魔法学校女子寮の推し事情

天崎 剣

魔法学校女子寮の推し事情

 リアレイトから戻り、ぐったり疲れて二段ベッドの下の段に寝転がっていたリサの真上に、グイッとルームメイトのカレンが覆い被さってきた。


「リサ! どうだった?!」


 肩までのカレンの髪の毛が、もう少しでリサの顔にくっつくかというくらいまで近付かれ、リサはキャッと声を上げた。


「どどど、どうって。か、可愛い系って訳でもないし、カッコいい系って訳でもないし、普通……?」


 しどろもどろで答えるリサに、カレンは更に顔を寄せてくる。


「それ、息子の方でしょ。違う。シバ様の方!!」


 言われてリサはハッとした。

 そうだ。カレンは塔の五傑、シバの大ファンだった。

 魔法学校の校長、ディアナの古い知り合いだというシバは、時折学校にも顔を見せる。端整な顔立ち、長い金髪を後ろで一括りにし、貴族風の格好をしているのが、カレンにはどうやら王子様のように見えるらしい。

 レグルノーラに王国など存在しない。リアレイトの絵本や小説を読んで知っているのだ。

 沢山の国があり、そこに王や王妃、王子や姫がいて、時に儚く、時に美しく描かれるそれに、カレンは憧れを抱いていた。


「シバ様の息子なんてどうでもいいの。私が知りたいのはシバ様の、本当のお姿の方なんだってば!! リサが特命を受けたって知って、私がどれだけ羨ましく思ってるか、毎晩毎晩語ってるじゃない! 教えなさいよ。シバ様の本当のお姿は、どんな感じだったのか!!」


 顔が近い。

 リサにとっては、話の内容より、そっちの方が重要だった。

 どうもカレンは興奮すると周りが見えなくなる性格らしい。

 他人との距離感に敏感なリサは、このカレンの強引さが少し苦手だった。

 が、普段何かと助けてくれるだけに、リサはカレンに遠慮して平気な振りをしているのだった。


「は、話すから。ちょっと落ち着いて、ベッドから下りよう」


 カレンの肩に手を伸ばし、どうにか落ち着かせる。

 それもそうねとカレンが二段ベッドの隙間から身体を引っこ抜いて立ち上がり、自分の机から椅子を引っ張ってきた。

 リサはやっとカレンから解放され、二段ベッドの縁に腰を下ろした。


「カレンが何を期待してるのか分からないけど、普通のリアレイト人だったよ」


「普通って何」


 カレンがすかさず返してくる。


「サラリーマン」


「サラリーマン? 会社勤めってこと?」


「そうみたい。リクルートスーツ着てた。授業で習ったよね。リアレイトの成人男性の仕事着」


「ああ、うん。習った。お顔は? シバ様は素顔、どんな感じ?」


「気難しそうな感じだった。大河君に話すとき、結構言葉少なでビックリしたんだよね。シバ様って、五傑の割に丁寧で、優しくて、人柄の良さそうなイメージだったんだけど、リアレイトでは違うのかなって」


「タイガ? 息子?」


「そう、大河君。私、喋り過ぎちゃって。嫌われてないかなって、一人で反省会してたんだけど……」


 リサは、一際大きなため息をついた。

 力が入りすぎてしまった。一辺に、色々詰め込むように、大河にひとしきり話してしまったこと、思ったように動けなくて、シバの手を煩わせてしまったこと。

 反省すべき点が多すぎて、一人、ベッドの上で横になって考え込んでいたのに、カレンはお構いなしにシバの話をしてくるんだから、堪ったものではない。

 大河の思い詰めたような顔も気になっていた。

 初めて知らされたと言っておきながら、大河は自分の出自について、何かしら悩んでいたのだろうかと。


「……へぇ。リサは、タイガのことが気になるのね」


 カレンがニヤニヤしている。

 リサはンッと声を出して首を傾げた。


「で? タイガはどうだったの。可愛い系でもカッコいい系でもない? 爽やか系? 頭良さそうだったとか?」


「いや、そういうわけでも……」


「何それ。お世話係なんでしょ? もうちょっと興味持ちなさいよ」


「興味は持ってるけど。ええっと……、そういうんじゃなくて……」


「興味はあるんだ。じゃ、何。二人っきりだったら、良い雰囲気になりそうとか、ある?」


「も、もう……! カレンはどうしてそういう方向に話を持ってこうとするの」


「だぁってぇ、シバ様の息子だよぉ? 羨ましすぎるじゃなぁい。せめてリサがぁ、タイガとどうにかなっちゃうかもぉとかぁ、そういうのあるんだったらぁ、応援してもいいかなぁってぇ、思うわけぇ」


 椅子の上で身体をくねくねさせ、楽しそうに変な言い回しを披露してくるカレンに、リサは呆れ顔だった。


「だから、そういうんじゃないってば。ただ……、守って、あげたい……とは、思う、けど……」


 苦し紛れの言葉に、カレンは過剰に反応した。

 キランと目を輝かせ、ニカッと笑い、二段ベッドの縁に腰掛けたリサの前に片膝を付き手を取った。


「守って、あげたい……! そういうの、良いと思うわ……!」


 あまりにも大袈裟に笑いかけてくるカレンに、リサはギョッとした。


「守ってあげたい!! 素敵!! タイガは年下ね?」


「あ、う、うん。13歳……」


「13!! 4つ下!! ショタかっ!! オネショタ!!」


「か、カレン。どこでそういう言葉を」


「リアレイトのサブカルは好物なの!! 干渉能力ないけどね!! そうか、オネショタか!! 良い組み合わせ!!!! ごちそうさまぁッ!!!!」


 カレンのテンションがどんどん上がって、声のボリュームがどんどん大きくなっていた。しかも、興奮しすぎてリサの手を離さない。両手を掴まれたあげく、


「オネショタかぁ、ありがとうありがとう!! 好物だよ、好物好物」


 などと、何かを祈るような動きをされ、リサは激しく困惑した。

 何がありがとうなのかごちそうさまなのか、全く理解できないでいた。

 それより、声が大きい。

 ここは寮。共同生活の場。

 あんまり大きな声で騒ぎすぎると、大抵……。


 ――ドンドンドンッ!!


 激しいノック音。

 と同時に、無理矢理カチャッと外側から魔法で部屋の鍵を開けてくる音。


「うるさいんだけど!!」


 バンッとドアを勝手に開けて入ってきたのは、女子寮の寮長、アリアナだった。

 鬼の寮長と名高いアリアナは、寮の秩序を守るためとあらば、勝手に鍵を開けて突入することもしばしばなのだ。


「毎度毎度毎度!! 静かに出来ないわけ?! 今日は何?! またリサが泣いて……ない。声がうるさいって苦情入ってるんだけど?!」


 普段とは違う様子に首を傾げつつ、大声で入ってきた手前、そのままの勢いで怒鳴り散らすアリアナ。


「ご、ごめんなさい。寮長、今日は……」


 流石に大きな声を出しすぎた自覚はある様子で、カレンがそっと手を上げる。


「……カレン? あの大きい声、カレン?!」


 普段はおとなしめのカレンが騒音の原因だと聞き、アリアナは目をぱちくりした。

 カレンはようやくリサから手を離し、恥ずかしそうに髪の毛を撫で付けながら、アリアナに向かって肩をすくめた。


「ちょっと、お、推しの話で盛り上がっちゃって……。反省は、してま……」


 まで言ったところで、アリアナの鋭い眼光がカレンに向けられた。


「推し」


 ビクッと、カレンは肩を震わす。


「推しの話で、盛り上がった。なるほど。推しは、良いわよね」


「え、あ、はい?」


「で、カレンの推しは?」


「わ、私の推しですか?! ご、五傑の、シバ様……なんです、けど……。お、おこがましくて、アレ、ですけど、はい……」


 少し、思ったのとは違う展開だと、リサは思った。

 いつもなら、静かにしなさいとグチグチ言って、怒鳴って、リサを黙らせてからぷんすかしながら帰って行くのに、今日は違う。


「私の推しは、レグル様よ」


 両手を腰に当て、アリアナは誇らしげに鼻を鳴らした。


「れ、レグル様。いい、ですよね。素敵です。お美しいですし、今は、アレですけど……」


 チラチラとリサの方を見ながら、カレンは苦し紛れにアリアナを褒める。

 それが多分、いけなかった。


「私がどれだけレグル様を推してるか、語らせて貰っても良いかしら」


「え、ええ?!」


 リサとカレンは、ビックリして顔を見合わせた。

 一年先輩、しかも鬼の寮長アリアナが、推し談義。

 年下の二人に拒否権がないのを良いことに、アリアナはその後、一時間近く延々と推しについて語り尽くしてから、満足げに部屋から出て行ったのだった……。



<終わり>

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