第二話 回り始めた歯車

最初はただ、人のためになるはずだった。

人の助けになるはずだった。


だが、人間は欲深い生き物である。


もっとより完成度が高い物を…


そんな些細な欲が悲劇を生み、憎しみが生まれ、やがて全てが崩れて行くのを時間と共に感じることしか出来なかった。



時刻は午後3時を回ろうとしていた。

玲季斗は普段通り見回りをし、設備の点検をして周り、資料室で書類の整理をしていた。

カチャリと扉が開くと「お!レッドじゃん!お疲れ〜」という声が背中を叩く。

玲季斗は振り向くと、「あ、さくさん」と笑顔を向けた。


蓬莱咲春ほうらいさくはる。第1研究部所属。

玲季斗と歳が近く、小柄な青年である。戦隊ヒーローが大好きなようで、警備隊になりたかったというのが咲春の本音らしい。

玲季斗の〝レッド〟呼びは、警備隊隊長だし、玲季斗とレッドって響きが似てるからという、謎の流れで付けられたニックネーム。

因みに、咲春は何故か〝ブルー〟のポジションらしい。


「咲さんが資料室来るなんて珍しいッスね!」

「ん?そうか?」

「なんか、資料室良く来るのりんさんかな?ってイメージ」

「あー、ね。アイツすぐサボる口実で資料室行くからなー」

「え?そうなんスか?」


咲春が言う〝ピンクマ〟というのは、同じ第1研究部に所属している日南田凛太ひなたりんたのことである。ピンクの可愛らしいフワフワした髪が特徴的で、くまが好きなのか、くまのぬいぐるみをよく持っている。その為か、咲春からピンクマと呼ばれている。


棚からファイルを取り出し、咲春は中をパラパラと確認すると、静かにファイルを閉じた。


「じゃぁな、レッド!また後でな」

「はーい。」


ヒラっと軽く手を振る。この日の夜は一緒に映画を観る約束をしているのである。

映画と言っても、DVD鑑賞であるが、2人にとっては良い息抜きになるのだ。


咲春が廊下を歩いていると、慧葵が目の前に現れた。咲春が「主任、何してんだ?」と口を開く。


「お前が遅いから迎えに来た」

「え?遅い?」

「遅い。30分経ってる」

「30分しかじゃね?」


ムスッとした顔を見せ、ファイルを慧葵に渡す。

慧葵は受け取り、パラパラ中身を見ながら歩き出した。


「なぁ、主任…」

「ん?」

「なんで、突然そんな昔の資料なんか引っ張り出してきたんだよ」

「……………。」


咲春が慧葵の背中を見ながら言うが、慧葵は言葉を返さず無言で研究室へ向かっていく。

真から「内密に」と言われたからか、咲春の質問には答えなかった。



この世界は〝表〟と〝裏〟で分かれている。


〝表〟と言われている世界は、当たり前の〝日常〟が時間と共に流れている世界だ。

しかし、この〝裏〟と言われている世界は、当たり前の〝日常〟という時間が無い。

〝裏〟の世界は AからDと割り振られている地区が存在していた。

A地区と呼ばれる地区が一番〝表〟に近い世界が存在しており、D地区が最も治安も悪く最低と言われている地区であった。

そして、その〝裏〟世界を支配しているのが、中園家なかぞのけと呼ばれている一族である。


この研究所は、その中園家の下で動いており、ある研究を進めていた。

その研究というのが最高の〝殺人兵器〟を作ること。

〝裏〟の世界には戦闘機が存在しており、戦闘機同士が戦い、戦争が繰り広げられていた。

互いに戦い、潰し合い、生き残った戦闘機はが上がる。

〝NAP〟これは、今〝裏〟世界を支配している中園家が生み出したプロジェクト。

中園昭人なかぞのあきとプロジェクト〟なのである。



第1研究部。


「あ!おっか~えり!慧葵ちゃん、さっくん!」


ひょっこり現れたフワフワのピンクの頭。凛太である。

大っきいゴーグルを外して、見て見て〜と楽しそうに近寄って、指を指す。

指し示した先には実験が失敗し、吹き飛んだであろう人間のバラバラ死体が、研究容器の中で浮いていた。

グロテスクな姿に咲春は思わず目を背け「クソばかピンクマ!!変なの見せんじゃねー!!」と怒鳴る。そんな2人のやり取りに目もくれず、慧葵は冷静にバラバラになった死体が浮く容器にソッと手をやり「何したらこうなった?」と聞く。


「ん〜?凛ちゃん、あんまし覚えてないんだけどぉ〜。このプランBの、第2手順をすっ飛ばして、プランAの第3手順に変更したら、ボン!ってなっちったんだよねん♪」

「なんで、別プランと混ぜて実行すんだよ!!マジ腹立つなーピンクマ!!」

「さっくん、怒らないでよぉ~♪何事も挑戦が大事だよん!」

「死ね!!なー、主任、マジこいつ追い出そうぜ?」

「…………。」


ぎゃいぎゃい喚く2人を横目にして、無言でその場を去る慧葵。

周りの部下に片付ける指示をして、慧葵は足元にいるポメもどきを抱き抱えた。


その日の夜。咲春は玲季斗に、凛太の愚痴を零しながら、DVD鑑賞をする。

玲季斗は、またかと思いながら「うん。うん。」と相槌を打った。

そんな2人の姿を千歳は見付け、声をかけた。


「坂井さん。」

「あ、千歳さん、お疲れーっす!」

「映画鑑賞ですか?良いですね。」

「弥生も観るかー?カッケーんだぜ!」

「いえ、遠慮しときます。自分はまだやることがあるので。」

「あー、そっか。残念だな。」

「すみません。あ、美喜也さん…見ませんでしたか?」

「西條?知らねーけど、レッドは?」

「俺も美喜也さん、見てないっす」

「そうですか、わかりました。ありがとうございます。」


ぺこりと軽く会釈をして、談話室を出る千歳。

玲季斗と咲春は、またテレビに視線を向け、続きを楽しむ。


静かな廊下を歩いて行く。

すると、窓を打ち付ける雨の音が耳に響いた。


「雨…ですか…」


ポツリと呟く。

天気のせいだろう。少し心が重くなり、ため息が出る。


そんな千歳の背中を見付け「お抹茶くん」と声を掛ける梨斗。静かに振り向くと、梨斗は書類をパタパタと団扇のようにして立っていた。


「まだ仕事?」

「あ、はい。」

「ふ〜ん。下の連中に任せりゃ良いのに。お抹茶くんは真面目だな。」

「仕事ですので…。時間まではきちんと務めます。」

「あそ。」

「梨斗さんもお仕事中ですよね。お疲れ様です。美喜也さんは?」

「ん?ミキ?」

「はい。ご一緒ではないのですか?」

「あ~、多分キッチンじゃん?」

「え?」

「プリン、作れって頼んだから」


あはは、と笑いながら言う梨斗。千歳はキョトンとする。

梨斗は「じゃ、さっさと出しに行かなきゃ、チビシューに怒られる」と言って、真の部屋に向かう。

梨斗のニックネームの付け方は独特である。玲季斗は犬っぽいから〝豆柴〟で、千歳は抹茶みたいな色だから〝お抹茶くん〟と呼び、真は背が低くシュークリームが好きだから〝チビシュー〟らしい。勿論、真本人の目の前でそんな呼び方をしたら半殺しにされそうなので、影でそう呼んでいるだけである。


千歳は、教えて貰ったとおり、キッチンへ行くと甘い香りがした。


「あ、千歳ちゃん。」

「お疲れ様です。美喜也さん」

「どした?」

「いえ、急ぎではないのですが、お話がありまして…」

「そっか、ちょっと待ってな!まねりんが突然プリン食いたいっつーからさ。」


そう言いながら、蒸したプリンを、冷蔵庫に入れる。

後片付けも手際よくやる美喜也の姿を見て「すっかり、手馴れてしまった…という感じですね」と言った。


「まぁな。」


ニッと笑う美喜也。

昔から身の回りの世話は千歳がやっていたという事もあり、料理や洗濯は勿論、最初は紅茶やコーヒーもまともに入れられなかったのだ。

そんな美喜也が、梨斗の側近になり、千歳や風海にフォローされながら努力した結果、今がある。


後片付けも終わり、お待たせと千歳の方を見ると、千歳は優しく微笑んだ。


「話しって?」


あまり人が立ち入らない物置となっている部屋の奥に、身を潜めるかのようにして話す2人。


「今、本格的に動き出したようなので…美喜也にもお伝えした方が良いと判断しました」

「………誰情報?」

椎季うつきさんです」

「椎季くんか…」


薄暗い静かな部屋に雨の音が響く。

辺りを警戒するように神経を張り巡らせ、千歳は静かに頷き、言葉を続ける。


「これが、椎季さんが引っ張ってきた情報です。例の実験を彼らはまた始めようとしているみたいです。」

「飛龍の…か?」

「はい。彼らは、NAPで唯一成功したと言われている〝飛龍〟で行った実験を行おうとしているみたいですね。その実験に〝箱〟を利用としている可能性があります。」

「……。」


椎季に貰った資料を軽く広げ、美喜也に見せ説明をする千歳。

鳳椎季おおとりうつき。この研究所の地下にいる情報課に所属している人物である。

椎季はどちらかというと、この研究所の方針に反対派の人間のため、千歳と美喜也にこっそり色々な情報を渡し、手を貸してくれている人物であった。


飛龍で行った実験…。

それは、この〝裏〟世界が大きく崩れる元になった存在が生まれた実験だ。


「椎季さんから教えていただいたお話です。」

「………」


千歳は真っ直ぐ美喜也を見つめ、静かに口を開いた。


遠い昔、1人の研究員の男が居た。

その男が、〝裏〟世界の住民の中で子供を世話してくれるロボットが欲しいという声を聞き、ベビーシッタープログラムを搭載したロボットを作り出した。

そして、長い時が過ぎ、完成したベビーシッター用のロボットは大きな反響を生んだ。

しかし、男はそれで満足するような人間ではなかった。


〝もっとより人間らしい物を…〟と考えるようになったのだ。



最初はただ、人のためになるはずだった。

人の助けになるはずだった。


だが、人間は欲深い生き物である。


もっとより完成度が高い物を…


理想を追い続け、研究を続けていき、そんな彼の姿を見て、次々とこの男に賛同し、協力してくる人間が増えて行った。


そんな研究所は1つの組織となり、事件が起きたのだ。


何度繰り返しても、機械に変わりないロボット達を見て、頭を抱える男に、ある人物が口にした言葉が


「人間の子供を実験にかけてみないか?」


だった。


最初は小さい子供からだった。そして、大人。男女関係なく実験にかけていったのだ。


実験を繰り返して、分かった結果が〝子供〟であった。


子供を実験に掛けた方が成功率が高いという事が分かった。

更にこの実験には〝動物〟が必要不可欠だったという。動物の遺伝子と人間の遺伝子が組み合わされ、力が生まれたそうだ。


しかし、唯一、動物を使わずに生まれたと言われている戦闘機がいた。


それが〝飛龍〟と名乗る戦闘機だった。


「飛龍の実験は特別な実験方法だったと聞きます。しかし、どんな実験をしたのか不明と言われているそうです。」

「……そうなのか。」

「はい。椎季さんが見つけた情報によりますと、この時関わった研究員の1人が、この実験データを持ち出し、逃亡したそうです。」

「なるほどな。それで、飛龍で行った実験内容が分からないってことか。」


美喜也の言葉に頷く千歳は、更に言葉を続けた。


木林きばやしさん…お会いした事ありますか?」

「木林?知らねーな。」

「自分も会った事は無いのですが、この研究所のトップの方のようです。もしかしたら、水無希様と繋がっている可能性があります。」

「水無希……?」

「はい。」


弥生の家宝とされている〝箱〟を持ち出して消えた水無希。

その〝箱〟がココにあると知り、潜入した千歳と美喜也。


見えてくるようで、見えなかった閉ざされた扉の鍵穴が、時計の歯車と一緒に微かに見え、回り始めたような気がした。


「椎季くんとこ、行って聞いてみるか…」

「水無希様のことですか?それなら、椎季さんもご存知無かったですよ。」

「…そうなのか?」

「はい。椎季さんも水無希様とお会いした事もなく、お名前もご存知無かったようです。今回こちらの情報を入手した際に、水無希様らしき人物がいる事を知ったようです。」

「…そっか…」


しゅんとした顔を一瞬見せた美喜也。

千歳は、また何か分かったら伝えますと美喜也に言い、部屋を後にした。

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