第13話
文化祭が終わったあともあたしは毎日保健室へ通った。
保健室ではどうでもいい話ばかりして、肝心なことはいつまでも言えないで。
それでも先生はあたしを拒んだりしなかった。
口では早く帰れだの君来すぎじゃないかだの言っていたが、その実ずっとあたしに付き合ってくれていた。
家族にも見せられない醜い素のあたしを案外普通と言い放った彼。
だから勘違いした。
彼はあたしだけの王子様だと、勝手に思ってしまった。
今思えばそんなはずないとすぐ分かったのに。
それ程までに当時のあたしには余裕が無かった。
修学旅行、期末テストを終え、2学期の終わりが目前まで迫っていたある日の放課後、あたしはいつものように保健室へ足を向けた。
吹奏楽の音色やどこかしらの運動部の掛け声などが遠く響いてくる。
そんなありふれた放課後。
階段をリズム良く降り、リノリウムの床をパタパタ鳴らしながらいつも暖かいあの部屋へ。
その日は少し、肌寒かった。
保健室からは2人分の声が聞こえていた。
あたしは音もなく扉を少しだけ開け、中の様子を窺う。
「ありがと司っち〜。マジ愛してる〜!」
「これに懲りたらあまりはしゃぎ過ぎないことだ」
「相変わらず塩だよね〜」
彼と、1人の女の子。
彼女は腕に軽い怪我をしたようで、消毒された箇所をいたたと言いながらさすっていた。
見覚えのある顔だ。
というか、あの日あたしが少しだけ踏み出したきっかけとなった同じクラスの少女だった。
彼女はひとしきりケラケラ笑うと、絆創膏を棚から取り出そうとする彼の背中をじっと見つめる。
ザワザワと嫌な予感が体を走った。
思えばあたしが彼に会うきっかけになったのも彼女だ。
扉を握る手に少し力が入る。
偶然を装って明るい声で入っていくことはきっと簡単だった。
でも、あたしはそこから一歩も動けない。
余裕が無かった。
今はそういう言い訳ができるけれど。
「司っちって気になってる人とかいないの?」
「いない」
「でもさ、最近ミソっちと仲良いじゃん。ロリコン?」
「彼女は普通の友達だ」
「へー、ロリコンは否定しないんだ」
「僕が本当にロリコンだったらどうする」
「……こうする」
雑なからかいに呆れながら彼が振り返った瞬間、彼女は自分の唇を彼の口に押し付けた。
斜陽が窓から差し込む保健室。
2人の影はあたしの方まで伸びている。
その光景は、決してありふれた放課後なんかじゃなかった。
彼は鳩が豆鉄砲を食らったときみたいな顔をして口を抑えながら倒れるように椅子に座る。
「余裕、なくなるんだ」
彼女はニヤリと笑うとゆっくり彼に迫る。
そのとき既に手は勝手に動いていた。
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