考えるほど謎が深い。
「では何故外見が酷似しているのか、私が提唱しているのは『人間族から進化し、今ある四つに分裂した』。というものなんだ、種族間の進化過程について学ぶのがこの科目だよ」
◇
「お、終わった……一日結構長いな」
一限目の種族学を皮切りに複数の科目、合わせて四時限を終わらせる。中には数学や言語学と言った僕らの世界にもあるような科目も、全て終わりを告げた。
クラスを見渡せば、涼しい顔をして終えている者もいれば死にそうな顔をしている者もいる。
「く、くそ……書き写すっていうのがこんなにも辛いなんて」
まぁ後者は隣に座るリョウタなのだが。授業の内容自体についていけてない訳ではないだろうが、ノートに書くというのが苦手なようだ。
彼に声をかけるより早く、午後のホームルームを始めるためゼノが今朝ぶりに教室へと戻ってきた。
「よし、午後のホームルーム始めるぞ。リョウタは何やってんだ?」
「なんでもねーよ。早くやれよ」
「全く口が悪いな、お前は。まぁいい」
リョウタに小言をはきながらゼノは黒板に大きく『クラス対抗戦』の文字を書き記した。
「これより『クラス対抗戦』の詳細を告知する!」
異世界に転生した『元』三十路教師。魔術の天才に生まれ変わって学園生活を満喫しながら、ついでに世界まで救っちゃうって本当ですか!? 雪國真白 @maitake551
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