第15話

 どれくらい経っただろう。

 舞い落ちる雪が少しカバンに積もりはじめていた。

 吐く息は白く、暗い空に吸い込まれていく。

 ブブッとポケットのスマホが震えた。

 インスタの投稿についた『いいね』の通知。

 スマホの電源を落とし、マフラーに顔を埋める。

 夕陽の写真を撮ってからもう30分は経過していた。

 カバンから再びカメラを取り出しポチポチとあの日の写真を眺める。


 分かっていたはずなのにあたしはまた勝手に期待して、勝手に傷ついて、勝手に後悔して。

 何度も繰り返しているのにまだ慣れない。

『普通』のみんなは色々諦めて大人になっていく。

 後悔と妥協と諦観。

 それらの連続が人生だ。

 でもきっとあたしは全て諦めきれずに置いていかれる。

 いつまでも子供でわがままな自分を許せないまま。


 ガチャリと、突然その扉は大きな音を立てて開いた。


 驚いているあたしと目が合うと彼はツカツカと無言で歩み寄ってくる。


「ここは生徒立ち入り禁止だぞ」

「……なんで?」

「普通に危ないからな」

「違う。なんでここに来たの?」


 彼は押し黙った。

 難しい顔をしてなにかを考え込んでいるようだ。


「なんでだろうな」


 たっぷり間を置いてから彼はふっと破顔する。


 だめだ。


 期待なんかもうしたくないのに。

 彼の顔を見ると思考がぐちゃぐちゃになる。


 ああ、あたしはもうどうしようもなく彼に​─────。


「もうあたしに構わないでいいよ」


 彼に背を向け声をぐっと低くして。


「保健室も行かないし」


 懲りずに流れる涙を抑えながら。


「友達も今日までにしよ」


 必死に言葉を絞り出す。


「……君がそれでいいのなら。でもあの子はどうするんだ。あの子も君の『友達』だろ」


 欲しい言葉はもうくれない。


「先生はさ、もしあの子に付き合ってって言われたらどうする?」

「断る。生徒をそういう目で見られるわけない」


 先生と生徒の限界。

 どこまでいっても彼は大人で、あたしは子供なのだ。


「じゃあ、あの子とは仲良くできるかもね。……またいつも通り」

「なぜしっかり向き合おうとしない」


 彼の責めるような口調を聞いたのは初めてだった。


「……」

「君にこれまで何があってそうなったかは全然知らないし、聞いても言わないだろうが

 ……」


 ​─────やめて。


「君が思っているほど周りは複雑じゃない。それに向き合えない理由は誰かのせいじゃないんだ。……なら」

「……やめて」


 欲しいのはそんな鋭いナイフみたいな言葉じゃない。

 その先は、その先だけは。


「君の弱さだろ」


「……っ!やめてって言ったのに!!」


 思わず振り向き手に持っていたカメラを彼に投げつける。

 彼は危なげなくカメラを受け止めつつもあたしを見ている。

 憐れんだような、その目で。


 それを見た瞬間急に足から力が抜けた。

 地面が無くなったような感覚。

 ふらっとバランスを崩し後ろに倒れる。

 体が柵にぶつかった途端、ガタンと何かが外れる音がした。

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先生と境界 偽エビ @nise_ebi0727

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