第14話

「ありゃ、ミソっちじゃん!」


 あたしが中に入るとまるでなにもなかったかのように彼女はパッと彼から離れ、ベッドに腰かけた。

 探るような目つきであたしを見つつも、いつもの明るい笑顔が張り付いている。

 ここで追求してもよかった。

 いや、そうすべきだった。


 でもできなかった。


 彼女はいい子だ。

 あたしみたいな人間にも他の人と変わらず接してくれて、明るくて、優しくて、ちょっとだけずるい普通の女の子。

 彼女だからこそきっと小さな、けれど大きな一歩を踏み出せた。


 だから何も言えなかった。


「おー、偶然。どしたの、怪我?」

「うん、さっき腕擦りむいちゃって」

「大丈夫?」

「痛すぎてやばい!てかいつもより優しくね!?」

「全然平気そうで良かった。あたしカメラ借りに来ただけだから行くわ」


 さっきから目が合わない彼の前にツカツカと早足で向かう。

 そして、あの日からずっと机の上に置いてあるデジカメを掴みやや乱暴にカバンの中に放り込んだ。


「借りてくから」

「……」


 2人に背を向け扉へ向かう。

 そのときふと、小さな呟きが聞こえた。


「……そのカメラ。ふーん、そゆこと」


 聞こえなかったフリをし、廊下に飛び出す。

 ズキズキと。

 痛む心を抑えながら階段を駆け上がる。


 なぜこんな気持ちになるのか理解できない。

 なぜこんなにも、涙が溢れてくるのか理解できない。


 まるで好きなおもちゃを取り上げられた子供の癇癪だ。


 あれだけで、あの光景だけでもう彼女を友達と認められなくなってしまった。


 なんて醜いのだろう。

 他人を認められず、自分すら肯定できない。

 酷くおぞましく過剰な自意識。

 結局誰もあたしを正しく理解なんてできない。


 やっぱりあたしは普通じゃないから。


 壊れかけの南京錠をガチャガチャやって無理やり屋上へ続く扉を開ける。


 案の定誰もいない。


 あたしは屋上を囲う簡単な柵に手をかけぼーっと落ちかけている夕陽を見た。

 思わずカメラを手に取る。


 シャッターを切った直後辺り一面が暗くなった。

 陽が、落ちたのだ。


 写真はぼやけていて綺麗とはとても言えない。

 あたしは深くため息をつくとカメラをカバンにしまい、柵に背を預けた。

 はらりと、白い結晶が手のひらに落ちる。


 雪が降るほどに冷え込んでいたことにそのときようやく気づいた。

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