魔女と呪いの使い魔

四つ目

魔女の呪い

「行けども行けども森の中・・・いい加減うんざりして来るわね・・・」

「うんざりー!」

「もーりー!」

「道はどこだー!」

「アンタ達は元気ねぇ・・・」


 足元でちょろちょろ歩き回る三匹の使い魔共を避けながら、森の中を黙々と歩く。

 傾斜が有るから山かもしれない。けど木々の背が大きすぎるせいで解らない。

 暫くまともな食事をとってないせいか空腹で余計に疲れた気分になるわね。


「きのこー!」

「それ毒よ」

「毒キノコだってー!」

「おー、毒キノコー!」

「毒キノコ頂きまーす! もぐもぐ」


 人の忠告なんか聞きやしない。まあ毒なんかで死なないけど。

 アレは確か・・・幻覚を見せる類のキノコのはず。

 ただその後強烈な吐き気も襲ってきたはずだけど。


「おいしいー!」

「じゃあ分けてー!」

「ねえねえ、魔女も食べるー?」

「要らない」


 私はアンタ達と違って人間なのよ。毒であっさり死ぬのよ。


 全く、何が悲しくてこんなのが私の使い魔なのかしらね。

 魔女の使い魔なんだから、もっと落ち着いた強い使い魔であるべきじゃないかしら

 むしろこいつらに振り回されていて、私が使い魔な気しかして来ないわ。


「あははははははは! キラキラしてるー!」

「はえー、世界がグルグルー」

「暗い・・・暗いよ・・・僕は・・・僕はダメなんだ・・・」

「まーた全員バラバラになったわね。というか一人明らかにやばい入り方してるじゃないの」


 最早私の事も認識出来てなさそうな三匹を摘み、ぶら下げながら道なき道を進み続ける。

 するとようやく街道らしきものが見え始め、若干の速足で開けた所まで向かった。


「あー・・・やっと街道に出た・・・」

「街道だー!」

「やったー!」

「迷子からの脱却!」


 もう元に戻ったのね。暫くあのままで良かったのに。

 なんて思っていると使い魔共は手の中から飛び出していった。

 また勝手な事をと思っていると、走って行った方向に馬車が見える。


「馬車だー!」

「乗せろー!」

「奪えー!」

「―――――やめなさい」


 少し強めに声に『乗せて』告げると、使い魔共はべしゃっと倒れた。

 突然重りで押し付けられた様に、身動きが取れずにバタバタもがいている。


「ぬおー! まけるもんかー!」

「がんばれー!」

「僕達は負けないー!」

「馬車奪おうとした奴が言う言葉じゃないわね」


 どう考えてもそれは守る側のセリフでしょう。アンタ達はただの蛮族でしょうが。


 でも馬車が通ってくれたのは幸運ね。手持ちは少ないけど乗せてくれるかしら

 少し不安を抱えながら街道に出て、御者に見える様に手を上げる。

 すると向こうは気が付いてくれたのか、中に居る者と話している様だ。


「・・・あら?」


 けれど停まる事なく通り過ぎて、ダメだったかと息を吐く。


「すみませーん! こちらまで来て頂けますかー!」


 けれど人情とは見捨てたものでは無いらしく、馬車は少し向こうで止まっていた。

 とりあえず三匹を回収して懐に入れて、早歩きで馬車の近くまで―――――。


「んん!?」

「おお、ホントに上玉じゃん」

「こんな所で女一人とか、攫ってくれって言ってるようなもんだぜ」


 馬車から飛び出してきた男達に口を塞がれ、腕を取られてしまった。

 誰かしらね、人情は捨てたもんじゃない、とか言い出したやつは。

 完全に人攫いじゃないの。良く見たら御者も悪い顔してるわねー。


「こいつ抵抗しねえな」

「驚きで固まってるだけじゃねえの?」

「それか恐怖でだな」


 動かない私を嗤いながら、男達は私の腕を縛っていく。

 ちょっと、あざになるじゃないの。もうちょっと優しくしなさいよ。

 何て文句も言えない様に、猿轡までかまされてしまった。


 ただ足を縛ってないのは何故かしら。走って逃げられるわよ?


「おら、中に入りな!」


 男は私をひょいと抱えて乱暴に馬車の中に叩き込んだ。

 中には幾人かの女性が転がっていて、皆衣服が破られている。

 隠すべき所を隠せていない格好で縛られている女性ばかり。


 それだけなら兎も角、数人乱暴にされた跡が見て取れた。


「おい、御者変われよ。アレは俺が味見したい」

「俺はそろそろ休憩したかったし別に良いぞ」

「んじゃよろしくー」


 男達はそんな気軽な会話で乗り込んできて、外から見えない様に幌を下した。

 走っている最中であれば、うめき声程度何の意味も無いだろう。

 おそらく助けは望めない。そもそもこんな所を他の人間が通るかどうか。


「じゃあ早速――――」


 走り出した馬車の中で私に手を伸ばした男の指が、ブチっと音を立てた。

 そしてもっちゃもっちゃと咀嚼する音が私の胸元から聞こえる。


「うーん、微妙?」

「不摂生!」

「酒の味するー!」

「・・・え、何、え、何で、俺の、指、なくな・・・あれ?」


 使い魔たちが胸元から這い出てきた。私の口を閉じたせいだ。


「あれ魔女を襲ったよね?」

「襲った襲ったー!」

「なら齧って良い奴だー!」

「ひ、な、なんなんだこ―――――かひゅ」

「な、なに―――――え、俺の腕、何で・・・ぎゃあああああああ!!!」


 一人目は喉を食いちぎられて、二人目は思わず突き出した腕を食われた。

 車内にいた女たちは何が起きているか解らない様子で、けれど恐怖だけは感じている。

 おそらくこの場で何の感情も浮かんでいないのは私だけ。もう慣れてしまった私だけだ。


「これ全部食べて良いよねー?」

「良いよね!」

「魔女がダメって言わないからやっぱり良いってー!」


 使い魔達は私が喋れない事等お構いなしに、許可を得たと男達の『残り』を食べ始める。

 弾ける臓物と血肉に気絶する女達が出始め、そこで御者の男が慌てた様子で中を覗いて来た。

 流石にさっきの叫び声は聞き流せなかったんだろう。それにコイツらの声も大きいし。


「おい、どうし――――ひっ」


 もう息絶えている仲間を見て恐怖で顔が引きつる男。自分達も同じ事をして来ただろうに。

 どうせ何処かに女達を売るのだろうけど、後で殺すか今殺すかの違いでしかない。

 なら自分達が殺される覚悟だってあったはず。無かったとは言わせないし認めないわ。


「ぷはっ、そいつは食べちゃダメよ」


 この間に必死に外そうと頑張っていた猿轡がズレて、言葉を発する事が出来た。

 おかげで黒い何かになり始めていた使い魔共が、普段の小さな存在に戻っていく。


「えー!」

「なんでー!」

「そいつ仲間だから良いと思うー!」

「御者が死んだら移動が面倒でしょ。私は馬なんて操れないもの」

「えーやだやだやだやだー!」

「食べるもん!」

「食べて良い奴なのに我慢するのヤダー!!」

「―――――黙りなさい」


 力を込めて告げると、使い魔共は騒ぐのをピタッとやめた。

 それを見ていた御者の表情は更に青ざめているのが解る。


「見ての通りこいつらを止められるのは私だけ。そして走って逃げた所ですぐ追いつかれる。私達を大人しく送るなら見逃してあげるから、素直に御者をしていなさい」

「わ、解った、解ったから殺さないでくれ・・・!」

「ええ、言う事を聞いてくれるなら、それで良いわよ」


 御者はぶんぶんと縦に首をふり、言われた通り御者台へと戻る。

 ただその際に私の拘束は解かないままで、女達もそのままにされてしまった。

 まあ、良いか。猿轡さえされてなければなんとかなるし。


 ただ女たちは私から距離を取っている。少し悲しい。アレは私のせいじゃないのに。


「ねえ、これ解いてくれないかしら?」

「やだもん!」

「魔女がいじわる言ったからやだ!」

「解かないもん!!」


 完全に拗ねてしまった。これじゃ助けてくれそうにない。

 何時もなら「いいよー!」とすぐに助けてくれるのだけど。

 まあ良いか。どっちみち街に付けば、衛兵が助けてくれるだろう。


 それまで暫く寝ていようかな。昨日は寝たというよりも、気絶した感じだったし。








「おい、起きろ!」

「・・・ん?」

「貴様がこの現状を作り出したというのは本当か!」

「・・・ええ、と?」


 目を覚ますと突然鎧姿の男に槍を突きつけられていた。

 寝起きの頭で周囲を見回すと、女たちは一人も居なかった。

 居るのは食われた男達の残骸と私だけ。


「衛兵さん、何してんだ! 起こしちゃダメだ! 殺さないとやばいんだよ!!」


 その声に目を向けると、女達と一緒になって衛兵に守られる様に立っている男がいた。

 ああ、つまり、人攫いへの反撃じゃなくて、私を危険人物として通報したと。

 それはどうせ後々自分も取り調べを受けて、結局は破滅する身だと思うけどな。


「おい、聞いているのか!」

「ああ、はい、聞いてます。ええと、これですか? 私かと言われれば、私じゃないとしか」

「本当だな?」

「嘘はついていませんよ」


 あの惨状を作ったのは私じゃない。使い魔達だ。


「うそだ!!! 駄目だ衛兵さん! そいつの言葉を信じちゃダメ――――――」

「あ、待って」


 近くに居ないと思ったら、そんな所に居たのか。ああ、またやられた。

 役に立つから生かせておけたのに、それでも私に敵意を向けたから。

 ばくりと頭を骨ごと齧られ、伸ばしていた手を食われ、臓物ごと腹を食われた。


「ひっ」

「キャアアアアアアア!」

「同じ、同じ・・・!」

「やだ、死にたくない! 死にたくない!!」


 一度男達が食われた所を見ていた女たちが、同じ事が起きたと叫び始める。

 これは不味いと思い声を出そうとしながら体を起こし――――


「げ・・・ぷ・・・」

「魔女が!」


 あー・・・刺されちゃった。これは致命傷だなぁ。また失敗したか。

 どうにもあいつらを使い魔にしてから、大事な物が抜け落ちてしまっている。

 以前ならもっと上手く立ち回れたはずなのに、あいつらの良い様に振り回されている。


「魔女殺した!」

「殺した!」

「魔女の敵は食べて良い!」

「「「それが契約だから食べるよ!!!」」」


 死んでしまったら止められない。そしてアレらの気が済むまできっと、私は起き上がれない。

 そして気が済めば蘇生されて、次の餌を求めて旅をする事になる。

 ああ、本当に、どっちが使い魔なのか。むしろ呪いの存在でしかないわね。


「・・・ああ・・・また、ひどい・・・な」


 きっと目が覚めた時は、また一つ街が滅んでいるのだろう。

 次は他の町の兵が来る前に起きて、食料も無く逃げるはめにならないと良いな。

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