第3話
*
次の日、僕は今までにない緊張感で学校へ行った。コメントに何か返信すれば良かったのかもしれないが、なんと書いていいのかわからず悩みに悩みまくった結果、何も書かずに学校へ来てしまった。
――顔見て話せないや。あんな恥ずかしい文章を小説書いてるって見せた、俺。
脳内の一人称も「僕」から「俺」に変わっている。「俺」と自分のことを呼ぶ僕しか知らない小宮さんに、あんな小説にもなってない、文章としても成り立たないものを送ってしまった恥ずかしさで、胸焼けしそうだった。
一時間目は体育だった。雨が降っているから体育館で、男女別々のことをした。僕は内心ほっとした。しかし二時間目は国語。よりにもよって、国語である。「国語」という2文字を頭の中に浮かべるだけで、「文法」「文章力」「読解力」など思い出したくないようなキーワードがいくつも頭に浮かんでは、焼印のように僕の脳内に押されている。
もうだめだ。穴があったら入りたいと、小宮さんの方をいつも以上に見れないけれど、僕の身体から出る僕の意識のオーラは全部全部左隣の小宮さんに向かって伸びていた。
僕はこのままでは絶対ダメだと、机にのせた腕の中の小さなスペースに、《応援してくれたんだよね?》とシャープペンで書いて、小宮さんに見せることにした。そうでもして、あのド下手くそな文章を書いたのには理由があると、どうしても小宮さんに伝えなくてはいけないと思った。だって、小宮さんは読書をするのが好きなんだから。
僕がコツンと左肘で小宮さんの右肘を触ると、小宮さんは身体をびくんと震わせた。僕は僕の机と小宮さんの机の狭い空間に落ちないように《応援してくれたんだよね?》と書いたノートの端っこをそっと押し出した。小宮さんはものすごく悩んでいるように見えた。自分のノートに目を向けて、しきりに眼鏡の下で何か考えているようだった。
僕はまた腕の中の狭い空間で小宮さんへの秘密の手紙を書いた。
《 どうだった? 俺、文章が苦手で、恥ずかしいから、ダメならダメっていって? 》
小宮さんはそのノートを見て、またなにか考え込んでしまったようだった。でも、僕のノートをそっと自分の方に引き寄せて、なにか書いてこちらに戻してきた。そこには、こう書いてあった。
《 正直にいうとね、少し、読みにくかったけど、お話は面白かった 》
僕はやっぱりなと思った。僕はまたノートの端っこに手紙を書いて小宮さんの方にそっと押し出した。
《 やっぱりそうだよね。ごめん、変なもの読ませて。忘れて 》
これでいいと思った。そしてまた書き直して、それを公開しなおせばいい。僕がそう思っていると、国語の武山先生が小宮さんを褒めているのが聞こえてきた。さすがの読解力だと褒めている。先日の確認テストの点数が良かったようだ。でも体調が悪いのかとも聞かれていたのは気になった。それが僕の書いた小説のせいだったらどうしよう。読書が好きな彼女に、あんな変な文章を読ませてしまった。その消化不良だとしたら。
僕は今の自分にできることを考えた。僕はもう間違いなく隣の席の読書が好きな小宮さんのことが好きだ。もっと小宮さんのことを知り合いし、一緒にどこかへ行ったり、いろんな話をしてみたい。もう僕の心の中は小宮さんでいっぱいになりそうだと思った。ぎゅううっと身体の内側が萎んで、その萎んだ何倍もまた好きの気持ちが膨らんでゆく。
――僕は、俺は、小宮さんのことが好きなんだ。
だったらどうしたらいいのだろうか。読書が好きな彼女に読んでもらった僕の文章力は最悪。これ以上嫌われないためには、どうしたら……?
――そうか、これだ。
僕はまたノートの端っこに手紙を書いた。
《 俺がもっと文章が上手くなるように教えてくれない? 国語 》
《 代わりに俺、小宮の苦手な体育なら教えられる 》
僕のこのアイデアはとてもいいアイデアだと思う。だって、その時間、僕は小宮さんと一緒にいれるのだから。そして、その時にあのなんともならない文章の弁解をする。だって、彼女は読書が好きな女の子だから。
小宮さんから、《 私は国語、大地君は体育ね 》と返事が来た時、僕の心臓は口から飛び出るくらいに高鳴った。良かった。嫌われていなかった。
僕は人生でこんなに緊張したのは、小説を書いていると小宮さんに言った時とまさに今だと思った。
僕はノートの端っこに、震える文字で、こう書いた。
《 じゃあ、まずは僕に教えて。今日一緒に帰らない? 》
僕の初恋は読書が好きな隣の席の小宮さんで、僕のこの恋は誰にも言えない。
完
僕が好きな彼女は読書が好きで、そんな彼女への告白にウェブ小説を書き始めてみたら、まずい事になった話。って、これはラブコメじゃなくて純愛だよね? 和響 @kazuchiai
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