花祭り その二
「ジーク! 今からどこ行くの?」
「ん? あぁ、言ってなかったか、すまん。俺の家に向かってる」
まだラズからやいやいと言われながらも笑いながらあしらっていたジークは振り向いて横に並んだかと思うとそう言った。
「ジークの家?」
「あぁ、今晩俺の家に泊まれば良いよ。俺の家、宿屋だから」
「宿屋!?」
「あぁ、元々父親が生きてた頃に宿屋を経営していてな。そのまま母親が引き継いで今もまだ宿屋をやっている。そんなに大きくはないが部屋もそれなりにあるから、多分大丈夫だろう」
「そんな急に行って大丈夫?」
「この日に俺が帰って来るのは知ってるから大丈夫だ、ヒナタは心配するな」
そう言ってまた頭を撫でられる。
ジークって頭を撫でるの癖なのかな。妹さんと同じ扱いなのかしら……。私はというとこうやってジークに撫でられるのは何だかとても安心して気持ちがいい。やはりあの事件が影響しているのだろうと、自分でも分かるのだが……ラズのじと目が鬱陶しいわ……。
「俺たちは別の宿でも良いんだぞ!」
「ん? この日は他所からもそれなりに観光客が来るから、どこの宿もいっぱいだと思うぞ? それかラズだけ違う宿屋探すか?」
「はぁ!? そんなことするわけないだろ!!」
「じゃあ俺の家だな」
「うぐっ」
ジークは笑いながら家まで案内してくれる。ラズはぶつぶつ言ってるけどもう無視しよう。
「ただいま」
ジークは二階建てになった建物へと入っていった。それに続き中へと入ると、少し薄暗いが外と同じように部屋の中にもたくさんの花が飾られ良い香りが漂っていた。
小さなエントランスに繋がる部屋から一人の女性が出て来た。葵色の髪が綺麗だった。
「ジーク! おかえり!」
「ただいま、母さん」
女性はジークを抱き締め背中をポンポンと叩いていた。ジークがとても背が高いためとても小柄に見えるその女性。この方がジークのお母さんね。
そしてバタバタとなにやら足音が響いて来たかと思えば、同じく葵色の髪の毛をふわふわと靡かせ、ジークに激突と言わんばかりの勢いで抱き付いた女の子。
聞かなくても分かるわね、とクスッと笑った。
「おかえりなさい、お兄ちゃん!!」
「ただいま、ナナミ」
ジークはナナミと呼んだ妹を勢いよく抱き上げ、所謂高い高いをしていた。さすがジーク、軽々ね、とか呑気なことを考えながら微笑ましく見ていたら、ジークのお母様に話しかけられビクッとした。
「いらっしゃいませ、お客様ですか?」
「あ、えっと、その……」
咄嗟になんて答えたら良いか分からなくなり戸惑っていると、ジークが慌てて妹を下ろし、こちらに近寄った。
「あぁ、母さん、お客さんなんだけど、俺の連れ。今日一緒に花祭りを見に来た王都の友達」
「まあそうなのね、遠いところからようこそ。ジークのお友達に会えるなんて嬉しいわ。私はジークの母ティナです。気軽にティナさんて呼んでね。こっちはジークの妹のナナミ。仲良くしていただけると嬉しいわ」
にこやかに笑ったお母様は私の両手を掴み握り締めた。
ティナさんは終始にこやかだが、なんだか下の方からの視線が痛い。どうもナナミちゃんからは睨まれているような……。
「こちらもお友達?」
ラズに視線をやりニコリと笑ったティナさん。
「俺は……」
「そう、こいつも友達」
ラズが口にする前にジークがラズを紹介した。ラズはなんだか嫌そうな顔だが。
「そうなの、フフ、お二人ともありがとう。明日の花祭り楽しみにしていてね……あ!!」
にこやかに話していたかと思ったら急に声を上げたティナさん。その声にビクッとする。
「どうしたの、母さん」
「えっとね、今日結構もう部屋がいっぱいでね、ジークの部屋はちゃんと用意しているけど、あとはもう一部屋しか空いてないのよね」
どうしましょう、困ったわ、と言った顔で頬に手を当て首を傾げるティナさん。
「俺はヒナタと一緒で良い……」
そう言いかけたラズの首を思い切り羽交い絞めにしたジーク。ラズが唸ってるわ。
「ラズは俺と一緒の部屋で良いよ、なあ、ラズ」
「お、俺はそんなこと言ってな……うぐっ」
「ジークと一緒で良いの?」
「良いから、大丈夫」
ラズに反論する余地を与えずジークは言い切った。
「じゃあ荷物置きに行くか」
そう言うとラズの首に肩を組んだまま引っ張って行く。
それに続くように私も部屋へと案内された。ジークとラズが泊まる部屋の隣の部屋だった。
荷物を置いたら夕食を食べに出よう、とジークに言われ、とりあえず部屋へと入る。
中は簡素ながらも綺麗に掃除されベッドも綺麗にメイキングされていた。
部屋の隅に荷物を置き振り向くとナナミちゃんがまだ後ろにいた。
「あれ、ナナミちゃん、どうかした?」
「ねぇ、お姉ちゃん、お兄ちゃんの恋人なの?」
「え!? ち、違うよ!」
「じゃあもう一人の人の恋人なの?」
「え、あ、その……」
恋人……、恋人なんだろうか……、お互い好きだと告白し、キスまでした仲なのだから恋人といっても良いだろうか……。しかしいざ口にするとなるとなんだか恥ずかしい。顔が火照る。
「まあいいや、お兄ちゃんの恋人じゃないんだね」
「え? う、うん」
「そっか、じゃあね」
にこりと笑って去って行ったナナミちゃん。これは……あれか、もしや「お兄ちゃんを取らないで!」的な威嚇!? お兄ちゃん大好きで敵認定されたんだろうか。怖いな女子……。
愕然としているとナナミちゃんが出て行ったのと入れ違いにジークが開いたままの扉から部屋を覗いた。
「ヒナタ、外に食べに行くぞ」
「え、あ、うん」
外に出て周りをきょろっと見回したがナナミちゃんはいなかった。
「どうした?」
「え? いや、なんでもないよ?」
「? そうか?」
ジークは怪訝な顔をしながらも気を取り直し、街を案内してくれた。
夜になりあちらこちらにランタンが灯され、幻想的な雰囲気に。飾られた花がぼんやりと光ったように見え、とても綺麗だった。
「凄いねぇ、綺麗」
「だろ? 明日の夜までずっとランタンが灯されてるんだ。ヒナタに見せられて良かったよ」
ジークは嬉しそうに周りを見回し、そしてこちらを向くととても優しい笑顔で微笑んだ。その笑顔にドキリとしたが……、なんだか視線が痛くてジークから目を逸らした。
そろりと背後を伺い見るとラズがじと目で睨んでいた。
「ヒナタ……」
「な、なによ。花とランタンが綺麗だなぁ、って見てただけじゃない」
「…………」
じとっといつまでも見詰められ鬱陶しい。
「で、ジーク、夕食はどこに行くの?」
そんなラズはほっといて、ジークに並んで聞いた。後ろから「おい!」って聞こえたけど無視。
「何が食べたい? 店でも良いし、今日と明日は露店もたくさん出てるぞ」
「そうなんだ! 露店が良い!」
「ハハ、ヒナタならそう言うと思った」
バレてたか……、なんだかちょっと恥ずかしい。テンション高く反応してしまったことを反省。いや、だってさ、お祭りってテンション上がるじゃない。お祭りといえばやっぱり露店でしょ! とか思っちゃうのよね。しかも初めて王都以外に来てテンション上がってるし。うん、だから仕方ない!
「人混みではぐれるといけないから」
そう言われジークに手を繋がれた。
「「!!」」
「え! あの! ジーク!」
「ん?」
「おい!! 手を離せ!! 俺が繋ぐからお前は良い!!」
「いや、お前、この街ではぐれたら戻れるのか?」
「うぐっ。いや、でも! お前と繋ぐ必要もないだろ!!」
「はぐれないようになんだから繋ぐだろ。なんならお前も繋いでやろうか?」
笑いながらジークはラズに言った。
「誰が繋ぐか!!」
そりゃまあキレるよね。
「まあ冗談はさておき、本当に人が多いからヒナタは繋いでおいてくれよ。手が嫌なら俺の服でも腕でも掴んでくれてたら良いから」
「え、あ、うん、そ、そうだね」
確かに凄い人混みだし……はぐれたら戻って来られる自信はないし……ラズは……。
ちらりとラズを見るとめちゃくちゃ不機嫌な顔。
うぅん、さすがに手を繋ぐのはね……。
「えっと、じゃあ服を掴んでて良い?」
「え、あ、あぁ」
ジークから手を離し、服の裾をちょびっと掴んだ。ジークは何故か一瞬固まりささっと前を向いてしまった。な、なんだろう、なんか駄目だったかしら。
「じゃ、じゃあ行くか。露店はあっちの広場にたくさん出てるから」
そう言うとジークはゆっくりと歩き出した。ラズはびたっと私の背後に続く。
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