第五話 宿命

深夜1時を過ぎた真っ暗な夜。

シーンと静まり返る研究所内で、深夜隊の警備達が見回る小さな足音が響いていた。


そんな静かな時間。食堂の水道の水を勢いよく流しだし、コップに水を注ぎ、何杯も飲み干す千歳の姿があった。


「はぁ、はぁ‥‥ッ」


シンクの縁に手を付き、息を整えるように吐いては吸ってを繰り返す。


「…っとに…困りましたね…」


何かを必死に堪えるようにする姿…。呼吸が落ち着くと、ゆっくり目を時計にやる。


「うっ…」


秒針の針の音が無駄に大きく頭に響く。千歳はまたしゃがみ込み、何かの発作を抑えるように息を整えていた。



そんな夜明け。

玲季斗があくびをしながら起きてきた。


「あ、千歳さん。おはざまーす」

「おはようございます。坂井さん」

「・・・・?」


千歳がいつものように笑って挨拶を返すが、玲季斗は〝いつもの千歳と違う〟というのを直ぐに察した。


「千歳さん…具合悪いんすか?」

「え?」


きょとんとした表情をする千歳。玲季斗はジッと千歳の目を見ると「やっぱり、具合悪いんすね?」と言った。

そして、手を掴んでゆっくりと、部屋に連れていく。


「あの、坂井さん?」

「はい。少し寝ててください!」

「はい?いや、でも…」

「でも、じゃないっすよ。顔色悪いし、調子悪いんなら休んでてください!後は俺がやっておくんで!」


ベットに座らせて寝るように言う玲季斗。

千歳は、申し訳なさそうに「そうしましたら午前中は少し休ませていただきます」と口にする。そして、隊服の上着を脱ぎ、少し横になることにした。

その姿を確認して、玲季斗は「じゃぁ、俺は行きますね!」と言って部屋を出る。

扉が閉まる音がして、千歳は無言で天井を眺めていた。


「寝れば…治る…か。」


実際そんなことはなかった。

寝れば治るというような問題ではないものを千歳は抱えている。


それを知っているのは主である美喜也だけなのだ。




「なぁ、千歳ちゃんは?」


見回りなどで姿を見かけないのを心配した美喜也は、今日の持ち場にいる玲季斗の元へ行く。

すると、玲季斗は「千歳さん、具合悪いみたいなので、少し部屋で休んでもらっている」と答えた。


「ふ~ん。大丈夫かな?」

「寝れば大丈夫じゃないっすかね?最近、千歳さんの業務量多かったんで、たぶん疲れがたまってたんじゃないかな?って…。」

「あぁ…確かに、千歳ちゃん深夜もなんか仕事してたよな…」

「働きすぎっすよー!だから、一日くらい休んでください!って言って、寝かせました。なんか本人は、午前中だけ~って言ってましたけど!」

「…そか。」


玲季斗は「本当千歳さん真面目すぎるんですよ~」とまたブツブツ何か言い始める玲季斗だが、美喜也は何かを察したように、窓の外に目をやる。


結局この日は1日休むような形を取った千歳。

20時ころに業務を終えた玲季斗が部屋に入ってきた。


「千歳さん、大丈夫っすか?」

「あぁ…大丈夫です。すみません、結局休みを頂いてしまいましたね」

「えへへへ、良いんすよ!」


上着を脱いで、スウェットをベットから拾って、タオルなどを持つ。

「じゃ、俺シャワー浴びてきまーす!」と笑顔で言って、出ていく。


副隊長と隊長は同じ部屋となっている。パーテーションで部屋を区切ってはいるが、整理整頓が苦手な玲季斗は色々私物を散らかしていて、よく見るに堪えない千歳が代わりに整理してあげたりしているのも、ココだけの話だ。


そんな夜0時過ぎ。

ぐっすり眠っている玲季斗。千歳は静かに起き上がり、体調が落ち着いてきたのを感じてシャワーを浴びにいった。


温かいシャワーを頭から浴び、1つ溜め息を吐く。


「…大丈夫…」


自分に言い聞かせるように呟き、シャワーを止め、脱衣場に移動する。

着替えると、そのまま部屋に戻ろうとした瞬間だった。


「うっ…」


また立ち眩みがし、そのまま壁に手をついて、そのまましゃがみ込んだ。

それをたまたま見かけた平隊員が駆け寄る。


「副隊長!!大丈夫ですか!?」

「はぁ、はぁ…だ、いじょうぶです。すみません」

「本当ですか?医務室に行きますか?」

「いえ、本当に、大丈夫です。ただの貧血ですので。」

「え?」


そう言う千歳に、困惑する平隊員。酷く顔色も悪い千歳を見て〝ただの貧血〟という言葉が信じられないのだろう。

そんな千歳に後ろから「なぁ~にしてんだ?」と声が聞こえる。

ゆっくりと振り向くと美喜也の姿だった。


「あ、美喜也様。お疲れ様です。すみません、ちょっと副隊長が…」

「ん?あぁ~大丈夫。俺が部屋に連れてくから。」

「え?いや、しかし…」

「いいの、いいの!ほら、見回り行けって。」

「はぁ…」


あっち行けというようにシッシと手でジェスチャーする美喜也に、平隊員は軽く頭を下げて足早に立ち去る。

居なくなったのを確認すると、美喜也は無言で千歳の腕を掴み引っ張り上げた。


「…ッ!!」

「おら、立てよ」

「…すみません。」

「ちょっと来い」


無理矢理立たせて、人があまり立ち入らない資料室に入り、鍵をかけ、奥に行く。


そして、美喜也は千歳を見て口を開いた。


「なんで

「…すみません」

「さっきも聞いた。質問に答えろ。なんで言わなかった」

「…そ、それは…」

「仕事して誤魔化してたんだろう。玲季斗くんに聞いた。最近深夜になるまで仕事してたってな。」

「あ…」


珍しく、何も言えないという表情をし、美喜也と目を合わせられない千歳。

うつむき、口を閉ざす。まるで、叱られている子供のような姿だ。

何も答えない千歳に、美喜也は思いきるように溜め息をしながら、頭を掻き千歳の髪を掴み、顔を上げさせる。美喜也の鋭い瞳とぶつかった。


「答えられないのか?

「‥‥ッ」


いつもとの声のトーンが変わり、千歳はビクっと反応する。

美喜也はさらに続ける。


「お前の主は誰だ?」

「…美喜也様です。」

「だよな。俺が言うことは絶対だ。そうだよな?」

「はい。」

「じゃぁ、俺の質問に答えろ。なんで隠して言わなかった」

「・・・・美喜也様にご迷惑をお掛けしたくなかっただけです」


そういうと、美喜也は手を放し、腕まくりをし、そこにナイフを軽く突き立て、引き裂いた。


「美喜也様っ!!!」


真っ赤な血が手首を伝い、静かに滴り落ちる。


「飲め」

「ッ!!」

「命令だ。飲め」


そう言い放つと、千歳は膝を付き、美喜也の腕に手を添え、零れ落ちる血に舌を這わせ舐める。

すると、それを合図にトリガーが外れたかのように、千歳の目の色が変わり、美喜也の腕に歯を立て、喰らいつく。


「いっ…」


血をすする千歳の姿を美喜也はジッと見つめ、自然とその頭に手が伸び、まるでペットを愛でるかのように髪を撫でる。


ゾクゾクするような感情が身体中を駆け巡る。


〝血の契約〟


これが、あの西條家の〝納希の儀いきのぎ〟の正体である。


美喜也の血と千歳の血を混ぜ合わせて結ばせた契約。

千歳は、美喜也の血が無いと生きていけない身体になっていた。


それは美喜也が〝納希の儀〟で受け継いだ〝希子のきしのとう〟と名付けられている刀に理由が隠されている。


弥生として西條に仕えるという宿命が千歳を苦しめていた。勿論、美喜也も千歳がまさかこうなってしまうとは想像もしておらず、複雑な気持ちが心の奥にあった。


「・・・・申し訳ございません。美喜也様」

「ん?あぁ~大丈夫だぜ」


落ち着いた千歳に水を入れて渡す美喜也。

そっとコップに口を付け、静かに飲む千歳に、美喜也は「俺こそな」と小さく呟いた。


支配。

本能的に千歳はそれを求めている。

弥生は西條に支配されることで力を発揮する。命も力も全て西條の為と教えられ、千歳の父もその1人だ。

千歳の父親も全て西條の為として仕えて生きている。そして、美喜也の父親から血を貰い、支配に縛られているのだ。


「なんか…これで良いのかなって、思っちまうんだよな…」

「え?」

やる度にさ、なんかモヤるんだよな」

「・・・・なぜですか・・・?」

「なぜって…千歳ちゃんだって抗ってるだろ」

「・・・。」

「だから、言わなかっただろう?俺に迷惑かけたくないって言ったもんな?」

「…そう・・ですね」


秒針が静かに響く食堂で、美喜也は無言で千歳を見つめて「ま、いいや。じゃぁ、またな。おやすみ」と言って部屋に戻っていく。


その後姿を見て千歳は「ごめんなさい…」と小さく口にした。


そして、その2人の姿をコッソリと覗き見している人物がいた。その人物は不敵な笑みを浮かべて、モニターをジッと見つめていた。


「ああ…欲に喰らいつく姿…。イイですねぇ~。コレ、飼い慣らすの本当はアナタだったのに…。そう思いませんか?水無希さん。」


そう声を掛ける人物に冷めた目を向けるのは2人がずっと探していた元西條家の次期頭首の姿だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る