朱の記憶

やまもん

序章 はじまり

これは、桜のように儚く散った…


戦士の物語…





「第44代目の次期頭首となる西條水無希さいじょうみなき様です。」

「西條水無希です。よろしくお願いします。」


ぺこりと幼いながらもしっかりとした口調で頭を下げ、挨拶をする水無希。

水無希の挨拶に柔らかい笑みを見せ、ゆっくりと口を開いたのは弥生岳人やよいたけひとである。


「水無希様、後継の儀ではよろしくお願いします。こちらが水無希様にお仕えさせていただく息子の千歳ちとせです。ほら、千歳、ご挨拶を…」

「弥生千歳です。よろしくお願いします。」


礼儀正しく、挨拶をする千歳を、水無希は真っ直ぐ見つめた。


西條家と弥生家。

2つの家系は、ある契約の下で繋がっている。

西條家は、この地区を納める頭首であり、弥生家はその西條家を支え、護る家系であった。

この日は、西條家の長男である水無希が10歳になり、弥生家の長男である千歳と、初めて顔を合わせた日である。


「千歳くんも大きくなったね。」

「えぇ、お陰様で…。でも、まだまだ色々修行が足りない身なので…」

「そんな事を言ったら、うちの水無希もそんな感じさ」


はははは、と互いに笑いながら親同士は談笑していた。

ジッと静かに父親の隣で正座をし、真っ直ぐ相手を見つめ合う水無希と千歳。

先に口を開いたのは水無希だった。


「ちーちゃん」

「……!?」

「ちーちゃんって呼んでいいだろ?」

「………え…?」


キョトンとした顔をする千歳に、水無希の父親である西條彰彦さいじょうてるひこは、少し慌てたような口調で水無希の頭をペシンと叩いた。


「いて、なんだよ!!!!」

「なんだよ、じゃない!初めて会った千歳くんに失礼をするんじゃない!」

「まぁまぁ、彰彦様、問題ございませんよ。なぁ?千歳。」

「……はい。大丈夫です。」


岳人の言葉にゆっくり頷く千歳。水無希はニマッと笑みを浮かべて立ち上がり、千歳の腕を掴んだ。


「遊ぼ!ちーちゃん。」

「え?」


グイッと無理矢理立たせ、部屋を飛び出す水無希。彰彦は「こら!水無希!!!!」と叫んだが、水無希は振り向きもせず、外へ迎って走っていく。

岳人は「ふふふ」と静かに笑い、彰彦は「落ち着きが無い奴で、申し訳ない」と溜息混じりで言う。



―…風のように軽やかに走った…


柔らかい太陽の光が眩しくて、握られた手の温かさが心地よかった…


「ちーちゃん!」


そう呼ぶ声が、どこか優しくて、何も無かった自分の心を照らしてくれるようだった…




そして、その日から、水無希と千歳は 〝ともだち〟になった。



「千歳、なりません。」

「!!!!??」


水無希と顔を合わせてから、千歳と水無希は互いの家を行き来するようになり、遊ぶ回数も増えた。

そのためか、水無希から刺激を受けた千歳は、〝今まで決してやらなかったようなこと〟をするようになることが目立っていた。


「どこでそのような事を覚えたのですか。」

「ご、ごめんなさい。」

「千歳、貴方はもう11になったのです。そして、先日西條水無希様とお顔合わせをし、これから正式に水無希様にお仕えする後継の儀式である、納希いきが控えているのですよ。」

「はい」

「少しは自分の身分をわきまえた行動をするように」

「はい。申し訳ございません。母上。」

「分かれば良いのです。それをサッサと片付けなさい」


弥生叶恵やよいかなえ。千歳の母親である。

叶恵の躾はとても厳しいものであった。特に弥生として、西條に仕える千歳には、より厳しく、弥生と西條の歴史から、礼儀作法、言葉遣いなど、ありとあらゆることを叩き込んできた。

そんな母親である叶恵を、千歳は自分の母親であるのにも関わらず苦手な存在…いや、恐い存在と感じていた。


「あ!兄ちゃん!」

「……亜優斗あゆと

「兄ちゃん、なにしてんの?」

「お片付けです。」

「おかたづけ?」


亜優斗は5つ年下の弟であった。

千歳とは真逆の性格で、明朗活発という言葉が似合う子であった。

いつもニコニコしていて、人懐っこく本当に〝子供らしい〟子供。

千歳は自分とは違う亜優斗を、この時は少し羨ましく思っていた。


「兄ちゃん、このおかたづけが終わったら、一緒にお外であそぼ!」

「ごめんなさい、亜優斗…。この後はお稽古があるので無理なんです」

「えー…」

「すみません。」


千歳は、散らかしてしまった物の後片付けをし、亜優斗に申し訳ない顔を一瞬見せ、足速に稽古場へ向かった。


その頃、西條家でも同じような光景が繰り広げられていた。


「水無希!!!!なんて格好をしているんだ!!」

「何って戦いごっこ!!!!ギャハハハハ!!!!」

「下品な笑い方はやめなさい!美喜也(みきや)まで、なんて汚い格好を…!!」


顔から足元まで泥だらけの格好をしている2人の息子を目にして、彰彦は握りこぶしを作り、怒りを露わにする。


「やっべ、怒ってる。逃げるぞ!美喜也!」

「待って、兄さん!!!!」


美喜也は水無希の2つ年下の弟である。

お兄ちゃん子で、兄である水無希の真似をよくする子であった。

また、千歳と亜優斗と違い、水無希と美喜也は常に一緒に行動することが多く、こうして仲良く遊んでいた。


「美喜也、良いか?父ちゃんに何か言われても、知らないって言うんだぞ!」

「うん!分かった!」

「よし!偉いぞ!さすが俺の弟だ!」


にししと笑いながら美喜也の髪をワシワシ撫でる水無希。

美喜也は同じようにニマっと笑い、水無希の事をジッと見た。


「兄さん、どこ行くんだ?」

「ん?ちーちゃんとこ!」

「ちとせちゃん?」

「そ!」


美喜也の手を引きながら、千歳の家へ行く。

西條家と弥生家はお向かいと言ってもおかしくない距離にあるため、子供の足でも行き来しやすかった。


「まぁ、水無希様…お1人でいらしたのですか?」

「あぁ!ちーちゃんどこだ?」

「申し訳ございません。千歳様は今お稽古がありまして、席を外しております。」

「そっか。待ってても良いか?」

「えぇ。こちらへご案内します。」


メイドが優しく微笑み客間へ案内した。

しばらく時間が過ぎ、稽古が終わった千歳が水無希の元へ来た。


「水無希様…お待たせしてしまい、すみません。」

「ん?大丈夫だぜ!」

「美喜也様も御一緒だったのですね。」

「あぁ!連れてきた!」

「随分泥だらけですが…何してたのですか?」


先程まで泥だらけで遊んでいた2人。ある程度は泥を払ったつもりであったが、やはり汚い格好には変わりがない。

しかし、2人は顔を見合せてからニッと笑い、水無希は「亜優斗も呼べよ!遊びに行こう!」と口にした。


「え…。亜優斗を…ですか?」

「あぁ!早く呼べよ!命令だぞ!」


えっへんと指を差して言う水無希に、千歳は仕方ないなというような表情をして、亜優斗を呼びに言った。


「わぁー!すっげーー!!!!」


村から外れた場所にある川辺まで行き、大きな滝が見えた。美喜也と亜優斗は目をキラキラさせて、辺りの景色を眺めていた。


そして、同時に水無希と千歳の方を見て「入っていい?」と声を揃えて言うと、水無希は大きく頷き、千歳の手を引っ張り、勢いよく川へダイブした。



太陽に照らされた川はきらきら輝き、流れる風は心地良かった。


〝こども〟のように千歳も笑い、はしゃいだ。


そして、4人は、この瞬間だけは普通の〝ともだち〟という関係でいられたのである。


家に帰ると叱られ、現実に引き戻されるのは分かっていたが、この瞬間だけはと、この時の千歳は全て忘れ、心から楽しんだ。


しかし、その楽しかった時間も全て消える瞬間が訪れる。




満月が美しい夜だった。この日は、水無希の後継の儀式と言われる納希いきが行われる日である。西條が守り続けている宝刀〝希子刀きしとう〟を受け継ぐ儀式。


周囲は緊張が走るようなピリピリとした空気が流れていた。

あちこち準備でバタバタしているのを水無希は呑気に見つめている。正装をした水無希の姿を美喜也は見て「兄さんカッケー」とはしゃいだ。

水無希は得意気にふふんと鼻で笑う。


一方で弥生家も正装をした千歳が、水無希よりも先に、儀式の間で待機をしていた。


「良いですか千歳。何があっても決して拒まず、全てを捧げる覚悟で臨むのですよ。」

「はい。母上。心得ております。」

そう返事をし、真っ直ぐ奉られている希子刀を見つめた。


そして、時間になり、水無希が入ってくる。一礼をし、儀式が行われる円の中へ千歳も入った。

儀式は、単純に言うと希子刀きしとうに水無希の血を捧げ、その後、千歳の血を捧げ、血の契約を交わすというものになる。

しかし、儀式の途中、希子刀きしとうは水無希を拒んだ。


希子刀は水無希の血を拒絶し、暴走をした。あってはならない事態に、彰彦は困惑する。

暴走をする希子刀きしとうは、叶恵の手によって抑えられ、直ぐに事態は収束した。


「彰彦様、お怪我はございませんか。」

「あぁ。問題ない。」


叶恵は希子刀きしとうの力を抑え込み、彰彦に駆け寄る。

水無希は何が起きたのか分からずただ立ち尽くしていた。


「父さん…」

「何故なんだ…」

「あ…ごめんなさい。俺も分からな…」

「何故なんだ!!!!」

「うあっ…」


バシンッと手の甲で頬を叩かれ、倒れる水無希。

千歳は慌てて水無希に駆け寄るが、彰彦は水無希の胸ぐらを掴み上げ「この失敗作がっ!!!!」と叫び、投げ飛ばした。


「父さ…。ごめんなさ…。俺、もう一度やってみるから…」

「一度拒まれたら、二度と儀式はできないんだ!!!!美喜也!!美喜也を呼べ!」


半狂乱になりながら、怒り叫ぶ彰彦。使いの者は美喜也を儀式の円に呼び、再度儀式を再開するように弥生に命じる。

すると、希子刀きしとうは青い光を放ち、美喜也を受け入れ、千歳と血の契約を結ぶ事に成功した。



それからというもの、地位が変わり、美喜也が次期頭首として、今まで水無希が教えられてきた事を教わるようになった。

それだけではなく、水無希の扱いが酷いものになった。今まで与えられてきた部屋も、食事も全てがなくなったのである。

部屋は追い出され、外の物置小屋のような場所になり、食事も残飯処理のような扱い。

更に、美喜也と会うことが許されなくなった。


「ちーちゃん…」

「大丈夫ですか?水無希様…」


こっそりと水無希がいる小屋へ現れた千歳を見て、水無希は飛びつく。

小汚い格好をし、少し痩せたような水無希の姿を見て、千歳は言葉が出なかった。


「ちーちゃん、俺…なんで…こんな…」


涙を押し殺すような震えた声で千歳にしがみつく。千歳は、水無希の背中を優しく擦る。

すると、水無希はゆっくり口を開く。


「ちーちゃんは、俺の傍にいるよな?」

「……え?」

「ちーちゃんは、俺を裏切らない…」

「…はい…」

「ずっと、一緒…だよな?」

「はい。勿論です。」

「うん…。」


ニコッと笑う水無希。

その水無希の笑顔が、千歳にとっておそらく最後の笑顔だった。


月日が流れ、千歳は時間が許す時には水無希の小屋を訪れ、会話をしたり、こっそり食事を持っていったりしていた。

納希いきの失敗で、千歳と水無希の間には、主従という関係はなくなった。

しかし、千歳の始まりは水無希の存在が第一にあったため、やはり千歳から水無希という存在を消す訳にはいかなかった。


水無希の元へ足を運んでいるのがバレてしまい、酷く折檻された事もあったが、千歳は決して足を運ぶのをやめるという事はしなかった。


「ちーちゃんは、どっかのクソ共と違って良いやつだな。さすが俺のちーちゃん!」

「ふふ、何を言ってるんですか。」

「んー?」


いつものように他愛ない会話をする水無希だが、この時は少し様子がおかしかった。


「なぁ、ちーちゃん…」

「はい。」

「ちょっと離れるかもしれないけど…。迎えに行くから。」

「なんの話しですか?」

「秘密…」


そう言って、水無希と千歳は別れた。


そして…


その夜…


真っ赤な〝華〟が咲き、水無希の姿と共に、とある〝箱〟がこの地区から消えた。



年月が経ち、千歳は22歳になり、美喜也は19歳になっていた。

季節は暑い夏の日である。

風鈴の音が心地よく、微かに香る蚊取線香の匂いが夏を感じさせる昼下がり、千歳は叶恵と岳人に呼ばれ、部屋を訪れた。


「失礼します。」

「千歳、すまないね。突然呼んでしまって。」

「いえ、問題ございません。」

調は?」

「はい。今は特には…。先日美喜也様にご迷惑をお掛けしてしまいましたが…」

「弥生で産まれた以上、仕方がない事です。それが、代々受け継がれし宿命なのですから」

「はい。存じております」


叶恵の言葉に、ギュッと握り拳を握る千歳。

岳人は一呼吸置いて、ゆっくり口を開いた。


「千歳、あの日を覚えているかい?」

「亜優斗の…事ですか?」


目を一瞬閉じて口にした大事な弟の名前。

岳人は静かに頷いた。


「代々護り続けてきた家宝の〝箱〟が盗まれ、その蔵ごと火が放たれたのは、千歳も知っているね。」

「はい。覚えております」

「その〝箱〟の行方を、お前に追ってもらいたい。」


真っ直ぐ見詰め、力強い声で千歳に命じた。


「勿論、お前1人ではなく美喜也様も一緒にだ」

「美喜也様まで、何故ですか。」

「彰彦様のご命令でね。美喜也様も、との事なんだ。千歳、お願い出来るかな?」


ニコッと優しく微笑む岳人に、千歳は少し考え込む表情をしたが、直ぐに顔を上げ「承知致しました」と返事をした。


9年前、弥生家が護り続けてきた〝箱〟この箱に何があるのかは弥生の一部でしか分からない。

その箱を水無希は持ち出し、火を放って姿を消した。亜優斗は、この事件で命を落としている。

その〝箱〟が無くなってしまった今、この地区が…いや、もしかしたら世界が危険に晒されてしまうかもしれなかった。


「千歳も、もう立派な弥生家の1人だ。頼んだよ。」

「はい。命に変えてでも美喜也様をお護りし、家宝を見つけ、持ち帰ります。」


そう言って、2人の部屋を後にした。


「千歳ちゃ〜ん♪」

「美喜也様…」


ヒラっと手を振り、近付いてきた美喜也。

「話は親父から聞いたぜ」と少し面倒臭そうな顔をしながら口を開いた。

千歳は静かに笑って「仕方ないですよ。頑張りましょう」と言った。


姿を消した水無希についても、美喜也自身ずっと気になっており、兄である水無希を探し出して、家に連れて帰りたい、そう思っていた。

崩れてしまった関係を、もう一度繋ぎ直したいと…。



風が吹き抜け、風鈴が静かに音を奏でる…


これから、歯車が動き出す…



さあ、あかの記憶を辿ろうか…

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