花祭り その三

 ジークは人を避けながら、私が人とぶつからないように腕で庇いながら歩いてくれる。

 ジークって本当に紳士的よね。

 私のことがまだ好きだと言われたことを思い出し、なんだかドキドキしてしまった。背後から殺気を感じるから、そっとその想いは封印しました。


 しばらく歩くと開けた場所に出た。中央にはオベリスクのような石で出来た細長い石碑が高くそびえ立っていた。

 その石碑から周りの建物に向かって紐が繋がり、そこにもランタンがたくさん釣られている。


「うわぁ、凄いね」

「明日はここの広場は一面花びらで埋め尽くされるぞ」

「そうなの!?」

「あぁ、明日の花祭りは皆で花びらを投げ合うんだ。街中皆で投げ合うから、一面花びらだらけだ」

「へぇぇえ!! 素敵!!」

「だろ?」


 ジークは嬉しそうに話す。


「元々はその年一年の間にあった祝い事をその日に皆で祝おうってことから始まったらしいんだ。子供が生まれた、とか、結婚した、とか。そういったことを街の皆で祝うために花びらを降らせたことが始まりだそうだ」

「街の皆でかぁ、街中の人たちに祝ってもらえるなんて幸せだろうねぇ」

「あぁ」


 ジークはランタンを見上げながら毎年の祭りを思い出しているようだった。優しい笑顔だ。


「連れて来てくれてありがとう、ジーク」

「ん? ハハ、まだ祭りは明日が本番だぞ?」

「ハハ、そうだね。今でも十分素敵だからなんだかほっこりしちゃった」


 そう言って二人で笑い合うと、背後からラズに抱き締められた。


「ラ、ラズ! ちょっと!」

「俺のことも構ってくれ」


 耳元でボソッと呟かれ、顔がカッと熱くなった。

 な、なんかラズが甘えたになってる!! いや、まあ可愛いんだけど、今はやめてー!!

 ジークが呆れたような顔で見てるし!! 恥ずかしい!!


「ラズ、ヒナタが困ってるぞ。離してやれよ」

「いやだ」

「いやだ、ってお前……」


 ラズがますます子供みたいになっていく……。


「ヒナタは俺のだ」


 むぎゅーっと抱き締められ宣言された。


「ちょ、ちょっと!」


 恥ずかしいし、苦しいし!


「はいはい」


 呆れ顔のジークはそう言いながら近付いたかと思うと、おもむろにラズと私の腕を掴み、べりっとラズを引き剥がした。


「うぉい!!」


 ジークの力が強いものだから、あっさりと引き剥がされたラズは驚きのあまりか変な声が出ていた。


「さて、ヒナタ、何食べる?」

「え、あ、えっと……」


「おい! こら! 俺を無視するなー!!」


 広場にラズの叫びが響き渡った……。




 あちこちの露店を見て周り、どれも美味しそうで決められない! と悩んでいたら、手当たり次第にジークが買ってくれた……。


「いや、ちょっとこんな食べられない!」

「ハハ、ヒナタは好きなだけ食べたら良いよ。残りは俺が食べるし。逆にこれでも足りないくらいだ」


「えぇ……」


 確かに体格の良いジーク。しかも普段から力仕事だしね。それだけたくさん食べるのだろう。王都で一緒に食事をしたときもかなりの量だったしな。


「じゃあお言葉に甘えて……」


 広場にあるベンチに腰を下ろし、露店で買ってきたものを食べて行く。初めて見るものも多かったがどれも美味しく、デザートまでいただいてしまった。

 ラズもどうやら美味しかったらしく、さっきのやり取りをすっかり忘れたかのようにご機嫌で食べていた。ハハ、単純なんだよね、それが可愛かったりする……私も大概だな。


 大量に買った食事は宣言通り、見事にジークが全て完食していた。す、凄い……。


「はー、食った食った。明日も朝から祭りだし、今日はもう帰って寝るか? 馬車で疲れただろ?」

「そうだね」


 そして再びジークの家へと戻るとシャワーを貸してもらい、ラズとジークはジークの部屋に。私は借りた部屋へと就寝した。






「ラズ、せっかくだしどうだ?」

「ん?」


 簡易ベッドに腰を下ろし、寝る準備をしていたラズはジークを見た。

 ジークはテーブルにボトルを置き椅子に腰掛ける。


「いつも寝る前に一杯やるんだよ、付き合えよ」


 コップを二つ置いてテーブルに促した。

 ラズは仕方ないな、とばかりに小さく溜め息を吐きジークの向かいに座った。


 ボトルの蓋を開け、コップに赤い液体を注ぐ。


「この街ではよく飲む、レーブって実の酒だ」


 そう言いながらジークは乾杯とコップを掲げた。仕方なくラズもそれに合わせる。


 レーブ酒はほんのり甘く飲みやすい口当たりだった。

 ジークは軽く一杯飲み干す。


「お前……そんな飲んで大丈夫なのか?」

「ん? あー、俺、酒は強いみたいでな、ほとんど酔わない。ラズは?」

「お、俺はあんまり強くない……」


 なんだかここでも負けた気がして悔しくなってしまうラズだった。力でも敵わない、酒でも敵わない。ならば自分がジークに勝てるものはなんだろうか、とラズは思い悩んでしまった。


「で、でもヒナタは俺のだからな!!」


「は?」


 悶々としてしまい、いきなり脈絡もないことを口走ってしまったことを激しく後悔した。酒の話からなんでいきなりヒナタの話なんだよ! 自分の馬鹿さ加減に情けなくなる。

 ラズはコップにあった酒を一気に飲み干した。


「ヒナタは俺のだ……ねぇ。まあヒナタがそれで幸せなら俺は何も言わない。だけど……、泣かすなよ?」


 ジークは真面目な顔で言った。

 ヒナタを好きだからこそ諦める。


 ラズは恐らくヒナタに好かれている自信がないのだろう。だからこそいつもああやってヒナタは自分のものだ、と何度も言うのだろう。

 ヒナタがラズのことを好きなのは見ていて分かる。ヒナタはいつもラズを気にしている。それなのにラズは全く気付いていないみたいだが。だがそれは教えてやらない。教えてやる義理もないしな。


 我ながらガキ臭いな、そう思い苦笑するジーク。

 好きだからこそ諦めるんだ。だからラズにはヒナタを幸せにしてもらわなければ困る。


「泣かせたらお前を殴って、俺がヒナタをもらうからな」

「だれが泣かせるか!!」


 いや、泣かせたのか? ラズは一瞬目が泳いだ。


「自信なさそうな顔するな」


 ジークはテーブルの下でラズの脛を蹴った。


「いてっ」


 その後も二人でボトルを空にするまで飲んでいると案の定ラズは酔い潰れてしまった。テーブルに突っ伏したまま寝てしまったラズに布団を掛けてやり、自分はベッドに横たわる。


 思いのほか楽しい酒となったジークは心地良く眠りに付いたのだった。

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