恋ごころより特別な ③

 翌日、トムくんと私の間には距離ができていた。大声で「子ネズミ!」と呼ばれることも、消しゴムが飛んでくることもない。それに気付いた香奈が「よかったね」と言ったけれど、私は曖昧に笑うことしかできなかった。

 そして昼休み、トムくんが他の男の子たちから「東堂に告白されたってマジ?」と質問攻めにされているのが聞こえた。トムくんは顔を真っ赤にして「お前らには関係ねーだろ!」と、悲鳴のように何度も叫んでいる。それでも否定はしないのだから、事実と認めたようなものだ。

 優美ちゃん、すごい。自分の想いを伝えるなんて、とても私には無理だ。言ったところで受け入れてくれるわけがないし……ああ、優美ちゃんはどうだったんだろう。トムくんはどんな返事をしたのかな。断っていてくれたらいいのに、なんて考えてしまう自分が嫌で、胸の奥がますますモヤモヤしていく。

 騒ぎが収まらない教室にいることが耐えられなくなって、私は椅子から立ちあがった。一緒にいた香奈がキョトンとしている。


「恵理ちゃん、どうしたの?」

「……部室に、行ってくるね」


 香奈の反応を待たずに歩きだし、そのまま真っ直ぐに教室を出る。誰か男子が私の名前を呼んでいたけど、聞こえなかったふりをしてドアを閉めた。


 昼休みの美術室は、誰もいない。いつも部活の時に座っている席へと腰掛けて、窓の外へ視線を向けた。ここからは体育館の裏手が見える。一年生の時によく、トムくんたちが基礎トレーニングをしていた場所だ。

 背が低いのにバスケ部に入ったトムくんは、他の部員より苦労することも多いだろう。それでも部活を辞めないトムくんは、ずっと頑張り続けているのだ。同じように背が低い私は、いじけてしまったままなのに……いつだって、他の女の子と自分を比べてばかりだ。

 もしかしたらトムくんは、こんな私のことが嫌だったのかな。だから顔を見るとイライラして、意地悪をしてしまったのかな――嫌な想像を膨らませていると、急に入口のドアが開いた。

 振り返るとトムくんがいて、気まずそうな顔で近付いてくる。どうしてここに……と思ったのが伝わったのか、香奈に聞いたんだと言った。


「すごい顔して教室出てったから、心配になってさ」

「心配?」

「そうだよ。子ネズミが元気ないと、俺もなんか調子出ないんだって」


 苦笑いを浮かべた彼は、私に向かって右手を差し出した。その指先から、ネズミのマスコットがぷらぷらとぶら下がっている。


「なにこれ?」

「昨日のお詫び。子ネズミには子ネズミが似合うかなって思って」

「じゃあ、昨日の夜買いに行ったの?」

「そーだよ、いいから早く受け取れって」

「うん……ありがと」

 

 お礼を言って受け取ったけど、素直に喜んでもいいのかわからなかった。だってそれって、優美ちゃんから告白された後に、私のことを考えていたってことだ。もしも付き合うことになっていたとして、初日から他の女の子へのプレゼントを買いに行くなんて……そんなの、カノジョは嫌な気分になるに決まってる。


「ごめん、やっぱり返す。優美ちゃんに悪いし」

「なんで東堂? 告白なら断ったんだけど?」

「えっ、断ったの?」

「だってあいつ、俺より十三センチも身長高いんだぞ」

「……そんな理由!?」

「そりゃ申し訳ないとは思うけど! 俺はっ、自分より背が低い子がいいんだよ!」


 トムくんはそう言って、一気に耳まで真っ赤になった。はっきり言ってしまうけど、同じ学年でトムくんより背が低い女の子なんて……私ぐらいしか、いない。

 今の私は、どんな顔をしているんだろう。

 目の前の人と同じくらい、赤い顔をしてるんじゃないだろうか。


「と、トムくんより背が低いなんて、探すのすっごく大変そう!」

「べっ、別にわざわざ探してまで、カノジョなんかいらねーからっ!」


 いつも通りに憎まれ口を叩き合ったけど、今までとは完全に空気が違う。お互いに本音を隠しているようで、だけど隠しきれてなんかなくて……素直な気持ちを言ってしまいたくなるけれど、もしも伝えてしまったら、今の関係は絶対に壊れてしまう。

 だから、まだ、黙っていよう。

 この関係を特別なものだと思っているのは、たぶん私だけじゃないから。


「なぁ子ネズミ、やっぱ俺、お前と遊んでないと調子狂うわ」

「ちびっ子がどうしてもっていうなら、構ってあげてもいいですけど?」

「あっ、ちびっ子は余計だろーがコノヤロ!」

「きゃー! 怒ったー!」


 トムくんが怒るふりをして、私も逃げ出すふりをする。追いかけっこで教室に戻るまでの間、トムくんはずっと私に追いつけないふりをしていた。

 きっと今日も、明日も、明後日も――私たちは、仲良くケンカをするんだろう。

 

(了)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

恋ごころより特別な 水城しほ @mizukishiho

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ