第45話 フレキ

 神殿を出た俺はゆっくりとゼベシュの街を歩いた。

 まだ残っている不死者がいないか、気をつけながら街を歩く。


 大鎌を手にして仮面をつけた銀髪の俺を見て驚く人はいる。

 だが、止められることはなかった。

 みな、余裕がないのだ。


 民の住む家が、何軒も壊れている。

 だが、死神の使徒にできることは何もない。


 少なくない人が死んだ。悲しんでいる人が沢山いた。

 だが、死神の使徒にできることは、もうすべてやった。

 死神の奇跡によって、死者の魂は天に還っているのだから。


 やっぱり、死神の使徒にできることは何もなかった。



 ゼベシュの街を歩き回り、ゼベシュの中に不死者の気配がないことを確認した後、俺は街の外に向かう。

 そして、まっすぐに、だがゆっくりと、フレキと別れた場所へ歩いて行った。


『…………』


 フレキは別れた場所から、全く移動していなかった。

 全く同じ場所で、巨大な本来の姿でお座りして、無言で俺を見つめている。


「フレキ、終わったよ」

『そうか』

「領主は不死神に与していたけど、死んだよ」

『うむ』

「不死神の使徒にも会った。戦って、手傷を負わせたけど、逃げられちゃった」

『うむ』


 俺の報告を聞いて、フレキはただ相づちを打ってくれた。


「不死者もみんな天に還した。人族に死者が出ちゃったけど」

『うむ』

「リリイは天に還った」

『…………そうか』


 俺はフレキの隣に座った。


『……よくやったのじゃ』

「うん」

『わしが、教えられることはもうないであろ』


 俺は涙が出ないようにこらえながら、

「…………そんなことないよ」

 言葉を絞り出す。


『人神の使徒を、天に還せるか、それが不安だったのじゃ』

「……女慣れしていないから?」

『うむ。そのとおりじゃ。……もう安心じゃ』


 そういうと、フレキはゆったりと尻尾を揺らしながら、俺の前へと移動する。


『……もう満足じゃ』

「……」

『わしを、天に還してくれぬか?』

「………………」


 俺は返事ができなかった。


 本当は、フレキがもう死んでいることにとっくに気付いていた。

 気付いていないふりをし続けていただけだ。


 俺が使徒になった次の日。フレキは急に元気になった。

 この世界には治癒魔法がないのにだ。


 俺は死神が奇跡でフレキを元気にしてくれたのだと思おうとした。

 だが、体を癒やすのは、治癒の神の奇跡であって、死神の奇跡ではない。


『フィル? どうしたのじゃ?』

「まだ、俺にはフレキの指導が必要だと思う」

『そんなことはないであろ』

「フレキも本当はまだ心配だから、天に還れないんでしょ?」


 ゴンザのように、未練が解消したら魂はその時点で天に還るのだ。


『そりゃあ、未練に似たものはある。当たり前じゃ』

「だったら」

『子の成長をずっとみたい。親ならば当たり前の感情じゃ』


 フレキは尻尾をバサバサと振る。

 まるで、俺とフレキの別れが悲しくないことではないと言っているようだった。


『だが、親は子より先に死ぬ。それが自然というものじゃ』

「……もう少し俺を見守ってくれても」

『ダメじゃ。わしは死神の使徒の従者。本来であれば、死後こうして残っていること自体、恥ずべきこと』


 フレキは俺の顔を優しく舐める。


『それに、わしはフィルの足手まといになっておる』

「そんなこと――」

『フィルは、ずっとわしの近くでは広範囲の奇跡を使っていなかったであろ?』

「…………」


 それに気付いていたからこそ、フレキはリリイだけをゼベシュに戻したのだ。

 ゼベシュの街を救うためには、広範囲の奇跡の行使が必須だったからだ。


『わしもな。フィルのことをずっと見守っていたい。だが、それ以上に足手まといにはなりたくないのじゃ』


 それは俺が使徒になる前から、フレキが言っていたことだ。


『広範囲奇跡だけではない。わしがこのまま存在すれば、不死神の使徒はわしを狙う』


 フレキが不死神の祝福を受け、亡者になったら、俺は戦えるかわからない。

 それがフレキのもっとも恐れることだろう。


『だから、お別れじゃ』

「……でも」

『なんと情けない顔をしているのじゃ。それでも死神の使徒さまか?』

「…………」

『わしが最後に見るそなたの顔が、それでよいのか?』

「………………」

『悲しむことはないのじゃ。フィルがいつも言っておるであろう? 天はいいところだって』


 俺は何も言えなかった。

 何をすべきか、頭ではわかっているのに、できなかった。


『フィルは立派な使徒さまになったのじゃ。わしの自慢の息子じゃ。誇りに思うぞ』


 俺はフレキの目をじっと見つめる。

 必死に涙をこらえて、笑顔を作った。

 フレキが最後に見る俺の顔は笑顔であって欲しかった。


「ありがとう。育ててくれて」

『礼など必要ない。そなたはわしの息子なのじゃから』

「俺を鍛えてくれて、この世界のことを教えてくれて、ありがとう」

『子を育てるのは親として当然のことじゃ。恩に着る必要すらないのじゃ』


 俺は死神の権能を使う決心をした。


「ありがとう、父さん」


 そういうと、父は一瞬きょとんとした。

 そして、尻尾が大きく揺れる。


『はじめて、そう呼んでくれたな』

「……ありがとう。父さんが父さんでよかった」

『フィル。幸せになるのじゃ』


 そして、父はパタリと倒れた。

 俺はまだ奇跡を使っていない。


「父さんは、立派な死神の使徒の従者だよ」


 父は俺の奇跡を待たず、自分で天に還ったのだ。

 そして、俺は父だった物にしがみついて、泣いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る