少し腐ったマブい人

 街のスーパーがゾンビによって占拠された。

 空調の入った快適な店内には、茹ってしまいそうな気温の外界から大量のゾンビが押し寄せてくる。

 人が成す術もなく店から避難したが、ゾンビは次々と入ってきた。


(以下、日本語で記されますが、本当はゾンビの言葉で話しています)


「先輩! 生き返りますねー。めっちゃ涼しいですよ」


「やっぱり、暑い時はこういった店内に入るに限るよね」


「他のみんなも、どんどん入ってきてますよ」


「この暑さじゃ仕方ないよ。前も言ったけど、高温多湿の日本の夏はゾンビにとっては堪えるからね」


「クーラー、最高っすね」


「もう動きたくなくなるね」


「あれ? ゾンビ先輩じゃないっスか?」


「ん? あー。ゾンビちゃん? 久しぶりだね」


「こんな所で会えるなんて、奇遇っス!」


「え? 先輩。誰ですか?」


「あー、ゾンビ君は初めてだよね。この子はゾンビちゃん。ゾンビになりたての頃に、いろいろと教えてあげたことがあるんだよ」


「その節はお世話になったっス」


「この形式で3人目出しちゃうんですか?」


「まぁ、記念すべき10話目だからね」


「何の話しっスか?」


「いや、何でもない。でも、無事にゾンビしてるみたいだね。良かった良かった」


「ゾンビ先輩の指導があってのことっス。ところで、腕は大丈夫っスか?」


「取れちゃってねー」


「私、接着剤持ってるっス。あげましょうか」


「ありがとう!」


「そう言えば、噂でゾンビ先輩がヤバい奴と一緒にいるって聞いたっス」


「あぁ、うん」


「先輩。ヤバい奴と行動してたこともあるんですか? 経験値高いですよね!」


「君のことだと思うけどなー」


「え?」


「いや、何でもない」


「でも、先輩。羨ましい!」


「何が?」


「羨ましいですよっ!」


「だから何が?」


「こんな可愛い子と一緒に行動してたことあるんですか?」


「可愛い子って……ゾンビだよ?」


「ゾンビでもいい! 可愛い子と俺も一緒にいたい!」


「欲望の塊か! よく見ろ。ゾンビだぞ! 腐りかけの死体だぞ」


「少し腐ったぐらいがマブくていい! この子なら、湧いたウジごと愛せるっ!」


「『マブい』って、もう死語だよ」


「……ゾンビ先輩! こいつはヤバいっス。危ない奴っス!」


「落ち着け、2人とも!」


「この子、きっと暑さで頭がおかしくなったっス」


「もし俺の頭がおかしくなりそうだったなら、その原因は暑さではなく、あなたの美しさのせいですよ!」


「こいつ、ヤバい上にウゼーっス。ゾンビ先輩、どうなってるッスか?」


「大丈夫。これが平常運転だから。慣れてくると分かるけど、今日はまだ大人しいほうかな」


「底が知れない恐ろしさっス」


「どうも、底知れぬ才能の塊です!」


「こんなゾンビ、見たことないっス……」


「あのね、ゾンビ君。普通はゾンビになったら、男も女もないでしょ」


「何言ってるんですか、先輩。そんなことを言って、情けないと思わないんですか?」


「全然」


「確かに、人間の時は男としての性で生まれてきました。でもね。ゾンビになって分かったんです。男は生まれて決まるんじゃない。生きていく中で『漢』になるんです!」


「なら、手遅れだよ! もう死んでんだからね!」


「ゾンビちゃんを見た時の、胸の高鳴りは本物です!」


「偽物だよ! もう心臓は止まってるからね! ゾンビになったばかりだから、そういう感情が残ってるのかなー?」


「破れた服の間からチラリと見える、変色した肌や下着がセクシーです」


「変態っス!」


「変態……それであなたの心に残るのなら、その他烏合の衆よりずっといいね!」


「止めろよ! ゾンビちゃん、震えてんじゃねぇか! 言葉の暴力を無限の愛で包もうとするなよ。少しは凹むんだよ!」


「彼女の言葉で俺が凹んだら、ゾンビちゃんが悲しむかもしれませんから」


「気を遣う所を間違えてるんだよっっ! 世界の中心で愛を叫んだみたいな顔すんな」


「ゾンビちゃん。まず俺と一緒に行動してください!」


「ゾンビ先輩。会えてよかったっス。じゃぁ、またどこかでー」


「……」


「……」


「先輩。人生、山あり谷ありですね」


「谷が深すぎて底が見えないけどね」


「どこまでも行けますよ。2人なら、ね!」


「君はねぇ……もういいよ」

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意識高めのゾンビ君 檻墓戊辰 @orihaka-mogura

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