花祭り その四

 翌朝、グダグダになって起きてきたラズ。


「なにやってんの?」


「うぅ、ジークが酒を飲ませるから!」


「ハハ、ラズがあまりに弱くてあっという間に寝てた」


 ラズはずっとぶつぶつ言っている。でも二人で飲んでたのかぁ、仲良くなったのかしら。なんか嬉しい。



 昨晩買っていた朝食用のパンを三人で食べると、早速祭りに出かけよう、とエントランスへと降りて行った。

 そこには他の客であろう人たちも今から出かけようと大勢集まっていた。そして私たちの姿を見付けたナナミちゃんが駆け寄って来る。


「お兄ちゃん! 今から祭り行くんでしょ? わたしも行く!」

「ん? ナナミも? お前、いつも毎年一緒だからいいや、って言うじゃないか」

「今年は一緒に行くの!」

「んー、でも今年はヒナタたちを案内しながらだからなぁ」


 ジークは少し考えていた。これは……えーっと、私が牽制されてる感じですかね? な、なんかナナミちゃんからの視線が痛いし……。なんで私、こんな警戒されてるんだろう。


「ナナミちゃんも一緒に行けば良いじゃない」


 視線が痛いから率先して言ってみた。一緒に行ってナナミちゃんが満足するならそれでいいよ。


「いやでもなぁ」


「俺が妹の面倒みてやる」


「「「え!?」」」


 私もジークも、ナナミちゃんまでもが驚いた顔をした。

 ん? 今ラズが言ったの? え? ナナミちゃんの面倒をラズが? いや、意味分からないんだけど。


「いやいやいや、何言ってんの、お前」


 ですよね。私もそう思う。


「俺が妹を見ててやるから、お前はヒナタと回れば良い」


「「「はぁ!?」」」


 またしても三人でハモッた。


「な、なんでわたしがあんたなんかと一緒に祭りに行くのよー!!」


 そらそうだ。ナナミちゃんが叫ぶ。


「いや、どういうつもりだよ! 散々ヒナタは俺のだ、とか言ってたくせに!」


 いやまあ、うん……ですね。ジークが叫ぶ。


 私はというと叫べなかった。どういうつもりなのか全く分からなかったから。


「今日ヒナタと二人の時間をやる。だからそれでしっかりきっぱりと諦めろ。絶対に! 何が何でも!!」


「「…………」」


 私とジークは沈黙した。


 しっかりきっぱり絶対に何が何でも……しつこいな。い、いやまあね。そこにラズの気持ちがこもっているんだろうけど……。


「ラズ、私がジークと二人きりでも良いんだ」

「え、いや、そういう訳じゃなく! なんていうか! その! えっと……」


 とんでもなくしどろもどろな姿に思わず笑ってしまった。やっぱりラズを可愛く思ってしまう。


「ジークにも踏ん切りを付けてもらわないと困るし」


 ぶすっとしながらラズは呟いた。


「二人きりなんかで出かけたら何があるか分からないぞ? 良いんだな?」


 ジークは真面目に聞いた。


「お前はヒナタが嫌がることなんかしないだろ。それに……ヒナタのことは信じてるし」


 そう言い切ったラズ。


「フッ、そうか……、そうか……なら遠慮なく」


 ジークは噛み締めるように呟くと、ラズを見詰めニッと笑った。


「じゃあヒナタ行くか」

「え、あ、え、ラズ……いってきます……」


「ちょっと!! わたしはお兄ちゃんと回るのに勝手に決めないでよ!!」


 ナナミちゃんの叫び声が響き渡るなか、ジークに手を握られ勢いよく走り出した。




 ジークに手を引かれながら街へと飛び出すと、すでに大量の花びらが空を舞っていた。


「わぁ!! 綺麗!!」


 色とりどりの花びらがそこかしこに舞っている。行きかう人たちに建物の窓から身を乗り出す人、全ての人たちが籠にいれた花びらを次々に空へと放り投げる。

 まるで結婚式のときのフラワーシャワーね。そう思った。


 街中に花が舞い、花の香が漂い、人々が賑わっている。


 遠目で一組の男女が多くの人々に花びらを振りかけられている。そして皆口々に「おめでとう」と叫んでいる。


「あれは……」

「昨日言ったやつだな、恐らく今年結婚したんだろう」


 幸せそうな二人。素敵な笑顔。周りの人たちも皆笑顔だ。


「ほら、ヒナタも」


 ジークは籠を手渡した。色とりどりの花びらが入った籠だ。ジークの手元にも同じ籠が。


 ジークは私に向かって花びらを振りかけた。頭の上からひらひらと花びらが舞い落ちて来る。綺麗。


「ヒナタ、俺はヒナタが好きだ」


 花びらに見惚れていると、その花びらとともにジークに抱き締められた。私の頭の上にもジークの頭の上にも花びらが降り注ぐ。


 人々の騒がしい声で聞き取りにくかったが、抱き締められたそのあと再びジークはしっかりと耳元で囁いた。


「俺はヒナタが好きだよ」


 胸がぎゅっと締め付けられるような切なさを感じた。それはきっとジークが優しいから。ラズから奪ってやろうとか、このまま私をどうにかしようとか、そんなものは一切感じなかったから。私の言葉がきっと分かっているから。


 ジークからはただ「好きだ」という気持ちだけが伝わってきた。それが酷く切なくさせた。


「ありがとう……ありがとう、ジーク」


 今回だけ、今だけ、ジークを力いっぱい抱き締め返した。


「ジーク、私はあなたのことが大好きだよ。大好きで大事な友達」


 ジークは一瞬ビクッとしたが、再び力強く抱き締めたかと思うと小さく「ありがとう」と呟いた。




 どれくらいの時間抱き合っていたのだろうか。長いような短いようなそんな時間、二人抱き合いそして身体を離した。


 肩に手を置き身体を離したジークの顔は少し切なそうに笑っていた。


「ありがとう、ヒナタ」


「…………、きっと俺はずっとヒナタが好きだよ」


「え……」


 ニッとジークは笑う。


「ずっと好きだ。それが異性としてだろうが、友達としてだろうが、どっちでも良いんだ。ヒナタを好きなことをやめる必要はないだろ? 俺はヒナタが困ったときには必ず助けるから。もしラズに泣かされたら言えよ」


 そう言いながらアハハと笑ったジークにはもう切なさは感じなかった。


 大事な友達。


 ジークは一生大事にしたい友達。それが嬉しかった。




「さて、ラズと合流するか」

「え」

「ん? まだ俺と二人きりでいたい?」


 振り向いたジークはいたずらっ子のような表情で言った。


「え、あ、いや、そうじゃなくて……あ、いや、その」


 ジークと一緒にいたくないわけでもなくて、ただもう良いのかと思っただけで……。

 あわあわとしているとジークは楽しそうに笑った。


「アハハ! そんな慌てなくても。ハハハ、もう俺は満足したし、ヒナタとこうしてちゃんと話せて嬉しかったよ。ラズに感謝だな」


 そう言ってジークは最後にもう一度手を繋ぎラズを探した。




「お兄ちゃん!!」


 ウロウロと人混みの中探していると背後からナナミちゃんの叫び声が聞こえた。振り向くとこちらに駆け寄って来る。その後ろにはげっそりとしたラズが。な、なにがあったのかしら……。


 ナナミちゃんはジークに抱き付くとチラリと私を見た。おぅ、やはり敵認定……。


「ラズ、ありがとうな。おかげでヒナタとしっかり話せた」


 ラズは私の側によるとぎゅっと背後から抱き締めた。そしてずりずりと後ろに引っ張られる……ちょっと。


「別にお前のためじゃない」

「ハハ、だろうな。でもありがとう」


 ジークは優しい瞳をこちらに向けた。ラズはそれに気付いたのかぐりんと私を方向転換させジークの視線から外す。おい。


「さてと、じゃあこの後はみんなで回るか」


 ジークがそう言うとラズがそれを遮るように言った。


「今からは俺とヒナタは二人で回る。じゃ」


「「え!?」」


 私とジークが驚いた顔をしているのも構わず、ラズはずりずりと私を引っ張ってそのまま人混みへと進んで行った。




 ラズは私の手を引きずんずん人混みを進む。


「ラ、ラズ! あんまりむやみに歩くと迷子になるよ?」


 そう言うとラズはピタッと止まった。そしてこちらに振り向くとガバッと正面から抱き締めた。


「ラ、ラズ?」


 力いっぱい抱き締められ首元に顔を埋めるラズ。一体どうしたのか。しばらく抱き締められたままだったが、そのまま身動きしないため、そっとラズの頭を撫でた。


「ラズ、どうしたの?」


 ラズは顔を埋めたままぼそぼそと話した。


「ほんとはジークと二人きりになんてさせたくなかった。出来ればずっと見張ってたかった。側にいてジークが何を言うのか聞いていたかった」


「うん」


「でも……、やっぱりジークの気持ちが分かるからこそ我慢した」


「うん」


「かなり頑張った」


「うん」


「めちゃくちゃ我慢した」


「う、うん」


「妹の面倒もみた」


「え、あ、うん」


「…………それだけ?」


「え?」


「俺、めっちゃ頑張ったんだけど。めちゃくちゃ我慢もしたんだけど」


「…………」


 えっと、これは……どうしろと? なんなんだ、どうしたら良いのよ。褒めたら良いの!?抱き締めたら良いの!? よしよしと頭を撫でたら良いの!? どれが正解!?


「えっと、頑張ってくれてありがとう」


 そっとラズの頭を撫でた。ふわふわとした髪の毛が気持ち良い。


「…………」


 ち、違うのか!! な、何よ!? 何なのよ!? どうしたら良いの!?


「…………、大丈夫だよ? ジークにはちゃんと友達だからって言ったよ?」


「…………」


 もう! 何が正解なのよ!!


「ラズが好きだよ。私はラズが一番好き。そうやって頑張ってくれたラズが大好きだよ」


 やけくそ気味に「好き」を連呼した。これでどうだ!!


「…………」


 まだ駄目なのー!?


 と、思っていたら、何やら首元で小刻みに震えるラズ。これは……


「ちょっとラズ!! 怒るよ!!」


「わ、悪い」


 クスクスと笑いを堪えきれていないラズがようやく顔を上げた。

 そして唇を軽く合わせると再びぎゅっと抱き締めた。


「アハハ、ありがとう。色々頑張って言葉にしてくれるヒナタが可愛くて面白くてつい調子に乗った」

「もう!」

「アハハ、ごめん」


「ヒナタは俺のだから。俺が一番好きだから。誰にも渡さないから」


 そう言ってラズは再び唇を合わせて来たのだった。ちゅっちゅっと繰り返し繰り返し唇を合わせ、次第に吐息が荒くなってくる。

 少し唇を離したすきに熱っぽく名を呼ばれる。そして再び深く唇を……


「愛し合うカップルおめでとうー!!」


「「!?」」


 驚いて目を見開くと大勢の人に囲まれ花びらを降り注がれていた。


 ひぃぃ!! そういえば周りには大勢祭りの人たちがいるんだったー!!!!




 とんでもなく恥ずかしい思いをした花祭りで終わったのだった……。



 完



****************


最後までお読みいただきありがとうございます!

その後編いかがだったでしょうか?

楽しんでもらえたなら嬉しいです。


今回の「花祭り」はジークのお話をリクエストいただいて、

元から設定としてあったジークの家族の話を書かせていただきました。


やたらと長くなってしまい、これ以上長くするのもどうかと思ったので、

強制終了させていただきました(^_^;)

中途半端な終わり方が嫌だ!と思われる方がいたらメッセージや感想でいただけたら続きを書くかもしれませんが、とりあえずこれにて完全完結させていただきます!


ありがとうございました!

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【完結】生意気な黒猫と異世界観察がてら便利屋はじめました。大好きなラノベを読むため必ず帰ってみせます! 樹結理(きゆり) @ki-yu-ri

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