第三話 当たり前になった時間
「40点」
「………ッ」
昼食の時間。
昨晩作ったプリンをデザートに、梨斗の昼食の支度をした美喜也。
ご飯を食べ終わり、プリンを口に運んだ梨斗の第一声を聞き、軽く舌打ちをする。
「何がダメなんだ?」
「え?だから固さ」
「固さ…?」
「うん。」
「この間お前、固すぎてコレジャナイ感って言ったじゃねーか!!だから、今回ちょっと柔らかくしたんだけどなー?」
「柔すぎ」
「あ?」
カチャンとスプーンを軽く放り投げるように置き、席を立って「ごちそうさん、片付けヨロシク」と言って、食堂を後にする。
その後ろ姿を悔しそうに見る美喜也だが、その後ろから「俺は好きだけどなぁ〜」と、のんびりした声が背中を押した。
「でも~、りっちゃんはダメなんだ?厳しい〜ね。」
「俺も美喜也さんが作ったプリン好きっすよ~!美味ぁ〜♪」
「ハァ…。玲季斗くんと椎季くんは良い子だな〜。」
溜息をしながら、がっくり肩を落とす美喜也。
お裾分けとして、2人にもプリンを食べさせたようで、玲季斗も椎季も満足そうに食べていた。
梨斗の好物は固いプリンのようで、柔らかいなめらかなプリンは好まない。
その為か、中々梨斗の理想の固さに辿り着けず、プリン採点は厳しいものであった。
「ねぇ、みっきー。プリンまだある?」
「ん?あぁ!後、2個あるぜ?」
「とっきーと、風海にも食べさせたいから、貰って良い?」
「良いぜ。持ってけよ!ちょっと風海くんに食わせるの恥ずかしいけど…」
「え?なんで?」
「風海くん、料理上手いじゃん。俺、風海くんに料理教わったようなもんだからな…」
恥ずかしそうに笑いながら、頬を掻いて言うと、椎季は「だーいじょーぶ♪風海優しいから褒めてくれんよ!」と笑う。
そんな椎季に「キョウさん優しくねーっすよ!!昨日なんかー」と玲季斗が思い出したかのように喚く。そんなやり取りを美喜也は見守る様に見詰めて、梨斗の食器などを片付け始めた。
その頃、真の部屋では俊と風海が仕事をしている。
真に頼まれたデータを、USBメモリに書き込んでいる俊は、風海に視線を向けて「風海さん、こっち書き込み終わりそうッス!」と伝える。
風海は俊を見て無言で頷くと、整理したファイルを片手にデスクに近付く。
「そこまでやりゃぁ、良いだろ。テメェも少し休めや。」
「うぃーっす。」
椅子に座ったまま大きく伸びをし「はぁー疲れたー!!」と叫ぶ。
「ちょと出るから、真の野郎が帰ってきたらこれ渡してくれ」
「はいッス〜♪」
出ていく風海に笑顔でヒラヒラと手を振って、見送る。扉が静かに閉まり、渡されたファイルをパラパラ見る俊は、複雑そうな顔をして、1つため息を零した。
「いつまでこんなこと続けるつもりなんだろ…。」
ぽつりと言葉が漏れた。
「あ、風海ぃ〜♪」
「ん?」
目の前からヒラヒラと手を振って近付いてくる椎季。
片手には美喜也から貰ったプリン。
「みっきーが作ったプリン、すげぇ美味しかったから〜、風海にもお裾分け〜♪」
「おぅ。ありがとな。」
少し口元に笑みを受けべて受け取る風海。
椎季は軽く風海の裾を引っ張り、「あっちで食おう」と言う。
椎季がいつもまったりしてる小さな裏庭。風が気持ちよく吹き抜ける。
芝生にゴロンと椎季が寝転がると、白い綺麗な猫が近寄ってきた。椎季に甘えるように擦り寄ってくる。
「どうしたの?るみ〜」
「あ?るみ?」
「ん?あ〜、コイツ、るみ〜って名前付けたんよ。るみ〜に似てっからさ!」
「………チッ。どこがアイツに似てんだよ。」
「え?綺麗じゃん?美人だから、るみ〜」
ヒョイと抱き上げて自分の鼻を猫の鼻に付けて笑う椎季。風海は気に入らない男の顔が頭に浮かんだようで、舌打ちをしながら、プリンを口に運んだ。
優しい甘さが口に広がり、目を見開く。
「美味い?」
「あ、おぅ…」
「みっきー、料理上手になったよな〜♪あ!今度のスイーツパーティ、みっきーに1品なんか作って貰わね?」
「あぁ、それ良いな。」
「決まり〜♪後で、みっきーに頼も〜」
何頼もうかと楽しそうに考える椎季。
椎季と風海は大の甘党で、毎週金曜日か土曜日のどちらかに、今週も頑張ったご褒美と言って、2人でスイーツパーティをこっそりして楽しんでいる。
先週は2人で巨大シュークリームタワーを作り、はしゃいでいたようだ。
その頃、南棟の廊下ではまた千歳の怒号が響いていた。
「後1回!!後1回くらい良いじゃないッスかーー!!」
「あなたの後1回は後1回じゃないのでダメです!!」
「うー!!!鬼ーーー!返してくださいよぉ〜!!千歳さーん!!」
「ダメです!終わったら返します。」
そう言って玲季斗の端末を取り上げ、千歳はそのまま業務に戻っていく。
玲季斗は立ち去る千歳の背中を見つめながら「パチュゴーーン」と叫ぶ。
「何がパチュゴンですか、まったく…」
ため息を吐きながら独り言を吐き捨てる。
どうやら、玲季斗はまた懲りずに業務中にゲームをしていたようだ。それを見付けた千歳は激怒し、端末を没収したという状況のようである。
泣き崩れるように肩を落として、その場で項垂れている玲季斗の後ろ姿を見付けた梨斗。
梨斗は、キョトンした顔で「豆柴どした?」と声を掛けた。
「う、う、梨斗さぁーん。千歳さんがぁー」
「あー…。何となく察した。ダセー。」
「酷くないッスか?」
「豆柴が上手くやらないから、お抹茶くんに見付かって、そうなるんじゃん。」
「うぅぅ…。俺のパチュゴン大丈夫かな?」
ゴニョニョ落ち込みながら言ってる玲季斗に、梨斗は書類を渡した。
「え、なんスか?」
「ん?ちょうど良いところに居たからさ、ヨロシク」
「えー?」
「第3に持ってって」
「あー、はあ…」
書類を玲季斗が受け取るのを確認すると、梨斗は腕時計に目をやりながら足早に立ち去る。そして、一瞬振り向き「あ、今日の夜ギルド戦よろ〜」と言った。
玲季斗は「はーい」と軽く返事をしながら、あそこあまり近寄りたくないんだよなーと呟きながら、第3研究部へ向かう。
第3研究部は主に人間以外の生態を扱う部署であった。
「らんさーん。居ます?」
ひょっこり研究室の扉を開けて顔を覗かせると「あー!れいちゃーん」と凛太の声が飛んできた。
「あれ?凛さん。」
「やだな〜、凛ちゃんって呼んでよん!」
「なんで、凛さんココに居るんスか?」
「んふふふ〜♪見てー!」
「え?」
「今からこの子をね、これと合体させるのー!!」
透明のケースに入っているのはサバンナモニターと呼ばれる大型の爬虫類であった。
そして、凛太が指さした方向にあるのはタランチュラ。
玲季斗は「うげ、」と思わず声が漏れた。ワクワクした顔をする凛太の後ろからハーフアップの髪が綺麗に揺れる青年が現れた。
「れいれいくんじゃないか!どうしたんだい?」
「あ、らんさん!これ、梨斗さんから預かってきたんスよ。」
「あ〜、ありがとう。」
「じゃ!らんらん、コレ貰ってくね!」
「え?あ、ちょっと待ちたまえ!そのサバンナモニターは梨斗さんのだろ!?」
「え!?梨斗さんの!?」
ビックリして凛太の方を見る玲季斗。
「違うもーん。」
「違くないだろ。さっき、僕に見せながら梨斗さんの部屋から持って来たと言ってたじゃないか!」
「凛さん、返した方が…」
「イヤだよ〜!」
べーとしながら、研究室を出ていく凛太。
その姿を見ながら溜め息をする青年。この青年は、第3研究部の主任を務めている。
名前は
「梨斗さんのペットだったんスか?あのトカゲ…」
「ん?サバンナモニターかい?そうだよ。梨斗さんは、爬虫類が好きみたいでね、色々部屋で飼っているんだよ。確か、熱帯魚や海水魚も飼ってた筈だよ。」
「へ〜…。そうだったんスね。なんか意外。殆どゲームの話ししかしたことなかったから知らなかったッス。」
慧蘭が言う曰く、人体実験に使うと言って、よく勝手に梨斗の部屋に忍び込み、大切に育てている爬虫類達を誘拐しているらしい。
「この間はクレステッドゲッコーだったかな。その前はボールパイソンが誘拐されたと騒いでいたね。」
「うわ…最悪ッスね…」
気の毒だよねと慧蘭が言うと玲季斗も頷くしか出来なかった。
その日の夕方。
美喜也は梨斗の夕食の準備に取り掛かっていた。
「こんなもんかな。」
味見をしながら手際良く準備をする美喜也。
夕食の支度が終わると、梨斗の部屋に向かった。
「まねりん?いるか?」
「………………。」
「どした?」
「またやられた。」
「あ?」
「トスカがー」
サバンナモニターが入ってたケージに手をやって呆然と立ち尽くしている。
「………えっと…」
「コロス」
「ちょ、ちょっと待て!落ち着けまねりん。」
「今度という今度は許さねー!!!俺のトスカ!!離せミキ!」
「分かったから、まねりん、落ち着けって!」
必死に抑えて止めるミキだが、当然の如く中々怒りが収まらない梨斗。
〝トスカ〟と名付けて可愛がっていたようだ。
美喜也は、梨斗の代わりに第1研究部へ足を運ぶ。
「西條じゃん。どした?」
「あー…あのさ、まねりんが可愛がってたトカゲ…いるだろ?」
「あいつ?」
慧葵が指さした先には、これから実験にかけようとしてる凛太の姿があった。
「あぁぁあああ!!ちょーっと待て!!」
「うにゃ?」
慧葵を軽く突き飛ばして、凛太の元へ駆け寄りサバンナモニターを取り上げる。
「ちょっとー、みっきー何するんのさー。」
「これ、まねりんのだろ!?」
「そだよん!貰ったの♡」
「はあ?」
「だーから、貰ったのー!」
ぶーぶー言う凛太に、咲春は「お前また嶋根の部屋勝手に入ったのかよ!」と怒る。
なんとか説得し、サバンナモニターのトスカを救出することに成功した美喜也は、梨斗の部屋に戻っていった。
「あ゛ーーー、疲れた。」
ソファにドカっと腰を下ろし、叫ぶ美喜也。
気づけば夜22時を過ぎていた。そんな美喜也にココアを入れて差し出す千歳。
「ありがとな、千歳ちゃん。」
「いえ、お疲れ様です。」
顔に似合わずココアが好きな美喜也は、嬉しそうに飲む。
疲れた身体に染み渡る甘い香りと味。美喜也は、笑いながら今日の出来事を話したり、愚痴を零したりする。その話を隣に座りながら聞く千歳。
2人には想像もしていなかった〝日常〟で、これが気付いたら不思議と当たり前になっていた。
たまに、本来の目的を忘れてしまうことさえある。
この時間が、馴染みすぎてしまった。
いつか、終わりがあるというのに、その終わりが来なければ良いとも思ってしまうこともある。
ゆっくりと、また1つ針が動く。
この時間がサヨナラを告げるまでのカウントダウンは、知らない間に近付いていた事を、美喜也と千歳はまだ気付いていなかった。
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