第3話 【古龍】との戦い

「……【古龍】!」

「ほう? 人狼の童。よく知っておるな」


 少女はコロコロとした鈴のような声を出しながら、興味深そうにスクを見つめた。


「それに、童にしてはなかなか良い攻撃をしておる。数千年後なら傷の一つでも付けれたじゃろうな」


 そして、少女は腕を振り上げた。


「しかし、残念じゃがこっちも契約の内なんじゃ。恨むなよ」



 古代龍の一撃。それは簡単にスクを屠る事が出来るものだ。



「【森妖精ドライアド】召喚」



 塵すら残らない。そう思われた攻撃を受け、スクは吹き飛んだ。


「……ほう?」


『確かな手応え』を感じた古龍の少女はニヤリと笑った。


「防御型……ではないな。ふむ。主は何か知っておるか?【森妖精】よ」


 少女の問いかけに、緑色の髪の少女がビクリと跳ねた。そして、倒れていた少年に手を当てた瞬間、触れた場所から淡い緑色の光が発光した。


「……助、かったよ、リージュ」


 痛む体を抑えながら立ち上がり、一歩後ろに下がる。


「なるほどな。眷属の受けたダメージを減らし、更に自身が身代わりとなるスキルか」

「さあ、な」


 手口はバレている。俺の固有スキル【眷属の生贄】は、眷属が受けた攻撃を百分の一にして自分が受けるというもの。レアスキルだ。


 このスキルのお陰で冒険者を続けられていた事もある。



「ありがとう、リージュ。また攻撃を受けたら回復お願いね」

 リージュはまだ喋ることは出来ない。不安そうに見上げてくる彼女の頭を優しく撫で、背に庇う。


「スク、いけるか?」

「――ッ! ご、ご主人。だめ、死んじゃう。逃げないと」

 壁に叩きつけられたスクに聞くも、そう返される。


「……だめだ。キリルを連れて帰る」

「ご主人様! でも!」


 キリルは奥の科学者の足元でぷるぷると震えていた。


「……そうだな。皆を巻き込む訳にはいかないか。見ているんだろ。お前ら。死にたくなければ今すぐ契約を破棄しろ。今すぐ、だ」


 これから先、仲間が減れば減るほど劣勢になる。しかし、一か八かの賭けに付き合わせたくない。


 ……当然、と言うべきなのだろうか。心の繋がりは断ち切れることは無かった。


「……ご主人様。スク達は死ぬ時はご主人様と一緒」

「スク……だが……ぐっ」


 どうにか説得しようとしていたら、急に体の内側からごっそりと抜ける感覚があった。


 魔力がかなり持っていかれた。


 次の瞬間、辺りに魔法陣が自動生成される。


「マスターってほんと馬鹿よね。私達がマスターを置いていくわけないじゃない」

「……死なせない」


 そこにはサリアとシドが居た。


「……お前ら、どうして」

「皆の代表よ。魔力を勝手に使ったのはごめん」

「ごめんなさいです〜」

「いや、それは別にいいんだけどな」


 別に倒れる程でもない。しかし念の為に常備しておいたマナポーションを飲んでおいた。


「アレ、やるんでしょ。ベースは誰にするの?」

「……サリア、頼めるか?」


 やはり全て見透かされていたようだ。サリアの言葉にスクとシドは頷いた。


「ご主人様、僕達はあっちで待機してます」

「またね〜」


 そう言うと、二人は一回転して魔法陣の中へと入った。それと同時に失われた魔力が返ってくる。


「……それにしても、よく待ってくれていたな。お前ならいつでも俺達を殺せただろ」

「ふん。情けぐらいは掛けてやる。我はやる気が無いのでな」


「おい! 何をやっている! 早く殺せ!」

「やかましいわい。黙って見ておれ」


 その横で科学者が騒いでいるようだが古龍はため息を吐くだけで襲いかかってくることは無かった。


「サリア、やるぞ。リージュ。頼んだ」


 そう二人に告げ、集中する。魔法陣を描くためだ。


 基本的に、一つの魔法は一つの魔法陣を使って行使される。


 例えば、火の下級魔法と上級魔法。この二つとも使われる魔法陣は一つだ。ただ、上級魔法の方が複雑になる。


 しかし、複合魔法と呼ばれる魔法は二つ以上の魔法陣を必要とする。


 たとえば、熱風を出すのならば火の下級魔法と風の下級魔法の魔法陣を重ねなければならない。そのため、使われる魔力は二倍の数が必要となる。



 俺が今から作る魔法陣の数――それは、二十を越える。このレベルになると宮廷魔法士でも無ければ扱えない。



 当然、魔力はすぐに尽きた。


「リージュ! 頼む!」


 リージュが手を伸ばし、体に触れる。暖かい光と共に生命力が回復していくのを感じる。


 それと同時に、生命力はゴリゴリと削られていった。



「ほう? 生命力を魔力に変えるか」


 それを古龍は興味深げに観察するが、それに構う余裕は無い。



 ただ只管に魔法陣を組み上げていく。


 召喚魔法に使う魔法陣を十個。


 合成魔法に使う魔法陣を十個。


 そして、変異魔法を一個。



 本来ならば何十回も死ぬほどの生命力を魔力に変え、作りきった。




 そして、ここから組み合わせる作業となる。


 これを作るのは初めてではない。だから、その作業に生命力が三人分しか必要ないという事は知っていた。


「ほう。今の若者には無い胆力じゃな」

「当たり前よ! マスターを舐めないでよね!」


 何やら言い合いをしているサリアを近くに呼びつける。


「サリア、来い」

「分かったわ」


 サリアが目の前へとやってくる。その端正な顔立ちが近づき、少なからず心臓が驚いている。


「……いいな」

「もちろんよ」


 最後の確認に、サリアは頷いた。


 唇に指を当てると、サリアは小さな舌をちょこんと出した。それを軽く引っ張る。



 瞳を潤ませ、上目遣いで見てくるその姿は見るものが見ればさぞや興奮することになるだろう。


 まあ、今はそれどころでは無いのだが。


「いくぞ」


 魔法陣を掴み、その舌に宛てがう。すると、魔法陣はスルスルと舌に入り込んで行った。


 ドクン、と彼女の心臓が跳ねたのが伝わる。次いで、処女雪のように白い体に赤みが刺していく。



「……ほう?」


 ぐぐ、とその体が膨らみ、背丈がおよそ十センチほど伸びる。胸と下腹部のみを覆っていた外骨格が変形し、繋がった。毎度の事ながら、あまり意味が無いと考えてしまう。


 そして……少女らしい体つきが大人の肉付きの良い体へと変わる。元々の十代前半の容姿が、十代後半から二十に入るか入らないぐらいの変化。


 顔つきも多少の変化を見せる。元々気の強い顔が少し柔らかくなり、凛とした雰囲気を醸し出されて可愛らしさが美しさへと変貌していた。





「……白、か」

 しかし、一番の変化を見せていたのはその髪であった。灼熱のように白みがかっていた紅は色が抜け、真っ白になっている。




 髪の色、というのはこの世界ではかなり重要視されている。それは適正魔法を表しているからだ。


 例えば、髪が赤みがかっていれば炎に適性があり、青みがかっていれば水に適正があると言われる。


 しかし、一色だけ他に比べて異色とされる色がある。それが白だ。



 そして、白髪の得意属性とは……



「全属性適正とはなかなか希少じゃな。それに、その風格。ワシと同等か」

「ふん、私のマスターを舐めないでよね。これぐらい朝飯前よ」


 古龍に対し、サリアは自慢げにそう言った。黙っていれば別人なのだが、口を開けば中身は変わらない。


「……その男が優秀と言う事も分かった。まさか【召喚士】の秘技をそこまで扱いこなすとはな」

「見る目あるじゃない。マスター」


 サリアが一度視線を合わせてくる。それに頷くと、サリアはキュッと口を引き結んだ。


「頼んだぞ、サリア」

「任せてよね」

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