第46話 実家

 ふと気付くと、太陽が南中していた。

 父フレキはもう何も言わない。


「父さん、じゃあね」


 俺は父フレキの亡骸を炎で燃やす。

 使徒の炎で焼かれたら、亡骸に魂が取り憑くことはなくなる。

 不死神の使徒に、死体をもてあそばれることもない。


 それに、父の魂はもう天に還った。

 目の前にあるのはただの肉に過ぎないのだ。


 燃やすことは絶対に必要なことで、正しいことだ。

 父も俺に燃やされることを望むだろう。


 だというのに、胸が苦しかった。

 これでは死神の使徒ではなく、ただの人族ではないか。


(父さん、俺、ちゃんと死神の使徒をやれるのかな……)


 燃えていく父だった物に心の中で呟いた。

 口に出したら、父に聞かれていそうで、声は出せなかった。


 天に還った父が、俺の呟きを聞くことなどあり得ないのにだ。


 父だった物の肉が燃え尽きると、骨が残った。

 俺は穴を掘って、頭蓋骨だけ残して、他の骨を埋める。


 父フレキの頭蓋骨は大きい。

 その巨大な頭蓋骨を両手でもって、俺は歩き出す。


「あいつらにも、父さんの最後を教えてやらないと……」


 弟妹とその父は、俺の父の最後を知りたいに違いない。


 俺は、自分の、人族の足でフレキの森へと歩いて行った。

 夜は父の頭蓋骨を抱いて寝て、昼間は頭蓋骨を抱えて歩いた。


 フレキの森からゼベシュの街まで、父と一緒に四日掛けて走ったことが懐かしかった。

 思いっきり駆け抜けた道中を、ゆっくりと人族の速さで歩いて行く。


 地平線が見えるほど広大な荒野を、ゆっくりと歩きながら、これまでのことを考える。


 死神の言葉が思い出される。


 父フレキのことは心配がいらないというのは、きっとあのときにはもう死んでいたのだろう。

 いや、父フレキが死んだから、俺は死神の神域に連れて行かれたのかも知れなかった。


「母さんは、知っていたのかな」


 母さんが、命を懸けてかばった父さんは、既に死んでいたのだ。


「…………そうか」


 俺は何度も、母さんが俺をかばって死ぬ夢を見た。

 母さんが死ぬところを見ていないから、そんな夢を見るのだと思っていた。


「父さんは、俺のために不死者になったんだ」


 俺がいなければ、父は不死者とならずにそのまま死んだだろう。

 そうなれば、母は父をかばって死ぬことがなかった。


 俺は人族社会について全く知らず、人族社会について知っているのは父だけだった。

 それを知っていた母は、俺には父が必要だと思っていたからこそ、父をかばったのだ


「母さんは、俺をかばって死んだのも同じだな」


 心の中で謝りかけて、思いとどまる。

 それはきっと、父も母も望まないだろう。


 俺は父母の子供として生まれたわけではない。

 名も顔も知らぬ人族によって産み出され、捨てられた俺を、父と母は育ててくれたのだ。


「ありがとう。父さん。ありがとう。母さん」


 そのお礼の言葉は天には届かない。

 ただの自己満足の言葉だとわかっている。


「やっぱり、俺は人族か」


 俺は死神の使徒だから、天に還った魂に呼びかけても意味が無いとわかっている。

 だというのに、地上に存在しない父母の魂に声をかけるのを止められなかった。



 荒野を一か月かけて歩いた。

 毎日、俺は人族として、動物を殺し、食べた。




 父が死んで一月後、フレキの森に到着した。

 俺はまっすぐにフレキの巣に向かって歩いて行く。


「がう?」

 途中、妹が俺に気付いてやってくる。

 尻尾を振って駆け寄ってきたが、俺が抱える頭蓋骨を見て、首をかしげる。


「久しぶりだね」

「が~う」

「うん、父さんは死んじゃった」

「……がう」


 妹は、慰めるように俺の顔を舐めた。


「うん、ありがとう」


 俺は妹と一緒にフレキの巣まで歩いた。

 

「がう!」


 巣にいた弟の一頭が尻尾を振りながらやってきて、

「が~う~」

 頭蓋骨を見て、悲しそうに首をかしげる。


「父さんは死んじゃったんだ」

「……がう」

 弟は悲しそうに、俺の顔を舐めた。



「がう」

 そのとき、後ろから俺の頭に大きな手が乗せられた。

 振り返ると、弟妹たちの父だった、


「元気そうだね」

「がう」

 弟妹たちの父は赤苺を咥えている。


「ありがとう。父さんが死んじゃった」

「がう」


 俺は弟妹たちの父からもらった赤苺を口に入れる。

 その赤苺は、偽赤苺ではなかった。甘くて、酸っぱかった。


 俺は弟妹と弟妹たちの父と一緒に、母の墓に向かう。


「母さんの隣に埋めてあげよう」

「がう」


 弟妹たちの父と弟が穴を掘り始める。


「あの子は?」


 俺には弟が二頭、妹が一頭いた。

 いないのは、弟妹たちの中でも特に幼く、うっかりしている狼だったから心配だった。


 俺が尋ねると、

「アアアアアアアオオオオオオオオオオオン!」

 妹が遠吠えし、一分後、

「あう?」

 最後の弟がやってくる。


「わふわふう!」

 俺を見て弟は大喜びで飛びついてきた。


「元気にしてたか?」

「わふわふ!」


 ひとしきりはしゃいだ後、弟は、母の墓前にある頭蓋骨を見て、

「わふ」

 心配そうに俺の顔を舐めた。


「…………もしかして、みんな父さんが死んでいたこと知っていた?」

「わう~?」


 弟妹たちも、弟妹たちの父も、俺を元気づけるように顔を舐めてくれる。

 だが、父の死に驚いた様子はなかった。


「そうか。みんな知っていたのか」


 そして、俺が気付かないふりをしていることにも気付いていたのだろう。


 俺は弟の首に抱きついた。


「……ありがとう」

「わふ」


 そして、母の墓の横に、弟妹とその父が大きな穴を掘りおえる。

 穴に父の頭蓋骨を入れると、弟妹たちと弟妹たちの父が、別れを告げるように匂いを嗅いだ。


 弟妹たちが、母の時より悲しんでないように見えるのは、もう知っていたからだろう。

 父が俺と一緒に去ってから、弟妹たちには悲しむ時間があったのだ。

 俺が荒野を一月歩いて、悲しみを癒やしたように。


「父さん、ありがとう。俺は頑張るよ」


 お礼を言って、土をかける。


「父さんはここが好きだったから」


 使徒として、頭蓋骨には既に魂はなく、どこに埋めようが関係ないとわかっている。


「だけど、俺はどうしても人族で、父さんの子で、父さんは俺の父さんだから」


 特別な思いをもって特別な場所に埋めたいと思ってもいいだろう。


 俺と弟妹たちとその父が、父の墓前に立っていると、

「がう?」

 後ろから狼の声がした。

 振り返ると、知らない魔狼がいた。


「がぁう」

 最後にやってきた弟が、その魔狼のところに近づいていった。

 そして、がうがう言って何か伝えている。


 弟から何かを聞いたその魔狼は、

「がう~」

 俺の匂いを嗅ぎに来た。

 その魔狼を俺は撫でた。毛並みのいい狼だ。

 魔狼の年齢はわかりにくいが、弟妹たちと同じくらいだろう。


「新しい仲間?」

「が~う」

 弟が何を言っているのかわからない。


 弟はその魔狼に鼻をつけて、優しく舐める。

 何を言っているのかわからないが、どういう存在なのかわかった。


「お前、やるじゃないか」


 俺が巣立ちしてから、一月ちょっとだ。


「もう恋人、いや恋狼を見つけたのか?」

「がう~」


 弟は自慢げに尻尾を振る。

 弟妹の中で一番幼げで、頼りなかったというのに。


「やったじゃないか。別の群れに伴侶を探しに行ったのか? いやそれだと時間が足りないか」


 別の群れに探しにいくなら、数か月、いや数年かかるだろう。

 弟妹たちの父のように、よそからやってきた娘なのかも知れない。


「しかも……お腹に子供が居る?」

 その魔狼のお腹は目立たないが少し膨らんでいた。


「がう!」

 弟は自慢げだ。


「お前……やるじゃないか」


 俺とフレキが巣を出る前から、恋狼だったのだろう。

 一番頼りない弟だと思ったのに、俺たちのなかで一番進んでいた。


「がうが~う」

 弟は、お前も早くつがいを見つけろと言っているようだった。


「そっかー、よかったなぁ」

 その魔狼は俺の新しい妹である。生まれてくる子は甥姪だ。


「弟をよろしくな」

 俺は新しい妹を撫でた。


「わう」

 新しい妹は、元気に尻尾を振って、俺の顔を舐めてくれた。


☆☆☆

新作はじめました。

「転生幼女は前世で助けた精霊たちに懐かれる」

可愛い幼女がモフモフたちや精霊たちとのんびり奮闘する話です。

よろしくお願いいたします。

https://kakuyomu.jp/works/16817330650805186852

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死神の使徒は、あんまり殺さない えぞぎんぎつね @ezogingitune

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