第4話 【種族進化】
空を切る音と共に、爆発でも起きたかのような衝撃が走る。慌てて視線をキリアへと向ける。ぷるぷると震えているが問題は無さそうだ。
「くくく……ふーはっはっ。これこそが長寿の楽しみ! 我と同格の龍なぞ何千年振りじゃ! 良い! 良いぞ!【夜獄】」
狂的な笑みを浮かべた古龍が指から真っ黒な炎を五つも出す。質量は少ないというのに、今にも体が溶けそうな程の熱波が感じられた。
「うるさいわね!【影凍】」
それが放出されるより早く凍りついた。質量を伴った氷はゴトリとその場に落ちる。
「【絶対零度】」
「【獄炎】」
天災。
その一言に尽きる。その一撃に触れるだけで殆どの生物は無に帰すだろう。
しかし、恐ろしいものほど美しくも見えると言うことだろう。いつまでも見ていたくなる。
しかし、これはあくまで気を引くためのもの。
「【加速】」
口の中に舌で魔法陣を描き、発動する。こうすれば魔力を外にも出すことなく発動出来るからだ。
全力でキリルの元へ向かう。科学者が驚いてキリルを掴もうとするが、俺の方が早い。
……というか、科学者の動きが遅い。冒険者でもない、護身術すら覚えていない一般人だ。
こいつがキリルをスライムにした。そう思うとふつふつと怒りが湧いてくる。
「……死ね」
一発殴った所でバチは当たらないだろう。綺麗なストレートが男の頬を抉り、数メートルほど吹き飛ばした。
「……よし、すっきりした。キリル、おいで」
ぷるぷると震えているキリルに手を差し出すと、ぷるぷると震えながら腕に乗っかってくる。可愛い。
「……さて、ここからだ」
実の所を言うと、体は限界だ。魔力はほぼゼロに近いし、脚はガクガクだ。加えて、今もサリアの攻撃を身代わりとして受けている。体の内側はボロボロだろう。
せめてもの救いは、自分とサリアの防御が足された状態で俺の【眷属の生贄】が発動している事か。
気合いと根性でキリルに笑顔を向け、その頭(?)を撫でながら下がる。
「サリア、逃げれるか?」
「……ちょっときついかも」
やはり、と言った様子で古龍は戦闘を止めようとしない。
「なあ、古龍。お前の主人は気絶しているが、止めなくて良いのか?」
「はっ! 主人? バカバカしい。あんなの認めてたまるか。精々雇い主がいい所じゃ!」
古龍が血を吐き捨てながらそう言い、もう興味はないと言わんばかりに魔法を生み出す。
「……待つしかないか。大丈夫だぞ、キリル」
今にも意識が飛んでしまいそうだ。床を背にして寝たいが、キリルに心配を掛けさせてしまうだろう。
サリアも息が上がっている。その身に傷は無いが、体力も魔力ももうすぐ尽きるだろう。
……やるしかない
「【魔力変換-生命力】【魔力譲渡・続】」
「ちょ、マスター!?」
体からゴッソリと何かが抜けていく。脚に力が入らず座り込み、眠気が襲いかかってくる。
「……大丈夫だ。命には関わらない。思う存分やれ、サリア」
ふよふよと、キリルが心配そうに体を擦り付けて来る。
「もー! 分かったよ! こんな奴ぶっ飛ばしてやるから!だから、後でいーっぱいご褒美ちょうだいよね!」
「ああ。サリアが望むならなんでもやろう」
「言質取ったからね!」
その言葉を聞いて、サリアの瞳が爛々と輝き出した。今まであまり我儘を言ってきてなかったから新鮮だ。
「ああ。頼んだぞ」
「任せなさい!」
サリアの肌から熱気が溢れ出す。しかし辺りの温度は変わらないため、俺とキリルには何の影響も無い。
「ほう。身に余る力を制御するか」
「はん! こんなの、マスターの使い魔なら当たり前よ! あんたなんかちょちょいのちょいってやっつけるんだから!」
サリアがそう啖呵を切るが、ブラフだ。この技を使いこなせるものは少ない。というか俺の命と魔力が足りないので使った事のある者がほとんど居ない。精々、サリアとシドぐらいだろうか。
「我と対等に戦えるなどとほざけるのは魔王のバカか勇者ぐらいじゃったが。……面白い。ならば我も本気で出迎えよう」
古龍の魔力が膨れ上がる。爆発でもするのではないかと思えるほど。
その魔力を……古龍が自分の手に集めた。
「【古龍】の秘技。あの魔王ですら片腕を失った技じゃ。主はどうするのかのう?」
「はんっ! 片腕を失うのはアンタの方よ!」
サリアも同じように自分の全身へと魔力を張り巡らせる。
血のように循環し、そして膨れ上がる。そのカラクリを見破ったのか、古龍は笑った。
「ふははははは! 面白い、心臓を魔力のポンプとして扱うか」
「私のマスターの秘術、舐めないでよね!」
……そう。あれは俺がいつもやっていた事だ。自分の体が悲鳴をあげるまで魔力を膨れあがらせる。
……別に秘術と言う程でも無いんだけど。技名もないし。
次の瞬間、サリアの体の至る所に魔法陣が現れた。
額、両腕、両脚。
そして、その魔法陣がサリアの心臓のある方へとぐぐぐと動いた。
「【森羅万象・壊】」
その技は、俺の家の金庫にあった……古代の技。
「……素晴らしい」
全属性を融合させ、その全てを破壊の力へと変換させる技だ。
古龍がその腕にある魔力を解放した。真っ黒な球が手のひらのすぐそばに浮いた。
「【滅炎】。全てを滅する光線じゃ」
「ふん、奇遇ね。こっちは全てを破壊するものよ。光線じゃなくて球だけどね」
サリアがその球を魔力の膜で包んだ。
「どちらが死ぬか楽しみじゃのう」
「ふん、私とマスターは無敵よ」
「その気概やよし。簡単に死んでくれるなよ?」
古龍とサリアがニヤリと笑い……攻撃をするのは同時だった。
「……リージュ!」
その名前を呼ぶと同時に俺達をバリアのようなものが包んだ。
光線と球がぶつかり……衝撃が広がる。
「……ほう? 拮抗するか」
「なま……いきね! 余裕見せちゃって」
「ふむ? 実際余裕じゃし」
「嘘ね」
サリアの言葉に古龍が驚いた顔をした。
「……なぜそう思う?」
「簡単よ。私とマスターの……いいえ。私達とマスターが協力して生み出した魔法よ。効かないはずないわ」
その言葉に……古龍は笑った。
「ふーっはっははは。やはり主らは面白い存在じゃ……ぬ?」
その時、古龍がこちらを見た。
魔法陣を描いているのがバレてしまっただ。
だが、古龍はニヤリと笑うのみ。
「面白い事をやろうとするが……その生命力じゃ足りんだろうに」
古龍の言葉に歯噛みをする。実際、これを書くためには魔力も生命力も足りない。
……だが、描き切るしかないのだ。
その時、腕の中でキリルがぷるぷると震えた。次の瞬間、キリルが腕を昇ってきた。
「……ぬ?」
「キリ……ル?」
キリルの行動に困惑する。……だが、すぐにその意味が分かった。
「まさか……」
予想通り、キリルの体が俺の口へ当たった。それと同時に、俺とキリルの体に魔法陣が生じる。
【契約】だ。
体に……本当に微量の魔力が流れ込んでくる。
だが、それで十分だった。
「……ありがとう、キリル」
キリルの体がほんのりと赤くなった気がした。
「うぬぬぅ……あんなにディープなの私でもやった事ないのに……マスターのシスコン!」
「酷い言われようだ」
そもそもどこが口なのかも分かっていないんだぞ。こっちは。
……と、その時。魔法陣を描き終えた。
「サリア!」
その魔法陣を魔力の膜で包み、サリアへ投げる。
「分かってるわ!」
サリアはそれを掴み……【森羅万象・壊】へとぶつけた。
次の瞬間、球が加速する。
「ぬっ……」
その魔法陣は【加速】だ。
この【加速】の効力は簡単で、『速さが二倍になる』というもの。
速さは力へと繋がる。サリアの攻撃は……やがて、押し返し始めた。
「…………この我が押されるだと?」
「まだよ……【倍増】」
サリアがそう言葉を紡げば、球が二倍の大きさになった。
そのまま球は破滅の光線を押し返していき……
「……く……くはははははははは!」
高笑いをしている古龍へとぶつかった。
「……倒したか?」
思わずそう呟いたが……サリアは首を振った。
「いいえ。残念だけど生きてるわ」
その言葉通り……煙が晴れた場所には古龍が居た。
「我が右腕を失うなど……十三代前の魔王ぶりかのう?」
古龍の右腕は消え去っていた。血が溢れだしている。
「……化け物ね」
「くく。主らには言われたくないのう。我でなければ消し飛んでいたぞ。魔王であろうとな。何者じゃ? 冒険者か?」
「半分正解ね。マスターは元冒険者よ」
「ふむ? それにしては若いが」
「うるっさいわね。事情があるの……よ」
サリアが膝を着いた。俺は力の入らない脚を押さえ、近づく。リージュが俺へ回復魔法を掛けてくれた。
「ふむ……さすがに限界とみた」
「はんっ。バカ言うんじゃないわよ。まだまだ……やれるわよ」
「……だめ、だ。サリア」
どうにかサリアの元へとたどり着き、その手を握る。
「……ッ、マスター」
「ダメだ。【帰還】」
サリアを無理やり帰還させる。……やはり、魔力はほとんど尽きていたようだ。帰ってくる魔力は微々たる物でしかない。
……そして、アイツらが向こうからこちらへ来るための魔力も俺は持っていない。
「なあ、古龍。頼みがある」
「ふむ……? なんじゃ。言うてみよ」
「こいつは……キリルは見逃してくれ。頼む。この子が巻き込まれただけで何の罪も無い事は知っているだろ?」
俺の言葉に古龍が考え込んだ。
「良いじゃろう。見逃してやる」
その言葉にホッとしたのも束の間、今度はリージュが俺の元へやって来た。
「リージュもありがとうな」
そう言って頭を撫でるも、いやいやと首を振られる。
「すまないな。【帰還】」
しかし、俺はリージュを帰還させた。……残りの魔力はどうするべきか。
せめて、古龍に一泡吹かせるべきか。と。そう考えたがやめた。
「さて、やるなら一思いに殺してくれ。痛いのは好きではない」
「よかろう。テイマーにしては召喚獣の事も心得ておる。一瞬で逝かせてやろう」
そして、古龍が爪を振り上げた。俺は目を瞑る。
……しかし、いつまで経っても衝撃は来なかった。そんな衝撃すらも無く殺せるとでも言うのだろうか。
だが、違った。
目を開ければ、目の前にキリルがぷるぷると立っていたのだ。
「……キリル!」
その無謀な行為に俺はキリルを抱きしめた。
「……ふむ。こうなっては主との約束を守れんのう」
「い、今【帰還】させ「じゃが」」
「龍は何よりも約束事に厳しい種族じゃ。約束は守る。しかし、我は力の加減が出来なくてのう。主を殺してしまえばそやつも殺してしまいかねん」
古龍は考え込んだフリをして、手をぽんと叩いた。
「ああ、そうじゃ。主を殺さなければ良いだけじゃ。そうすれば彼奴……サリアと言ったか。あの龍とも再戦が叶うじゃろう」
「……!」
古龍の言葉に唖然としていると、キリルがぷるぷると震えた。
「という訳じゃ。我は彼奴を回収して戻らねばならん。さらばじゃ」
古龍はそう言って……瓦礫の中からあの男を拾った。「あれ? 雇い主死んでね?」とか聞こえるが。まあ良いだろう。
「……古龍。キリルを人間に戻す方法を知らないか?」
古龍は数千年に渡って生きてきたと言われる。もしかしたら方法を知っているかもしれない。
……だが、古龍は首を振った。
「知らぬ。……そもそも人間を魔物にするという事自体初めて目にしたのじゃからな」
「そうか……」
「ただ……」
古龍が俺達を見た。
「【種族進化】その最後にあるのは【
「……ッ、そうか。【種族進化】があったか」
【種族進化】とは、生物が一定の経験を積んだ後に起こる変化だ。
たとえば、【
当然、スライムその括りに入るという訳だ。
「……すまなかったな」
と。それだけ言って、古龍は飛び立っていった。
俺はふっと力が抜けて倒れ込んだ。キリルがぷるっ! として俺の顔の近くへ来た。
「大丈夫だ、キリル。俺が人間に戻してやるからな。……だが、世の中には怖い人がたくさんいる。それに……俺もまたキリルと話したい。まずは【種族進化】を目指そう」
そう言えば、キリルはぷるぷると震えた。
「大丈夫だ。サリア達も居る。すぐに出来るさ」
俺がキリルへ笑いかけたその時だ。
「……ッ、居た! コルテ!」
幼馴染の声がした。
「……ああ。ケルンか。良かった」
「良くないわよ……ってスライム!? どうしてこんな所に」
「待て! ケルン!」
ケルンが剣を構えるが、俺はキリルを抱きしめた。
「……あんた、まさかまた家族増やしたの?」
「いや、違う。というかまたって言うのはやめろ」
サリア達と契約を結ぶ時にもケルンはいつも呆れたような顔をしていた。
「このスライムは……キリルなんだ」
「……どういう事? というか何があったの?さっき見るからに危ない魔物が居たけど」
ケルンに説明しようと口を開いた……が、俺の意識は限界だった。
「すま……ない。後で。説明……す……る」
「ちょ、コルテ!」
俺の意識が落ちていく。
すぐ傍でキリルがぷるぷると震えていた。
妹がマッドサイエンティストによってスライムにされてしまったので、【種族進化】を目指して幼馴染と家族の魔物達と旅に出ようと思います 皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1 @HIRYU05281
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