Day 6

 お店に行くと女の人は真っ白なキャンバスをイーゼルに立てかけていた。

 私はなにをしているのかと訊いた。

 その女の人はいった。

「あなたがくれた言葉で私はあの人を裏切らなくなりました。ありがとうございます」

 私は絵を描けるようになったのか、と訊いた。

 その女の人は、

「今はまだ描けません。ですが、描けない時間も絵を描くことなのです」

 といった。

 よくわからなかったが、私は、なんて矛盾している人だろう、と思った。

 その女の人はお店に飾られている絵を見つめていた。

 いつか見たきれいな横顔だった。

 私は、私が欲しかったのはこの絵ではなく、この女の人なのだと思った。

 絵に描かれているのは、女の人が愛した“あの人”であり、“あの人”が愛した景色であり、女の人自身だと思った。

 矛盾した絵を描く、矛盾した女の人。

 そして私が欲しかったのは、“あの人”を愛している女の人の横顔だった。

 だけど、その横顔は決して私には見ることができない。

 私が好きな女の人は、私には向けられない視線によって作られていた。

 “あの人”を愛する女の人の横顔を愛する私。

 この愛は、誰にも伝えられないものだと思った。

 だけど、私はこの愛を女の人へ伝えたかった。

 私は、なんて矛盾している私だろう、と思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Profile 水野匡 @VUE-001

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ