#12 入学式と、クラス
入学式が始まった、だが拍子抜けするほどに普通だ。それは前の世界と大差ない進行で行われている。会場は学園内にある『多目的ホール』、様々な行事に使われるそうだが、大きさが半端ではない。
「それにしても、起こすべきか否か」
悩みの種は隣に座るリョウタがあまりに退屈なのか、何度も欠伸をしては居眠りをする繰り返し。自分の父親が教師を務めているのに、肝が太いというかなんと言うか。だがここは、腹を括ってリョウタを起こそうと肘でつつく。
「ねぇリョウタ君、起きた方がいいんじゃないの?」
「……逆にトモキは良く起きてられるな。こんなの飽き飽きしたぜ」
小さい声で話しかけると同程度の声量ですぐに返事が返ってくる。完全に寝ていたわけではないようだ。
「一生のうちに何度もやる式でもないんだからさ、起きてようよ。それに、君のお父さんも睨んでるし」
「めんどくせぇな……って吸血鬼の先生は爆睡してるじゃねぇかよ」
リョウタが顎で指す方向。そこには大きく足と腕を組んだライザが、耳をすませば聞こえる程度の寝息を立てながら眠りこけていた。
以前も思っていたが、あの先生は本当に先生として大丈夫なのだろうか。周りの教員や生徒の視線を一切気に止めない精神面は見習う所だろうが、マイペースにも程と言うものがある。
「次は新入生挨拶。代表Aクラス『ココ・β=シェアト』」
「はい」
龍族の少女が壇上へと登る。桃色のポニーテールと少し眠たげな、というより憂鬱そうな瞳が面倒事を押し付けられた感じが滲み出ている。
「えーと……私たちのために今日この日、素晴らしい入学式を執り行って貰い、とても嬉しく思います」
少女は無表情で淡々と、抑揚のない一定のトーンで代表としての挨拶をしている。ちょっとした不気味さも感じられるが、どこか彼女の表情には惹き付けられるものがあるようにも感じた。
「以上で、新入生の挨拶とさせて頂きます」
締めの挨拶と同時に大きな拍手が鳴り響く、隣でリョウタも渋々と言った顔ではあるが手を叩いている。
「彼女、凄い変わってるね」
「もはや変人ってレベルだな。この学園とか、あんな奴が有象無象でいんだろ」
「……僕らも人のこと言えないんだけどね」
そう呟いた僕に対してリョウタも鼻で笑いながらも肯定した。他の世界からやってきました、なんて話は僕ら以外からすれば嘲笑されて終わるだろう。
「これを持ちまして、入学式を閉式致します。来賓の皆様には――」
司会者からその言葉が出ると同時に思わず大きく身体を伸ばしてしまう。やはり長時間同じ体制を取り続けるのは若い身体とは言え、とてつもなく辛いものがある。
「やっと終わったな。次は確かクラスで何かあるんだっけ?」
「そうだね、移動しようか……ところでフクシアちゃんってずっと寝てた?」
リョウタの隣に隠れて見えてなかったが、ライザに負けず劣らずと言わんばかりの格好で小さな寝息を立てながら眠りについていた。周りの生徒も半ば引き気味で彼女を見ている。
「……入学式始まって数分でコイツは寝たぞ。俺よりも遥かに肝が座ってやがる」
「あはは、ある意味そうかもね。ほらフクシアちゃん起きて起きて」
「ほわっ!? ……あ、終わりましたか?」
終わったよと彼女に告げると一つ大きな欠伸をして立ち上がり背伸びをする。そして隣に座るフランの手を掴みながらこちらに声をかけた。
「それじゃ、私たちもクラスに向かいましょう! フランちゃんも一緒に行こう!」
「ちょっとフクシアさん、待ってください!」
周りにいる他クラスの生徒を掻き分けてフランと共にフクシアは先に立ち去った。僕らもそろそろホールを後にするべきだろう。
◇
Sクラスの教室に入り席に着く。このクラスの席順はどうやら順位によって変わるらしく、僕は一位のため一番右上の席。僕の隣に二位であるリョウタ、そして三位のフクシアと四位のフランと連番だ。
どうやらクラスメイトの多くが既に着席しているようで、僕も急いで自分の席へと向った。
「お前三位だったのか。意外だな」
「失礼ですよそれ! 私も結構やる時やるんですよ!」
自分の席に着くと、隣に座るリョウタが肘をつきながらフクシアに意地悪をしている最中だった。
「まぁまぁ、落ち着いてよ二人とも」
フクシアとリョウタの問答にクラスの空気が静まり返るのを感じた。これは明らかに浮いている証拠だ、当の本人たちは意に返していないようだが。
そんなやり取りをしていると教室の扉が大きく開かれ、試験会場で見た教員が入ってくる。
「リョウタ、何やってるんだ。友達が出来たのがそんなに嬉しいのか?」
そう、リョウタの父親であるゼノ=モルガナイトだ。どうやらかなり想定外だったのかリョウタは驚きのあまり身体が固まっている。
「お、親父!? 普通は担任できねぇだろ」
「上層部と揉めたがライザの助力もあってな。吸血鬼の手を借りたくなかったが、お陰で担任になれたんだよ。Sクラス諸君、よろしく頼むよ」
ゼノは軽く挨拶すると、教壇に立つ。こう見ると立ち姿や髪色なんかは確かにリョウタとそっくりだ、やはり転生してるとは言え子は親に似てくるのだろう。
「まず最初に、私は君たちの事を詳しく知らない。ひとまずここで自己紹介として名前と軽くでいいから魔法も見せてくれ。リョウタは結構だ、よく知ってるし教室を破壊されてもたまらん」
「一言多いんだよ親父」
それを聞いたゼノは何度か頷くと指示棒を僕に向けて立つように促した。この調子だと順位通りで自己紹介をするのだろう、イマイチこういうのには不慣れだ。
「じゃあ、トモキから自己紹介をしてもらう」
僕を指さしながら手招きをするゼノに従い、教壇へと向かう。
「えっと、トモキ・ツワブキです。魔術は水元素とか使えます」
そうやって手から水を発生させる。だがゼノは不服そうな顔で指示棒で僕の頭小突いた。
「違う違う。君はそれじゃないし、なんなら元素は全部使えるんでしょ? 君の本気を見せてよ」
試すようにこちらに眼差しを向ける。リョウタには悪いが意地の悪い教員だ、流石は魔力をインクに変換するというペンを開発しただけはある。
「……『
クラス中からどよめく声で溢れる。存在を知っているフクシアは嬉しそうに拍手をした、リョウタも当たり前だろと言わん顔でこちらを見ている。
「そうそう、君はコレだよ。流石はオズワルド・ツワブキの愛息子だ」
「どうも。
そう言って軽く僕に向かって拍手を送る。それと同時にクラスからまばらではあるが、手を叩く音が鳴り響いた。
さて、僕が終わったということはリョウタを飛ばして次はフクシアだ。勢いよくフクシアは立ち上がり、軽い足取りで前へと歩いていく。
「私フクシア=トルマリンです! 魔法は光と風元素を複合したオリジナルなんですよ、ちょっと使いますね」
彼女はそう言って彼女は実技試験で見た単語帳を取り出し、一枚引きちぎって机の上に貼り付けた。
「この紙は魔力を編み込んで作った特別製なんです。なので本来必要な魔法の過程を多少なら飛ばしても問題がないんですよ。たとえばこんな感じに置いて、『宙に浮け』!」
彼女がそう言うと、机はまるで浮力を持ったように浮かび始めた。なるほど、簡単な命令を発声することで魔術を発現させる。僕の古代武装と似たような所があるのだろうか。
「ほほう、中々凄い。気に入ったよ、いいね」
「えへへ! ありがとうございます!」
フクシアは一礼して席に着く。彼女はあの魔法でフランを足止めし、仕舞いには腕輪を奪い取るまでしてくれていた。彼女の魔法技術にはやはり目を見張るものがあるだろう。
次に立ち上がったのはフランだ。
「フラン・γ=スクプトリスです。『元素の適性はありません』なので魔法は使えません、以上です」
「へぇ、『稀ビト《まれびと》』って訳か。素晴らしい、とてもいいね」
彼女が自己紹介を始めると、周りがざわめきだした。
それもそうだろう。『稀ビト』、数億人に一人産まれるかどうかの割合で存在していると言われている『元素に一切の適性がない』者に使われる言葉だ。反対に身体能力が凄まじく高く産まれてくると聞くが、フクシアに魔術なしで張り合っていたというのは流石に驚きだ。
「よし、次は――」
◇
そして最後の生徒の自己紹介が終わり、ゼノは非常に満足そうに頷いている。
「流石はSクラスだ。君たちには期待してるよ、これからが非常に楽しみだとも」
「だったらもう終わりでいいだろ。制服でいるのも疲れたんだけど」
リョウタの言葉にゼノは軽く笑って立ち上がる。
「それもそうだな。時間は明日からいくらで取れる、今日はこの辺で終了としよう、皆本当にご苦労だったな!」
ゼノはそう言って教室を後にする。なんとも読めない教員だ、リョウタの父親なだけはあるが。
「はぁ、やっと終わったな」
リョウタは大きく伸びをしながらそう言った。
「お疲れ様。なんか結構長く感じたね、今日は」
「それもそうだな。一日拘束される感覚、なんか久しぶりだしなぁ」
確かにここ十年近くは学校や仕事とは無縁の生活に近かっただろうし、それだけにこの感覚は確かに久しぶりだ。
そんな他愛も無い会話の中、帰る支度を済ませたフクシアが声をかけて来る。
「では、トモキさん!寮に戻りましょう」
「そうだね。フランちゃんもまた後でね」
「はい。トモキさん、フクシアさんも後ほど」
リョウタとフランに別れを告げる。怒涛ではあったが、今日入学式を終えれたことは良かったことだ。
僕らも寮に戻るため、フクシアと共に教室を後にした。
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